013話:カメリア・ロックハート08歳・その7
王子とお兄様、クレイモア君はそのまま体を動かしながら話す……、ようは遊びたいというだけの話だけど、そう言って軽く身体を動かしている。わたしは、ランニングで疲れているという口実のもと、ここまで話していないウィリディスさんのそばに寄った。
「陛下にわたくしのことは話さなかったようですね」
特に挨拶のようなこともなく話を切り出した。それに対してわたしの方を見ながら、あらかじめ用意していた答えを返すかのようにウィリディスさんは言う。
「第二夫人ということになっているとはいえ陛下とは会う機会もありませんので」
なるほど、そう来るか。でもわたしは知っている。ウィリディスさんと国王陛下が月に2回ほど会っていることを。
「隠さなくても構いません。ウィリディスさんが月に2回ほど陛下と第二夫人室で密会なさっていることは知っていますから」
目を見開いたウィリディスさんだけど、そこまで驚いたという感じではないから、「まさか」と思いつつも予想はしていた様子。
「あれからしばらく経っていますし、一度も陛下と密会していないということはないでしょう。それなのに詰問どころか監視1つついた様子はありませんから、話さなかったのでしょう?」
「ええ、話しませんでした。不都合でしたか?」
「いいえ。ただ話されたとき用に色々と準備はしていました。まあ、話されない方が、わたくしにとっては好都合ではありますが」
準備はしていたけど、それを使わない方ができれば好都合だった。だから、今回の選択はありがたい。でも、なぜそう選択したのかという部分を聞いておきたかった。
「ですが、なぜ陛下に話さなかったのですか?」
陛下に隠し事をするようなメリットは彼女に何もないはず。でも、彼女は隠し通した。あるいは話しているけれど陛下に行動を起こさないように進言している可能性もあるけど、それなら遠巻きの監視くらいはあるでしょうし、王城への出入りも依然と全く変化していない。
「『時が来たら説明します』とカメリアさんはおっしゃっていましたし、それにこれが目的なら私にそれを話さない方が断然奪いやすいですよね。私を無駄に警戒させるだけですし。そう考えると、その『時』が来るまで待ってみてもいいかもしれない、そう思いましたから」
おそらくそれは建前というか半分本心、半分建前と言ったところ。
「なるほど、今は様子見で、いざ言うとなればいつでも言える、というところでしょうか。まあ、その『時』はだいぶ先になるでしょうからその判断も間違いではないと思いますよ」
少なくとも8年後の「最後の月」まで話すことはないだろう。「時が来たら」とはいうものの、その「時」は本当にだいぶ先のことになる。
「だいぶ先、とは?」
「おそらくは8年後。わたくしや殿下が16歳になった年の『最後の月』か、その直前になると思います」
これはあくまで動き出せる目安の時間。具体的にその日程を決められるほどに情報が出そろっているわけではない。これからの活動でスケジュールに変更が生じる可能性もある。だから、あくまでそのくらいの時期だとしか言えない。
「8年後……、魔法学園ですか……」
16歳で魔法学園に入学することはウィリディスさんも知っているはず。そうなったうえで、そこでわたしの目的に絡んだ何かが起こるのだろうとも思うだろう。
「しかし、最後の月。魔法学園での大イベント2つが終わった後、ということですよね」
魔法学園の初年度において二大イベントと呼ばれる大きなイベントがある。それは「たちとぶ」内でも大きな分岐点になっている8月の校外学習と「たちとぶ」本編の終わりにあたる12月の建国祭。これに加えて9月末から10月にかけてどこかで起こるルートごとにあるイベントが「たちとぶ」における大きなイベントになっている。
「ええ、そうなりますね。建国祭の後、どのくらいのタイミングになるかは分かりませんが」
まあ、その時点で処刑されていたのなら話すことはできないんだけど。そうならないように方策を練っているわけで。
「なぜそのタイミングがその『時』なのですか?」
「ある種の転機、あるいは結末を迎えるから、でしょうかね。それが終わるまではわたくしに言えることはないのです」
そう「たちとぶ」という物語の結末を迎えるまでは……、わたしが無事に王子の処刑から逃れるまでは、ウィリディスさんに全てを話すことはできない。
「そうですか……。では、その『時』まで私は待つことにします。もっとも信用できないと思ったならば陛下に告げ口をすることがないとは言えませんけどね」
「それで構いません。この秘密を知るのはわたくしとウィリディスさんだけです。……あるいは、可能性の1つですが、もう1人だけ明かさなくてはならない人が現れるかもしれませんが」
その可能性はあるけど、あまりあってほしくない未来の1つ。できれば避けたいけど、どうなるかは微妙なライン。
「……誰でしょう。私の知る人物でしょうか?」
「名前だけならば知っていると思います。姿を見たことがあるかどうかは分かりませんが」
この国や、あるいは元は隣国であったツァボライト王国にいたのならばその名前は聞いたことがあるはず。この国における生きる伝説の1つ。
「陛下も全幅の信頼をしていらっしゃる『黄金の蛇』です」
正確には当代の「黄金の蛇」というべきなのかもしれないけど。その名前にはウィリディスさんも聞き覚えがあるようで目を見開いていた。
「あの『黄金の蛇』、ですか。まあ、それならばありえない話ではないですけど、この国の建国から存在するという生きた伝説が関与してくる、と?」
「あくまで可能性の1つです。さすがのわたくしもかの……いえ、あの方に追及されたら喋らざるを得ません。ですが、あの方から情報が洩れることはありません」
わたしの言葉に、ウィリディスさんは「まあ、噂通りの人物ならば仕方がないかもしれません」と笑う。まあ、別にウィリディスさんが考えているような理由ではなく、中途半端に知られて興味を持たれて調べ回られることで「何かあるのではないか」と周囲に思われないために話すかもしれないんだけど。
「しかし、『黄金の蛇』なんてうわさ話だと思っていました。この国の建国から存在して、裏で国に不利益をなす存在を暗殺したり、他国への間諜として動いたり、いわゆるこの国の暗部を請け負ってきた人だなんて……」
「まあよくある話ですからね。そも建国からずっと存在しているなんていう時点で与太話のように思える話ですし」
厳密に言うなら「黄金の蛇」というのは「建国時から存在し続けている」というのは事実であっても「生き続けている」というわけではないって言うだけの話なんだけど。
「ドゥベイドにある『黄金の仮面』を使用しているのではないかと祖国では言われていましたけど」
「ドゥベイド4巻2節にある『魂を固定しうる金色に輝く顔』のことでしょうか」
ドゥベー様について記された5冊の魔導書「ドゥベイド」。魂について多く記されているのが4巻。わたし自身の転生のことを調べるために何度も読んでいるからあるていどの内容は頭に入っている。
中でも「魂を固定しうる金色に輝く顔」、「魂を消滅させる暗き鏡」、「魂を映す虹色の剣」という3つが伝承として存在しているらしいけど、ビジュアルファンブックにはそれらの存在の記述はなかったはず。だから、少なくともわたしが生きるこの時代に出てくる代物じゃないとは思うんだけど。
「この国では『顔』と伝わっているのですね。ツァボライトでは『黄金の仮面』と言われていました。ですからうわさに伝え聞く『黄金の蛇』も、その『黄金の仮面』で魂を固定し、建国時から生きながらえているものではないか、と」
わたしは「黄金の蛇」の真実は知っている。当然、建国時から生きながらえているわけではないことも含めて。それに「黄金の仮面」とやらは関わっていないはず。まあ、「顔」が「仮面」と別れて伝わっているのも「鏡」や「剣」に対して「顔」ではおかしいから物として考えたときに適当なのが「仮面」だったから「仮面」と解釈されたとかそんな感じじゃないかな。
「そのあたりの委細はさすがにわたくしも知りません」
「カメリアさんでも知らないことがあるのですね」
冗談めかして笑われたけど、まあ、知らないというのも半分ウソで半分本当だ。「黄金の蛇」に関してはビジュアルファンブックと本編での情報で大体のことを把握しているけど、3つの伝承に関してはほとんど何も知らないから。
「わたくしも知らないことは知りません。ただ少し人よりも知っていることが多いというだけですから」
実際にこの世界の全てを知っているわけじゃない。「たちとぶ」と「たちとぶ2」、そしてビジュアルファンブックから得られる情報しか知らない。だから古い神話や歴史の片隅の出来事なんかの知らないことはたくさんある。
「それだけでもおかしいとは思いますけど。こうして話していると忘れてしまいそうになりますけどカメリアさんは8歳ですから」
「年相応でないことは自覚しています」
まあ、年齢というものが肉体に依存すべきなのか魂に依存すべきなのかは分からないけど、カメリア・ロックハートという存在としては年相応ではないことは間違いない。
「年不相応に知識を得ているのも、こうして殿下やその周囲の人物と会っているのも、全ては『目的』のためなのですか?」
「ええ、あなたとこうして話しているのも含めて『目的』のためですよ、ウィリディスさん」
そう、全ては生き延びるための布石。
「では、もしその『目的』を達成したらどうなさるのですか?」
「……それは、……今は答えることはできません。まだ、それに対する答えはわたくしの中にもありませんから」
かつて、錬金術の家庭教師にも同じことを問われた。ウィリディスさんにもこうして聞かれた。そして、そんなときに必ず頭によぎるのが祖母の言葉。祖母、カメリアのお婆様のことではなく、わたし自身の祖母。
「だとしたら、いつか答えが見つかったときに教えてくださるのですか」
「ええ、いつか話せるときが来ると思います」




