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128話:ミズカネ国の王杖・その1

 突然、王子の部屋に入ってきたラミー夫人に連れられて、わたしは、陛下の執務室に通された。変装するべきなのではと提案したものの、ほとんどこの国の事情を知らない皇族相手に、奇妙な格好をしているほうが怪しまれるだろうということで、久々に、カメリアの姿で人前に出ることになった。


 幸いというかなんというか、王城内は慌ただしく、陛下の執務室にいる皇族の方以外の来訪者にかかりきりというのもあって、さほどすれ違わずに、それもすれ違ってもまじまじと人の顔なんて見ている余裕もなく、過ぎ去っていった。


「おお、戻ってきたか」


 陛下がラミー夫人と、その後ろに控えるわたしの顔を見て、少し表情を和らげた。どうやら、わたしが来るまで、話を持たせるのが中々難しかったようだ。


「はじめまして、ゆえあって、名前は名乗れませぬがご容赦ください」


 さすがに死人だけあって、名前を名乗るわけにもいかない。そううやうやしく頭を下げると、彼は気にした様子もなく笑う。

 どちらかというとへらへらとして笑いという表現が正しいか。どこか気優しい様子の彼に、こちらの態度も緩みそうになる。


「はじめまして、名も知らぬ君。シンシャ・スイギンというものだ」


 シンシャ・スイギン。ミズカネ国の皇族、その分家筋にあたる家系の数十人いる中のだれかなのだろう。


「『ニ』ですか、それとも……?」


 わたしの問いかけに、彼は目を丸くした。意味がわかったからこそだろう。陛下もラミー夫人もぽかんとしているのは意味が通じていない。


「驚いた。わざわざ呼んでくるだけのことはある。安心するといい、『ニ』だ。シンシャ・ニ・スイギン。それが正式な名前だよ」


 シンシャ・ニ・スイギン。漢字で示すなら「辰砂・丹・水銀」であろうか。


 そう、水銀。ミズカネは、水銀の別名である。


 「たちとぶ」や「ととの」……「銀嶺光明記~王子たちと学ぶ恋の魔法~」や「金属王国記~恋と愛と平和の祈り~」と同じく、グランシャリオ・ゲームズが発売していた乙女ゲーム、「水銀女帝記(すいぎんじょていき)~恋する乙女の帝位継承戦~」の舞台。


 それゆえに、ある程度の知識は持っている。


「分家の方で、『ニ』を名乗ることができ、杖をお探しということは、帝位継承のためということですよね」


 その言葉に、気まずい沈黙が生まれる。何かまずいことを言っただろうか。もしかして、そこまで明かしていなかったとか?


「ああ、そこまで知っていてもおかしくないか。そうだよ。杖は帝位継承に必要だ。だけれど、それを話してしまうと、場所を教える代わりに大金を要求されるなんてこともあるかもしれない。皇族とはいえ、継承前だ。無限にお金があるわけじゃあないからね」


 なるほど、それで黙っていたのか。それは申し訳ないことをした。まあ、だからと言って、それで大金ふっかけるような人間性はしていないので、おそらく大丈夫でしょう。

 というかいまのを聞いたうえでそんなことをするメリットがないでしょうし。


「杖が王位……帝位継承に必要なのだとしたら、これまでの継承はどうしていたのだ」


 陛下の質問。それに非常に答えづらそうなシンシャさん。そうなると、わたしが答えるべきだろうか。


「もともと、杖による啓示を受けていたのですが、杖がなくなって以降は、本家筋が帝位を継ぐ場合に限り、杖の啓示なしで継承してきました。それゆえに、分家のシンシャ様が帝位を継承するには杖が必要になるのです」


 一応、建前としては、「本家は啓示を受けた家系だから」とのことだけれど、まあ、あくまで杖がなくなったときの言い訳に過ぎない。


「これまでも数度、分家が帝位を継承する可能性が出てきていたが、そのいずれもが杖を見つけられず、本家の血筋を探して、その人物に無理やり継承させるような状況が続いた」



 実を言うと、「水銀女帝記」もそこから始まる物語なのだ。


 分家が帝位を継げず、しかし、皇帝の直系はほとんどいない状態となっており、だれに継がせるのかが非常に問題になっていた。そんな中で、皇帝に妾がいたことが分かり、唯一、直径ということで、平民の少女「シュシャ」は、帝位を継承することになってしまう。


 だけれど、それに反対するものたちもいて、帝位を争うライバルであるその男たちとともに研鑽していく中で恋が芽生え……という物語。


 もっとも、いま、目の前にいるシンシャさんが、「水銀女帝記」よりも前の存在なのか後の存在なのかもまったくわからないけど。



「そんな継承方法は間違っている。そう思って、どうにか杖を探せないかと情報を集めて、ようやくこの大陸にたどり着いた」


 まあ、帝位だけではなく、これまでの因習を壊すという思いもあるのなら、大きな海をも越えてやってくるだろう。


 しかし、歴史を変えていいものかどうか。……まあ、向こうの大陸の情勢がこちらに影響を与えることもそうそうないだろう。これだけ期待させておいて、何の情報もないというのも酷い話であるし、そもそもわたしもアバウトな情報しかもっていないし。


「だが、自ら来る必要があったのか。王族がわざわざ」


 確かに、皇族が自ら大陸を出て、船で乗るというのはどうなのかと思う部分もあるだろう。本人がどうしても自分の手で成し遂げたいという思いもあるのだろう。でも、それだけではなく、もう1つ問題があるからこそ、わざわざこの大陸にやってきたに違いない。


「ミズカネ国は、そうですね……、ディアマンデ王国とは逆と言いますか、分家の数が多いのです。いずれも姓は『スイギン』と名乗りますが。そして、分家に継承権があるということは、本家の血筋が絶えかけているような状況。つまり分家同士でも継承権争いが激化します。ですから、避難の意味もあるのでしょう」


 基本的に、そんなに王族の子供が多くないディアマンデ王国とは違い、ミズカネ国は子供が多く、次男、三男は分家となっていく。結果として分家はものすごい数になるけど、そのいくつかは継承権を放棄する代わりに貴族となっている。


 そして、そんな大量にある分家を区別するのがミドルネーム。シンシャさんで言うところの「ニ」である。


 だけど、この「ニ」は特別なミドルネームで、本家と同じミドルネームなのだ。


 それゆえに、水銀女帝記の主人公は「シュシャ・ニ・ミズカネ」とのちに名乗ることになるし、そんな特殊なミドルネームを持つシンシャさんは分家の中でも本家にかなり近い血筋、本当に杖さえあれば帝位の継承ができる立場にいる人物。


 だけど、それだけに、まさしく、ほかの分家で帝位を狙っている面々からすれば、邪魔な存在であることは間違いない。だからこそ、そのような騒動から距離を取るために、自ら足を運んだのだろう。


「本当に君は恐ろしいな。ぜひ、傍で働いてもらいたいくらいに、国の内情をよく知っている」


 それは暗に知りすぎているから他国に置いたままにするのは危険だという意味も含まれているのだろう。


「いえ、知っているといっても、いまのようなことは調べれば多少なりともわかる範囲のことでしかありません」


 そう、あくまで情報が少ないだけであって、まったくないわけではない。いまのようなことも知っていてもおかしくない範疇のことである。


 わたしの知識には、それ以上のもっと深い部分すらも含まれているけれど、そこはまだ口にしていない。この程度で口封じなどされていたらたまったものではない。


「それよりも杖について、でしたよね」


 これ以上、変に話を広げてもいいことはないと思い、その話を切り出した。シンシャさんもそこが一番知りたいところであるため、その食いつきはかなりいい。


「どこにあるのか知っているのか?」


 期待と興奮の入り混じった問いかけではあるものの、それに対して、わたしの持つ答えというのは非常にアバウトなものだ。


「正確な場所までは知りません。この時期ですと、ディアマンデ王国の南方にある、どこかの子爵家が持っているか、その家が売った古物商が持っていると思いますが……」


 というのも、この杖、「たちとぶ2」に登場するアイテム。実は、「たちとぶ2」は、世界の広がりがどうとかそういう意味もあって、別の大陸の道具であったり、名前であったりがチラホラ見え隠れしていた。


 フォルトゥナももとはと言えば「たちとぶ2」に登場するアイテムであるし、そして、この杖もまた、フォルトゥナとともに別の大陸からクロム王国に伝わり、それが盗み出された際に、ディアマンデ王国にも入ってきた中の1つ。


 そのため、これからしばらくしたあとに、ファルム王国に渡るものでもあった。もっとも、戦争を回避したことで「たちとぶ2」の未来もだいぶ変わっているだろうから、この杖が予定通り、ファルム王国に行かなかったところで問題はない……と思う。


 まあ、あくまで逆算したらおそらく、そのあたりにあるだろうという予測に過ぎないので、もっと別の場所にある可能性は否定できないし、絶対というほど確信を持って言えることでもない。


「それだけわかれば十分だ」


 シンシャさんは、すぐにでも出発しようと席を立つけれど、わたしがそれを引き留める。さすがに、いますぐにいってどうこうというような場合ではないだろう。彼の連れてきた部下たちももてなしを受けている最中だろうし。


「一応、いっておきますが、あくまで予測でしかありませんから、そこにないという可能性もあります。それから、皇族とはいえ、ディアマンデ王国内では自由に動いて権力を使うというわけにもいかないでしょう。こちらで案内をつけますので、せめてもう1日ほど、ゆっくり休まれてください」


 船旅からのクロム王国、ベリルウム王国と回ってきて、疲れも抜けきっていないだろうに。1日2日急いだところで、杖の動きにそう変化はないはずだ。


「いや、しかしだな……」


「案内役に、どのルートでどこに行くかを指示することや、交渉相手になるであろう子爵に王家からの書状などをつくって、できる限り円滑に進むようにします。そちらのほうが、いますぐにここを出て無計画に進むよりも早く進むと思いますよ」


 下手に動かれて、貴族と悶着があっても面倒だし、そういった面倒を避ける根回しを先にこちらで済ませてしまいたい。


「わ、わかった。言葉に甘えて、もう1日ほど世話になる」


 そう言って、シンシャさんは陛下に頭を下げた。まあ、わたしが話を進めていたけれど、王城に泊めるのも、もてなすのも、わたしではなく陛下なので、ほぼ勝手にわたしがもう1日泊っていけばいいといっていることになる。


 陛下も交流のことを考えれば断らないでしょうけど、ほぼほぼ独断でそれをやってしまったのは少し反省するべきだろう。あとで陛下に謝っておくか……。


 そう思いながら、部屋を出るシンシャさんの背中を見送った。

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