131話:光の標と少女の道・その2
「本来なら起こらないというのはどういうことでしょうか」
わたしのアルコルに向けた質問。アルコルの声が聞こえていない王子には状況がさっぱりわからないだろうけど、あとで説明すると目線だけで伝え、アルコルの言葉を待つ。
「『光の力に目覚めしもの』というのは、システム的な変革者というのは前に伝えたと思いますが、それゆえに、世界を大きく変える、その先頭に立つための力を発現するのです」
ようするに「導く力」とでも称すべきか。だれか個人にだけ作用するようなものではなく、すべての人に作用し、それを用いることで、革新を与えるもの。
それを考えるなら、「カメリア・ロックハート」に作用する力というのはおかしな話だ。もっとも、それ以外の人間に作用しないというわけではないが。
「世界の仕組みを上回る何かがあった……というのは考えづらいことです。つまり、『世界を大きく変える』のに、わたくしを使うのが最も効率が良かったということなのかもしれません」
プログラムほど単純なものではないのだろうけど、ある程度、神様たちが決めた理に則って動いているのなら、それを上回るようなイレギュラーは滅多にないことだと思う。もちろん、わたしという異世界からの転生者というイレギュラーな要素があるのは確かだけど。
その程度で破綻するのなら、世界はとっくに壊れている。
だからこそ、わたしという存在を使って世界を大きく変えるのが、最も世界を変えやすかったということなのかもしれない。
何せ、アリスちゃんはどのルートに突入しても、その後、「たちとぶ2」までで大きな変化が起きないでしょうし。
「使うという表現が正しいかどうかはともかくとして、その可能性は十分にあるでしょう。本来、『闇の力に呼び起されしもの』を止めることができるのは『光の力に目覚めしもの』だけ。でも、あなたは、それを覆し、成してしまった」
あれで、止めたことになるのなら、そうだろう。でも、いままでの歴史でも、「闇の力に呼び起されしもの」の力が弱すぎて、世界に混乱が大して起こらなかったり、逆に「光の力に目覚めしもの」の力が足りず、世界が大混乱に陥ったりしたこともあったはず。
それを考えれば、絶対にありえないことではないと思うんだけど……。
「それは、つまり、わたしよりもカメリア様のほうが凄いってことでしょう?」
アリスちゃんがアルコルに「それって当然じゃないの?」みたいなテンションで問いかけた。やれることの幅的な意味合いではそうだけど、世界の理的にはそうじゃないはずだったってことだと思うけど。
「勘違いしてはいけません。アリスは歴代の『光の力に目覚めしもの』の中でも、かなり強力です。発現前に雷から身を守るくらいには。そして、実際に発現した力を見ても、劣らないどころか、かなり強大と言えるでしょう」
アルコルがこういうのだから事実なのだろう。いままでにどれくらいの人数がいたのかはわからないけれど、それなりの人数にはなるはずだ。その中でトップクラスというのだからアリスちゃんは凄いほうなのだと思う。
「そして、クロガネという『闇の力に呼び起されしもの』に関しても、類を見ないほどに強力です。アルカイドの協力がありきとはいえ、あれほどまでに適性が高く、狡猾なものもそういないでしょう」
直接的な攻撃というよりは、搦め手での攻撃が多いけれど、それは成功すれば本当に大混乱を起こせるだけの狡猾さがある。もっとも、作戦を考えたのが彼なのか、ファルム王国の首脳陣なのかは知らないけれど。ただ、実働部隊として、より混乱をもたらせるように動いていたのは間違いない。
「だからこそ、それを上回って見せたあなたは、やはり『変革者』です」
光と闇、そのどちらもを上回れるのは「変革者」しかいないというのがアルコルの判断なのだろう。
「わたくしは、その『変革者』というものの定義を具体的には知りませんが、わたくし自身では前にも言ったように違うと思っていますがね」
あるいは、ロンシィ・ジャッカメンを評して「知らないはずのことを知り、そこから様々なことを読み解き、世界を変える」存在。それがそのまま「転生者」であり、「変革者」でもあるのなら、わたしも該当するのだろう。
でも、それならロンシィが転生者であるとアルコルが言わないのはおかしいので、わかっていないのか、それとも本当に転生者ではないのかはわからないけど、それは定義に組み込まれていないのだろう。
「あなたがどう思っていようとも、そもそも三属性以上の魔法使いという時点で、普通の範疇を逸脱していますからね」
だからと言って、三属性がみな、「変革者」ではないだろう。フェロモリーやジングのように、三属性の魔法使いは存在している。
「ましてや、あなたは、隠しているのかもしれませんが、四、いえ、五属性の使い手なのではありませんか」
……?
あれ、アルコルに伝えていなかったっけか。えっと、家族とジョーカー夫妻、パンジーちゃんには話したんだったっけか。それから、陛下も存じていらっしゃるようだったけど、ラミー夫人から聞いたのだろう。
そう言えば、王子やウィリディスさんにも戦争のことは話したけど、わたしの属性数なんかについては話した覚えがないような気がするし……。
案外、秘密を秘密のままにしているものだ。
「話していませんでしたか。わたくしは、五属性の魔法使いです。割と、知っている人は多いのですが」
その言葉にきょとんとしたのは、アルコルだけではなく、アリスちゃんと王子もだった。いや、話しておくべきだったかな。でも、戦争回避に直接的には関わらないし。
「待て、五属性だと?
三属性ではなく?」
王子からのツッコミが入ったけれど、それ以上に、アルコルは言っておいてなんだけれど、本当にそうだとは思っていなかったのか、かなり動揺した様子だった。
「ええ、まあ。ただ、それを幼い頃に公表してしまうといろいろと問題になりそうだったので、家族で話し合い、三属性の魔法使いと公表することになったのです。ほかにも陛下やジョーカー公爵夫妻、パンジー様など知っていらっしゃる方はそれなりにいます」
ぶっちゃけた話、処刑されたいま、公表したところで表に出られないのだから関係ないし、特に言ったところで問題ないだろう。
「五属性というのはシステムとして理論上存在し得るものの、絶対に不可能だと思われていた存在です。ですが、だからこそ、そう存在しているのなら、起こり得ないことを起こすのも納得がいきます」
まあ、「光の力に目覚めしもの」や「闇の力に呼び起されしもの」は管理するシステムが違うようだし、そうなると、「魔法」というシステムにおける理論上の最高値は五属性だろう。
ただ、この五属性というのは転生とか関係なく、もともとのカメリア・ロックハートから変わらず備わっていた天性のものだ。わたしがどうとか転生がどうとかとは、また少し別の話でしょう。
「……待ってください。以前、『複合魔法』を研究しているといっていませんでしたか?」
アルコルの顔が急に青ざめる。もともととても白い肌をしているのもあって、目に見えて色が変わったので、なんともわかりやすい。
「ええ、していますが」
「もしや……、たどりつくなど……」
ああ、そう言えば、複合魔法について話していたときの反応を見るに、複合魔法というのは人類には早いと思っている節があるのだろうか。
「『氷結』、『自然』、『樹林』、『砂塵』、『業火』、『熱風』の6つほどは。三属性の複合魔法は、未完成ですし、複合魔法同士の複合はまったくもって……」
と、そこまで言った時点で、アルコルがわたしの眼前に迫り、凄い剣幕で、言い聞かせるように言う。
「複合魔法に至ることすらまだ早いのです。いいですか、その技術や技能を広く知らしめるというのは世界を大きく変えるという範疇を大きく逸脱しています。できる限り、広めてはいけません」
そうは言われても、ラミー夫人やパンジーちゃん、それからフェロモリーあたりには見せてしまったし……。
「これで確実になりました。あなたは、なんと言おうと『変革者』です。そうでなくては説明がつきません」
そうは言われても、複合魔法に関してはビジュアルファンブックに説明があったし、本当にそれだけのことなんだけれど……。まあ、それは本来知り得ないことと考えれば「知らないはずのことを知り、そこから様々なことを読み解き」という部分に該当するのだろう。
「そして、そう考えると、システムに落とし込まれた変革者たるアリスが、本物の変革者であるあなたをサポートして、世界を変えるというのは正しいことでしょう」
本物だ、偽物だなんて、わたしは言うつもりないし、そもそも、わたしにそんな大層な使命があるとも思っていない。
「つまり、『付与』以外も完全に、わたしに特化した形で発現しているということですよね」
いま見たのは「付与」だけれど、アリスちゃんは「いろいろ」と言っていることから、それ以外にも発現していて、それらもわたしに特化しているのだろう。
「えっと、試したのは『防御』と『治癒』ですけど、それ以外にも使おうと思えば使えるかもしれません」
実際に、だれかにその2つの力を使ってみたのだろう。
「まあ、表向きには、わたくしに特化したという部分は伏せて、汎用性の高い『光の力』ということで納得させるしかないでしょう」
それなら歴代と比較して劣るだのなんだの言われても、発現の方向性が違うと言い訳できるし、そもそも、歴代がどれくらいだったのかを知る人間はいないので、そんなことはないと思うのだけれど。
「話は終わったか?
それならオレにわかるように要約してくれ」
蚊帳の外だった王子は、「ようやくか」と言いたげな顔でそう言う。なので、ザックリとアルコルの言葉を含めて状況を簡単にまとめるのだった。




