127話:ラミー・ジョーカー夫人・その6
ミズカネ国から訪れた王族をもてなしてから、一夜明け、執務室でその対応にあたっていた。本来ならもっと別の場所に通すべきなのだけれど、内密な話があるということもあり、執務室に通すこととなった。
私、ラミー・ジョーカーもその応接のために、執務室で対応にあたることになっていた。
「ここまで盛大にもてなしていただけるとは思っていなかった」
そんなふうに笑う彼はシンシャ・スイギンと名乗っていた。正式な名乗りだとややこしいからと、そう言っていたので、本当の名前はもう少し長いのかもしれない。
「いやいや、遠方より来られた方をもてなさないわけにはいかないだろう」
まあ、正確には「遠方から来た王族をもてなさないわけにはいかない」というのが本音のところでしょうけれど。
「ありがたい限りだ」
そのように感慨にふける様子のシンシャ殿に、さっそく本題を聞く。一国の王族と長時間執務室で密談というのは中々に良くない状況だし、わざわざ内密でというのだから、向こうとしても早く本題に入ったほうがいいと思っているはずだと判断したから。
「それで、シンシャ殿はどのようなご用件なのでしょう」
その言葉に、彼は出していたお茶を飲み、一息ついてから口を開く。……このような席で、お茶を素直に飲むのは中々に珍しい。さすがに暗殺などということもないでしょうけれど、あまり口をつけないことのほうが多いでしょうに。よほど緊張しているのか、それとも、あまりこういう場に慣れていないのか。
「実は、杖を探している」
杖というと、あの杖のことだろうか。だけれど、探しているということは、職人に作ってもらうとかそういったことではなく、すでにどこかに存在する杖を探しているということなのでしょう。
あるいは、自分に合うものを探しているとも取れるけれど、それならわざわざ大陸を移動しなくとも……。名の通った杖職人でもいるのなら、また別の話だけれど、そのようなうわさは聞いたこともないし。
「なぜ、その杖が必要なのだ。そのあたりの詳細は教えてもらえると思っても?」
陛下の問いかけに、シンシャ殿は苦い顔をした。話せないということだろうか。そういう部分も見越して内密な話ということにしたのだと思うのだけれど。
「……杖が必要な理由は話せない。だが、その杖は『神の声が聞こえる』と言われていてな」
神の声が聞こえる杖。そんなものが存在するのだろうか。そして、そんなものがどこかにあるとすればうわさになっていないはずもない。
「神の声が聞こえるということは、神との対話が目的……、いえ、話せないとのことでしたね」
だけれど、いまの情報があれば、その結論が出るのは普通の反応。わざわざ伏せる必要があるとは思えない。そもそも神と対話することなんて、世界中のどこででも試みられていることだし、隠す必要もない。
「ああ、いや、確かに武曲様と対話するのも目的と言えば目的なのだが……」
むごく……、向こうの国でのいずれかの神を表す言葉なのだと思う。そのあたりの文化の違いはあるようで、ところどころわからない言葉もあるだろう。独自の名詞などが多少あるのは仕方ない。
「とにかく、杖を探している。心当たりはないだろうか」
そうは言われても、心当たりがなさすぎる。おそらくクロム王国やベリルウム王国でも同じように聞いてきて、それでわからないといわれたからここにいるのでしょうけど。
「具体的に、どのようなものかを聞くことができるだろうか」
陛下がそう言うと、彼は頭を悩ませる。そもそも、なぜ、別大陸の国の王族がそんなものを探しに、このような場所まで来ているのか。そう考えると、杖はいつから探しているのかという疑問もわいてくる。
「すまない、こちらも存在を資料で知っているだけなのだ。一応、特徴のようなものはわかっているので、紙と筆を貸してもらえれば、どうにか伝えることもできるだろうが……」
そんな資料に残っているような状態のものともなれば、彼らの国にそれなりに関わるものなのだろうか。ペンと紙を探す陛下を尻目に、私はシンシャ殿に問う。
「この大陸にあるものが、なぜそちらの国の資料にあるのですか?」
何のために探しているのかを聞いても意味がない以上、そこにかからないように、知りたいことを知れる問いかけをした。
「もともとは、汞国に代々継承されるものだった。しかし、いまから数十年前に盗まれ、それはこの大陸に送られた」
……じゃあ、クロムから訪ねたのは、それがクロム王国に伝わったから。それって……フォルトゥナのときと同じ。いえ、そもそもタイミングからして同じだったのかもしれない。だとすると、探している杖というのも、杖の形をした兵器という可能性が浮上する。
「しかし、この国にあるかどうかまでは……」
さすがにわからない。そんなことを知っているはずも……、いえ、知っている可能性がある人物ならいるじゃない。
そう、彼女なら「知り得ない知識」を持っているのだから、もしかするとその杖のこともわかるかもしれない。
「とりあえず、ペンと紙をどうぞ」
陛下が彼にペンと紙を渡す。杖の形状を簡易的に描いてもらえるだけでも、情報量がだいぶ変わる。それは、そうと、私はシンシャ殿に断りを入れる。
「申し訳ありませんが、少し席を外させていただきます」
その言葉に、陛下が一瞬だけ怪訝な顔をしたけれど、すぐに私の意図は理解したのだろう。目だけで、それを実行するように、逆に指示を受ける。
執務室を出た私は、一目散に殿下の部屋へと向かう。彼女は基本的にあの部屋で暮らしている。たまに隠し通路を使って、別の場所へ行っていることもあるようだけれど、いまのように城中が慌ただしいタイミングではそれも難しいでしょうし、部屋にいるでしょう。
ノックもそこそこに、返事と同時に扉を開けて、彼女を探す。きょろりと部屋を一周見回すと、彼女の目立つ髪色はすぐに目に飛び込んでくる。
その赤色を目掛けて、わたしは声を飛ばす。
「カメリアさん、少し知恵を貸してもらえないかしら」
思えば、つい先日、ミズカネ国の料理について、同じように尋ねに来たばかりであるけれど、そんなことを考えている場合ではない。
「知恵……ですか?」
先日と似たような展開に、彼女は「またか」というような顔をしていたけれど、こちらとしてはそれどころではない。一刻も早く、彼女の知恵を借りたいのだ。
「現在、ミズカネ国の王族の方と陛下が対談中なのだけれど、少し厄介な質問をされてしまって。それで、力を貸してほしいの」
「それはかまいませんが……」
なんとも微妙な顔をしているけれど、これは答えを持っていないかもしれないからなのか、それとも答えるべきではないことだと思っているからなのか。
「ミズカネ国の皇族ということはミズカネ家の方がいらしているのですか?」
その質問に、わたしは固まる。確か、彼の名前は「シンシャ・スイギン」であるので、「スイギン」という姓なのだろう。ただ、正確な名前ではないともとれるようなことも同時に行っていたけれど。
「いえ、シンシャ・スイギン殿なのだけれど」
まさか、偽王族……?
そのような疑念すら一瞬浮かぶ。何せ、別大陸の情報など、この国にはほとんど入ってこない。だから、騙されていたとしても見抜くことは難しい可能性がある。
だけれど、そんな疑問は彼女の言葉で打ち消された。
「スイギン……。ということは分家ですね」
どうやら、ミズカネ国の王族には分家があり、その姓がスイギンというようだ。彼女のことだから、知っていること自体には驚かないけれど、それを知っているのはやはり凄いと驚いてしまう。
「分家が、この大陸に……」
何やら思い当たることがあるのか、彼女は顎に手を当てて、少し考えるように目をつむる。彼女がたまに行っている動作だ。
「ああ、なるほど、大体の事情はわかったかもしれません」
そんなふうに言うのだから、やはり彼女は恐ろしい。……いや、私が聞いたのだから、それに答えをもらって恐ろしいというのも酷い話だけれど。
「しかし、それに対する明確な答えは持っていません。わたしが持っているのはもっとアバウトな答えです」
杖のことにアバウトも何もあるだろうか。そう思うものの、彼女が言っているのはおそらく杖のことなのだと思う。もしかすると、彼の本当の目的のほうに関係しているのかもしれないけれど、そこの確認をとったほうがいいのかしら。
「一応、聞いておくけれど、杖の話というのがわかったということでいいのよね」
私の問いかけに、彼女はこくりとうなずいた。つまり、「アバウト」というのも杖の何かにかかっている「答え」にかかる言葉なのだと思う。
「ええ、杖。まさしく杖。『神の声を聞くことのできる』という『杖』のことです」
本当に何でも知っている。いえ、彼女いわく「何でもは知らない」とのことだけれど、それでも、現に、こうして「神の声が聞こえる杖」について知っているのだから、そう思ってしまうのもおかしくないくらいに、彼女の「知識」は豊富。
彼女は机の上に紙にペンを走らせる。
そこにはお世辞にも綺麗とは言えない線で描かれた杖の形状を示す絵が描かれる。さしもの彼女も絵はそこまで得意ではないようで……。いえ、そこはどうでもいい。
「このような杖のことですよね」
と聞かれても、私は見たことがないし、私が部屋を出たタイミングでシンシャ殿は杖の形状を描こうとしていたので、戻ったら確認できると思う。
2021/08/05 訂正 カメリアのセリフ内の「王族」→「皇族」




