132話:カメリアとアンドラダイト・その1
アリスちゃんが、光の魔法……、光の力を見せてくれてから、少し時間が経った。その力のほどを調べ、やはり、わたしにだけ格別の力を発揮することが明確になってしまった。「付与」のとき、試しはしなかったものの、魔法の威力なども上がるのだとしたら、わたしはおそらく、トンデモ兵器に分類されるレベルの存在になってしまうだろう。
ただ、わたしに使わずとも、アリスちゃんは十分に「光の力に目覚めしもの」として、十分な実力と言えるでしょう。
「アリスさんも、名実ともに殿下と歩むにふさわしい存在になったようですね」
わたしの出番ももう終わりだろう。これで完全に、アリスちゃんに立場を引き継げる。あとは、フォルトゥナの壊し方を後の世に残しながら、どこかでひっそりと暮らせばいいだろう。
「……前から思っていたが、お前は、オレとアリスの距離を近づけようと動いていた節がある」
それは、まあ、そのように動いていたから、そう思うのは当たり前だろう。節どころか、実際、その通りなのだから。
「ええ、そうですね。わたくしは、殿下とアリスさんが結ばれるべきだと思っていますよ」
否定する意味もない。わたしは素直にそう答えた。それに対して、王子は、難しい顔をしながら、わたしに問いかける。
「いつから、そう動いていた」
その質問に意味があるのだろうか。そう思いながらも、確認の意味もあるのだろうと思い、素直に答える。
「最初からですよ。わたくしと殿下が出会った、そのときから、わたくしは殿下とアリスさんのことを知っていましたから。ですが、明確にそう動いたといえるのは、アリスさんと初めて会った入学式の日ともいえますか」
証拠が欲しいというのなら、そのことはラミー夫人が証言してくれるだろう。まあ、そんなものは求めていないでしょうけれど。
「それもまた、お前の目的のためだったと?」
わたしが、王子に初めて会った日から考えていたということは、それが目的につながっているのだろうと、彼は判断したようだ。まあ、事実、その通りである。
しかして、それだけでもない。
……話すべきなのか、話さないべきなのか、それを少しばかり迷ったけれど、結局、わたしは話すことを選んだ。
「そろそろ、話しておくべきかもしれませんね。わたくしと殿下の因縁について」
因縁、そう呼ぶのがふさわしいかどうかは非常に微妙であるけれど、わたしからすればそうと呼ぶべきものであった。
「因縁だと……?」
王子が「意味がわからない」と言いたげな顔をするのも無理はない。本当に王子自身には意味がわからないのだから。
「ええ、因縁です。……といっても、そうですね。殿下にはあずかり知らないものでしょう。ですが、逆恨みでも、一方的なものでもありません」
そう、これは、事実として起きたこと、あるいは、起こり得たこと。
「意味がわからないが……」
だから、わたしは、すべてを説明する。この因縁、「たちとぶ」というゲームの物語で起こった出来事を。
「そうですね、殿下とわたくしの因縁というよりは『アンドラダイト・ディアマンデ』と『カメリア・ロックハート』の因縁というのが正しいかもしれません」
「そこに違いはないだろう」
いや、明確に違う。少なくともわたしと王子ではない、「アンドラダイト・ディアマンデ」と「カメリア・ロックハート」のことなのだから。
「いいえ、あります。少なくとも、わたくしの認識としては、ですけれどね」
「お前の認識とオレの認識が大きく乖離しているというのか?」
そう、わたしと王子の決定的な違いは「たちとぶ」の世界で起こり得たイベントを知っているかどうかという部分である。その認識の違いはあって当然のもので、むしろ、王子は正常で、わたしが異常なのだ。
「そうですね。では、少しばかり『もしも』のお話をしましょう。わたくしの持つ『知り得ない知識』の断片を」
「もしも……、断片……」
わたしの言葉に、王子は理解が追い付いていないようだった。まあ、いきなりこんな話をされれば当然だろうけど。ただ、理解はできてなくとも聞く準備はできているようで、目でわたしに続きを促した。
「無垢で、『知り得ない知識』など持たず、ただ人形のように言われたままに生きる少女、カメリア・ロックハートとただ肯定するだけのその在り方を快く思わなかったアンドラダイト・ディアマンデの物語です」
あえて、目の前にいる王子……、「殿下」と区別するために呼び捨てて表現した。その意図は王子もわかっているだろう。
「無垢か、想像もつかないな」
確かに、わたしと王子が出会った時点で、わたしは無垢さのかけらもない存在だっただろう。まあ、そこは仕方ない部分でもある。
「カメリアとアンドラダイトは不仲ではなく、無関心というのが正しいでしょうか。互いに過干渉することなく、ただそうあっただけの存在」
少なくとも「たちとぶ」における印象はそうだった。けっして、仲が悪いとか明確に敵対しているとかそんなことはなかった。
「そのオレがオレなのだとしたら、そういう輩はすこぶる嫌いだろうな」
それは、自由の無い生活を送ってきたがゆえに、自分で動くことのできる立場にありながら、自らそれを放棄するというのが許せなかったというのもあるのだろう。もちろん、それだけではなく、主体性がないというのが端に気に食わないというのもあるでしょうけど。
「そして、アンドラダイトは、アリス・カードと出会い、その奔放で無知な彼女を愛しました」
「…………」
ここで、大体の流れは察したのだろう。王子は黙って、何も言わなかった。それから、アリスちゃんを「無知」と称したのは悪口でも何でもなく、「貴族と無縁」、「王子の知識を知らない」という意味である。
「それゆえに、邪魔になったカメリアは処刑されたのでした」
本当は、それまでに、アンドラダイトとアリスが愛し合うまでのあれこれの過程があるのだけれど、それをすべて話す必要もないし、大体わかるだろう。
「わたくしの『目的』は『生き延びること』でした。それゆえに、わたくしは処刑されないように、そして、戦争で死ぬことがないように、ありとあらゆる手段を使って、それを回避しようとした結果、いまに至ります」
戦争の回避は「目的」の一部であり、そして、王子には、「生き延びること」というのも話したはずだけれど、そこに「処刑の回避」が含まれていたのは、話していないはずだ。
「では、自ら処刑されたことにしたのは」
「はい、戦争を回避するためというのもありますが、処刑された人間が処刑されることはないというのもあり、そのような方法をとったのも事実です」
わたしはすでに処刑された存在。それを処刑するのは不可能だ。まあ、暗殺とかになったらまた別の話でしょうけど。
「……しかし、そのオレは五属性の魔法使いを私情で処刑するとは、肝が据わっているというか、国益を考えていないというか」
苦笑いになっていないほど苦々しい顔でかろうじて笑う王子に、わたしは補足する。
「その時点ではあくまで三属性としか公表されていませんでしたし、そのカメリアは処刑を受け入れてしまいましたからね。その後の王家とロックハート家の確執は、孫の代まで引き継がれるほどに強力なものとなってしまいましたが」
それこそ「たちとぶ2」の時代まで、明確に引きずった出来事である。
「可能性……、『もしも』と言っていたが、お前は見てきたかのように言うのだな」
まあ、実際に、見てきたというか、見ていたというか。「たちとぶ」としてプレイはしているし。
「わたくしの『知り得ない知識』にムラが多いのはそういう部分も関係しているのです。そうですね、見てきたようにというより、本当に見たのです。俯瞰的にですが。それゆえに、わたくしの知識の多くは、例えばアリス・カードの視点であったり、アリス・スートの視点であったりで見聞きし、語られたものですし」
まあ、ビジュアルファンブックは、それを超えた、本当の意味で神の視点というか神の情報をそのままももらっていたようなものだけれども。
「アリス・スート……」
「その孫の代における『光の魔法使い』のことです。戦争のことは、彼女の視点で見た、昔の資料としてしかわたくしの知識にはありませんでした」
ビジュアルファンブックでどれだけ補完しようとも、ベースとなる詳細を知っている部分は、あくまでゲームの部分。まあ、重要になってくるのはビジュアルファンブックのところということも多いのだけれど。
「では、お前が、アリスが虐げられている件について詳細を知っていたのは……」
「もちろん、裏付けはしっかりと取っていましたが、基本的には、アリスさんの視点で、どこで何が起こっていたのかを知っているからですね」
まあ、何でもかんでも「調べた」というには都合のよすぎる情報を持っていたのだから、そう思われてもおかしくないだろう。
「だが、アリスはお前が処刑されるかもしれない原因となった存在だろう。どうして、オレと結び付けようとした」
「まず、1つに、先ほど言ったアリス・スートの視点につながるのは、アリスとアンドラダイトが結ばれた『もしも』の世界。それゆえに、殿下とアリスさんの関係を深めてほしかったという部分があります」
一応、どのルートの未来においても、戦争は起きているのだけれど、その詳細が同じなのか異なるのかはわからない。少なくとも、わたしがその内容を知っているのが「たちとぶ2」につながる王子ルートだけだというわけだ。
「なるほど、確かに『目的のため』というわけか」
「もう1つの理由はそういったものではなく、アリスさんのためを思ってというものですね。アリス・カードの視点を知っているということは、彼女の心情や行動、それらを知っているということになります。……そんなの、他人と思えるはずがありません」
わたしの言葉を理解したのか、王子は想像してみたのだろう。だれかの心情や行動のすべてを知るということを。だけど、想像もつかなかったらしい。




