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129話:ミズカネ国の王杖・その2

「申し訳ありません、勝手に話を進めてしまって」


 わたしは陛下に謝った。すると陛下はきょとんとしてから、苦笑した。なんだろう、もう慣れたとでも言わんばかりのあきらめきった表情は。


「この程度で怒るのなら、この場にカメリア嬢がいることを認めていない。それに、いまのは最善の選択だったと思うから問題はない」


 つまり、陛下も同じように、もう1日泊ってから行動してもらうべきだと考えていたということだろう。


「本来なら、何枚か書類を通行手形のような形で使える書状を用意するつもりであったが、行き先を指定できるのなら、もっと限定的な書状にできるのでこちらとしても助かる」


 ようするに「このものの身分はディアマンデ国王が保証する」とか「できる限り願いを聞くように」とかそんな、だれにでも使えて、だれにでも指示できる含意の広い書状しか作れないと、いろんなことに使える代わりに、強制力も弱くなる。


 強制力があると悪事に利用される可能性も高くなるからだ。そんなことになってしまっては、より面倒なことになる。


 それが相手と目的が限定できる場合、指示も明確になり、その目的に限定した強制力を発揮することが可能になる。なにせ、それ以外の用途に使えないのだから。


「それで、南側って言っていたけれど、どのあたりなのかしら」


 ラミー夫人にそう聞かれて、わたしは少し苦い顔をする。別に、質問自体に何かあるわけではなく、少し、思い入れの問題だろう。


「ムスケル子爵領です」


 苦々しいわたしの顔と言葉。それを聞いた陛下も若干、顔を渋らせる。


「ムスケル子爵か……。いや、まあ、書状を出せばいうことは聞いてくれるだろうが……」


 陛下の歯切れの悪い言葉。そう思うのも無理はない。あまり、他国、別大陸の人間に合わせるような人物ではないと思っているからだろう。


 別にムスケル子爵の人望がないとか、性格がすこぶる悪いとかそういったこともなく、とてもいい領主だとわたしは思っている。3人いる息子のうち2人も魔法学園に通っているけれど、いい意味で貴族らしくないいい人である。


「ああ、あの子爵ですものね……」


 ラミー夫人も歯切れが悪いのは、いろいろと思うところでもあるのだろう。

 ムスケル子爵。ムスケルとは、ドイツ語で「筋肉」を意味するらしい。「たちとぶ」のイベント内において、カメリアなど、選択パートでだれのアイコンでもないところを選ぶと現れるキャラクターの1人が、ムッキ・ムスケル。


 いわばギャグキャラクターと表現するのが正しいのか。彼のすべては筋肉で構成されているといっても過言ではなく、魔法よりも筋肉というのが正しい人物だ。


 その暑苦しさたるや、あえて彼に会うイベントを選択する人や、逆に絶対に会わないようにするためにどれを選んだらいけないのか覚える人など、どちらにせよ、かなり強烈な印象を残した人物。

 ちなみに、わたしは後者だったので、できる限り、ムッキに遭わずに済むように避けていた。どのみち、王子ルートに入るのには、彼自身関係ない存在だったし。


 そして、ムッキは3年生なのだけれど、1年生の弟も同様のキャラクター性をしていて、そして、父親も話に登場するだけではあるものの、ビジュアルファンブックでは、彼らの性格が父からの遺伝とされていることからわかる。


「マッスル・ムスケル子爵。要人を会わせるべきか悩ましいところだな……」


 いい人ではあるのだ。いい人だからこそ、あまり、積極的に合わせたくない。悪気なく、筋肉のすばらしさを滔々と語るような人だからこそ……。


「そもそも、彼に杖なんて必要ないでしょう。どうして……」


「そればかりはわたくしも知りません」


 さすがにそんな詳しい事情は知らない。「たちとぶ2」の記録として存在していたものだから、経緯や事情までは……。


「まあ、必要ないのならさっさと古物商に売っているだろうし、持っていたとしても譲ってもらえるのではないだろうか」


 それはどうだろうか。ダンベル代わりに使っているとか、そんな可能性も……。


「事情はともかく、ムスケル子爵には書状をお願いします。古物商の場合は、申し訳ありませんが、シンシャ様にいくらか払っていただかなくてはならないと思いますが」


「古物商も仕事であるからな。いくら王族とはいえ、差し出せというのもおかしな話だ」


 その辺りをどう説明するべきか。いや、シンシャさんも言えば納得するだろうけれど、値段による部分もあるか。


「額があまりにも高額な場合は多少、ディアマンデ王国側からも資金援助をするということでどうにかなりませんか」


 もとはミズカネ国のものだったのに、満額払って取り返せというのも、どうなのだろうかという部分はある。だけど、古物商もそれなりの額を払ってムスケル子爵から買い付けているはずなので、それをただで差し出せというのもおかしい。そうなると、わたしたちが間を取り持ち、いくらかは払うのが丸く収まるところだろう。


「そもそも、その杖の価値というものは、明確に伝わっているのだろうか。伝わっている場合、家宝などにしているという可能性もなくはないし、古物商も高く扱っているだろうが、そうでなく、ただの杖だと見られていたら、それほど高くならないのではないだろうか」


 ああ、そう言えば、わたしは最初から「神と対話できる杖」という認識だったので、それなりの価値を見出していたけれど、普通に見ればただの豪奢な飾りのついた杖に過ぎない。

 いや、豪奢だからそれなりに価値を見出されるのかもしれないけれど、そこは専門家じゃないからわからないしなあ……。


「杖そのものの価値がいかほどなのかわたくしにはわからないので何とも。一応、装飾などはされていますから、本来の使われ方を知らずともそれなりの値段になる可能性は否定できません」


 杖と一口に言っても、実用するものから式典用のものまで幅広い。民族的なものもあるのかもしれないけれど、そう言ったものはメタル王国建国からの統合された中ですたれていったものや、メタル王国滅亡時の戦禍で消えた風習も多い。

 それでも、別大陸から伝わってきたということもあり、その骨董的価値がどう判断されるのかは非常に微妙なラインだ。


「王族が欲しているとわかれば、より値段をつり上げてくる恐れもあるだろうしな」


「商売人の鼻はよく利くでしょうけど、今回ばかりはそういったことをされると困るのよね」


 ただ、彼らも商売をしているだけに過ぎない。問題は、こちらが、その価格が適正なのかを見極めることができないことと、シンシャさんがなんとしてでも欲しがっているという点だ。

 それで値段をつり上げられても、こちらでは不当なのかどうかが判別できない。


「せめて、こちらでそう言った鑑定をできる人物が用意できれば話が変わってきますが……」


 そんな都合のいい人材がいるわけもない。これがツボや絵なら、また違ったと思う。教養として学ぶ範囲として知っているものもあるでしょうし。ただ、杖ともなると……。


「ちなみにだけれど、もし、あなたの助言がなく、そのままだった場合は、杖の行方としてどうなるかってわかるのかしら」


 それは「たちとぶ2」でどういった経路をたどったのかを考えればわかる。


「結局、だれにも売れず、ファルム王国に流れたのだったと思いますが、売れなかった理由が、だれも興味がなかったからなのか、それとも、値段が高かったからなのかはわかりません」


 そこからファルム王国の王族にたどり着くまでもそれなりに紆余曲折あったようだけど、その部分は本当にさらりと書かれた程度なので、推測すら難しい。すでに起きたことなら、そこから別のヒントもあるだろうけど、これから起こることだしなあ……。


「そう考えるとできればムスケル子爵が持っていることを願いたいわね。そのほうが厄介にならないで済むから」


 まあ古物商の手に渡っているかどうかはわからない。ムスケル子爵が持っているということも十分に考えられる。


「ここでその希望的なことを言っていても意味はありませんから……。まあ、やはり、ある程度はディアマンデ王国が資金を援助するということにしておくのが無難ですかね」


「そのある程度の程度を決めるのが難しいのだがな……」


 そこは、まあ、どの程度の額ではなく、何割を払うということで決めるとして、何割だろうか。3割とか2割とかそのくらいが妥当だと思うんだけど……。


「4割。いえ、3割かしら」


 ラミー夫人は多めに出して、ミズカネ国への好感度を上げるほうをとったほうが、後に返ってくるお金としてはそれ以上になると見込んでいるのだろう。


「わたくしとしても3割ですね。これから交流を持つとしても、大海という大きな壁があります。ものを輸出入するにしても船でのリスクや鮮度低下を考えるとそこまで多くの利益を見込めないでしょう」


 船で運ぶということは、それだけ長い時間がかかり、さらには転覆などのリスクも伴う。つまり、その分、それなりに高価になってしまう。そして、一度に多くは運べない。そう言ったもろもろを考えれば、妥当な判断だと考える。


「人情や経緯を考えればもう少し出してもいいとは思うがな」


「それがディアマンデ王国の差し金で盗んできたというのならともかく、盗まれたものが知らず知らずのうちに国内に入っていたというのですから、経緯のほうは、わたくしたちが考慮する部分ではないと思いますが」


 それも、陛下のもとを経由してならともかく、陛下のところにはノータッチで、勝手に国内を移動していただけだし。


「陛下が人情という部分を判断して、多めに取るとしても4割まで。カメリアさん的にはそれは多すぎると思っているみたいだけれど」


 見透かされているようだ。まあ、結局、お金を出すのは国なので、その判断は陛下に任せる。わたしに従って低めに出して、それで国家間で不仲になっても、わたしは責任を取れないし。


「いや、4割でいく。彼との交流はそれだけの価値があると思った」


 なるほど、まあ、王族の勘というか、これまで政治を回してきた勘というのもあるのだろう。そう言った経験で言うのなら、わたしなんてまったくないのだから、陛下がそう判断したのなら、それでいいだろう。

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