126話:プロローグ
その日、大陸中に大きなニュースが入った。別大陸からある国の王族が船に乗って、この大陸にやってきているという知らせがアルミニア王国およびクロム王国から発せられたからである。
なぜ、遠く離れたその二国から、同時にその知らせが発せられたのかというと、アルミニア王国を経由して、内海からクロム王国に入ったためであろう。
なぜ、わざわざ別大陸から王族がやってくるのかという疑問はあるものの、滅多にないその珍事に、人々は様々な噂を立てた。
同盟のために慌ただしく動いていたこのディアマンデ王国でもそれは変わりなく、ただ、クロム王国に用があるのなら、この国には関係ないだろうという流れもあり、いつも通りの日常を送っていた。
「しかし、別大陸か……。わざわざこの大陸に何をしに来たのだろうな」
王子がそのようにつぶやいた。
わたしは、あれからも、いまだに王子の部屋で匿われる生活を続けている。ラミー夫人のところでもよかったのだけれど、同盟のことを陛下と打ち合わせるのにこちらのほうが好都合という理由で、この状態が続いていた。
「いままでも交流がまったくないというわけではありませんでしたが、王族が海を越えて渡ってくるほどのことですからね。よほどのことがあったのでしょうか」
これまでもフォルトゥナをはじめ、別大陸からこの大陸に持ち込まれたものは多く存在しているし、それこそ、王子が昔に誕生日プレゼントでくれた髪飾りは別大陸のものを真似てつくられたもので、そうした影響がある程度には交流があったことはわかる。
逆に言えば、その程度の交流しかなかったともいえるのだけど。
「まあ、ただの観光のために来るような距離ではないだろうな」
外海、大海と称されるその海はかなり広く、別の大陸まではかなりの距離がある。前世で言うところの日本とアメリカのような感じだ。王族がわざわざ太平洋を船で横断してまでやってくるようなメリットというのは乏しい。
道中の天候によっては転覆や遭難の可能性もある。そんなリスクを冒してまで王族が来るということはよほどのことに違いない。
「クロム王国か。まあ、厄介ごとにならなければ、別大陸だろうが何だろうが、どうでもいいのだがな」
わたしの記憶上、この時期に別大陸から訪ねてくるなどという話は覚えていない。まあ、「たちとぶ」の歴史上では、戦争のあとであり、そんな落ち着かない状態の国に、別大陸の王族が首を突っ込みたいはずもなく、それで訪れなかっただけかもしれないけれど。
「用件しだいでは、わたくしたちにも関係してくるかもしれませんが……。例えば、クロム王国と同盟関係を結ぶとか。まあ、そうは言っても、兵を大量に寄こすほどの輸送力はないでしょうし、物資もアルミニア王国を通らないと入ってこないわけですから、あくまで別大陸の国の後ろ盾という権威を手にするくらいでしょうけど」
基本的には物資も兵力も、安全に大量に輸送する手段が確立されていない。そして、そうまでして同盟を結ぶメリットもない。なので、あくまで、まったく無関係で済まないような状況を想定しての話である。
「わざわざクロム王国を選んだという部分は引っかからなくもないが……」
確かに、この大陸の足掛かりにするならアルミニア王国が最も適している。何せ、そこと交流を持てば、海は制したようなものである。そういう内情を知らなくても、海に近いほうから順番に進んでいくほうが順当であると思う。
「そこに何か事情がありそうですが、さすがに、クロム王国の内情までは……」
王権交代の事情などはともかくとして、それ以上の詳しいこととなると、さすがにわからない部分も多い。
「ただ、クロム王国は前王権の時代には別大陸と多く交流を持っていたようですから、その関係というのもあるのかもしれません」
それこそ、フォルトゥナなどをこの大陸に持ち込んだ時代の話だ。でも、それ以降のことを考えても、そこからさらにずっと交流を持ち続けていたという可能性は薄い。
「ディアマンデ王国は、ほとんど直接的な交流を持っていないからな……。まあ、そう言う意味でも、今回は無関係に終わるだろう」
基本的には、アルミニア王国を通る必要があり、そう言った関係も含めて、直接的に大陸とやり取りするよりも、アルミニア王国を経由して、この大陸に伝わったものを交易することになるため、ディアマンデ王国は別の大陸とあまり関わりがない。
「そうですね。……それで終わればいいのですが」
わたしの知らない大きな出来事が起き始めたということは、歴史が変わっているということ。ここから先は、わたしでもどうなるかはわからないことのほうが多い。
妙なことにならなければいいのだけど……。
そう思っていたのもつかの間、その別大陸のある国の王族が、このディアマンデ王国を訪ねてきたのだという。わざわざ、クロム王国からベリルウム王国、そして、銀嶺山脈を越えてだ。
最初からディアマンデ王国に用があるのなら、クロム王国から南下して、東側経由で入ってくればいいのに、わざわざその経路で来たということは、大陸にある国を漫遊でもする気なのだろうか。
それにしては、わざわざ銀嶺山脈越えてというのもどうかと思うけど……。
この予期せぬ来訪に、王城内は大忙し。妊娠が発覚してから仕事を大幅に減らされていたウィリディスさんも、さすがに休んでいられず、大慌て。
なお「仕事を大幅に減らされた」という表現は間違いではなく、本人は、仕事を全うするつもりであったが、陛下、王子の両名により、仕事を減らされてしまったので、強制的に休みを取らされている。それでも、時々、働こうとしているのは侍女根性が染みついているのか、気を紛らわせるためか。
まあ、そんな状態の彼女を引っ張り出すほどに慌ただしいのは、当然ながら失礼があってはいけないからというのがある。
「忙しそうですね……」
そんな様子をわたしは見ているだけだった。それに対して、陛下が来訪への対応にあたってできなくなった分の書類が回ってきた王子が苛立ちながらわたしにいう。
「お前もいくらか手伝え」
「そうは言われても、わたくしは死人ですから下手に手伝うと厄介なことになりかねませんよ?」
まあ、書類仕事を手伝ったくらいで厄介なことにはならないでしょうけれど。そんなところに、ラミー夫人がノックもそこそこに王子の部屋に飛び込んできた。
「失礼するわよ」
そのあまりにもざっくばらんな行動に、王子すらも目を大きく見開いていたけれど、まあ、ラミー夫人のすることなので、すぐに「まあ何かあったのだろう」くらいのテンションに戻っていたけれど。
「ああ、いたいた。カメリアさんに少し知恵を貸してほしいことがあってね」
わたしに……?
まあ、知恵袋のように活用されるのは、いまできる最大の協力であり、その上、ラミー夫人にはたくさんお世話になったので、そのくらいは断らないけれど、おそらく聞かれてもわからないことのほうが多いと思う。
「かまいませんが、力になれるという保証はしませんよ」
何せ、おそらく、この緊急来訪に関することなのだろうけど、わたしはそれに関する知識を一切持っていない。
「知らなかったら知らなかったでいいのだけれど、いま、別大陸の国から王族がこちらに向かっているのは知っているわよね」
それは、まあ、これだけ噂になって、かつ、慌ただしければさすがに知っている。わたしはうなずいた。すると、ラミー夫人は、その前提の話が通っているということを確認したうえでわたしに聞く。
「料理について、教えて欲しいのよ」
料理……?
お料理教室的な意味ではなく、食文化的なことだろうか。しかし、別大陸の料理なんてわたしが知っているはずもない。
「料理ですか?」
「そう。ミズカネ国のものなのだけれど」
そこでわたしは考える。知っている。料理についても、風土に関しても、わたしはミズカネ国を知っている。だけれど……。
「別の大陸に来てまで自国の料理を食べたがるものなのですかね?」
という単純な疑問。わざわざ旅行先で地元の料理を食べないだろう。その土地ならではの料理を食べたがるものではないか。
「いえ、そうではなくてね……」
どうやら、そういう話ではないようだ。でも、だったらなぜ料理について聞いてきたのか。それがまったくわからない。
「こちらとしてもディアマンデ王国の料理を出して、食べてもらおうと思っているわ。それに、それでこの国の特産品などを知ってもらって、定期的に輸出できるのなら得があるし」
まあ、確かに。相手が王族というほど権威を持っているならなおさら、定期的に取り寄せるくらいのことはしてもらえてもおかしくない。
「ああ、つまり、向こうの国であまりない料理を出したいわけですね」
「まあ、さすがになさ過ぎて、食べる前に拒否されても困るから、その中間くらいのものを知りたくて、だから、ミズカネ国の料理がどのようなものか知りたかったのよ」
なるほど、そう言うことか。しかし、どう説明したらいいのやら。食材もそこまで大きく変わるわけではないだろうし。
「そうですね。ミズカネ国の料理は、辛いものが多いですが、辛いというのも一口に説明できるものではなくてですね……」
簡単に説明するのなら「中華料理」というのが手っ取り早い。だけど、それで伝わる人間はこの世界にいないだろう。
だからこそ、それを知らない人に説明するのが難しいわけだ。
わたしは、いくつかの料理を取り上げて説明して、最後に締めくくる。
「まあ、なので、どの料理を出しても比較的、知らないと思っていただけると思います」
大陸が違えば文化も気候も風土も違う。だから、そこまで気にせず、普通に大体は知らないと思うだろう。
「まあ、輸出などの副次的なものより、そちらが重要だものね……」
「それに食材そのものよりは調味料の類のほうが、どちらかという注目を集めるべきだと思いますけれどね」
野菜などは輸出しようにもどうしても鮮度の問題がある。肉、魚もそうだ。まさか生きたまま牛を輸出して、向こうでさばかせるわけにもいくまい。そうなると、鮮度に関わらず、味の違いに大きく影響する調味料のほうが重要だ。
「とりあえず助かったわ」
それだけ言うとラミー夫人は部屋を飛び出していった。慌ただしいなあ……。




