125話:平和の象徴
わたしと陛下は、あれからしばらくののち、ファルム王国を出た。ファルム王国内はしばらく荒れるだろうということで、そうなる前にそそくさと国を出る形になった。
戦争は回避できた……と思う。ただ、1つ、わたしには気がかりなことがある。それは、アリスちゃんのことだ。
アリスちゃんは本来、「光の力に目覚めしもの」として、光の魔法を使うはずなのだけれど、基本的に、わたしが解決して回ったことで、彼女はその魔法をどのような形で発現するか決まっていない。
世界を動かすために光と闇の魔法使いが存在するのなら、「闇の力に呼び起されしもの」の野望をくじいた現状、アリスちゃんが主導となって、世界を導いていく必要がある。それには、アリスちゃんの力の発現が必要になるはずだ。
そんなことを考えつつも、王都に戻ったわたしたちは、報告のために、ラミー夫人たちを呼び出した……のだけれど、様子がどうにもおかしい。
まさか、襲撃があったのか、などと考えたけれど、そういう雰囲気ではない。
「何かあったのか……?」
陛下の問いかけに、ラミー夫人が何ともいえない顔をしていた。そして、ウィリディスさんを前に出す。ウィリディスさんもまたひどく言いたいことはあるけど恥ずかしくて言えないというような顔をでもじもじとしている。
「その……」
その歯切れの悪いウィリディスさんに変わって、若干興奮気味に、アリスちゃんが言う。
「ご懐妊です!」
……ご懐妊?
ああ、そういうことか。それで、ウィリディスさんの含みある言い方も納得できた。あの話をしたころにはすでにそういった行為を行っていて、それゆえに「ディアマンデ王国の人間ですから」と言っていたのか。
「ガーネット妃は大丈夫でしょうか」
わたしの言葉に、陛下が一瞬、頬をひきつらせたけど、すぐにその顔を緩めて、コホンと咳ばらいをした。
「アンディに彼女のことが知られたあとに、説明をして、そのあと、いろいろとあったのだ。ガーネット自身、アンディの弟や妹ができないことに自責もあったようだし」
それは結果として、王子を閉じ込めることになった意味も含めての自責なのだろう。
……ん、待って?
それが建国祭のときだとして、よく考えるとおかしい。もうじき、それから1月ちょっと。もうすぐに年を跨ぐわけだけれど、そう考えるなら時期がおかしいのだ。
王子にウィリディスさんの事情を説明したあとに、そういった行為をして妊娠したのなら、発覚が早すぎないだろうか……。
検査薬などが充実した前世ならいざ知らず、腕の立つ医師だとしても、お腹が出る3か月ごろとまでは言わないまでも、2か月がは経たないで断言できるのだろうか……。
でも、ウィリディスさんがだれかとするとも思えない。なら、……実は、前からそういった行為があったのでは?
いや、それ以上は考えないほうがいいかもしれない。余計な不和は避けるべきでしょう。
「それで、カメリアさんがいっしょな時点で、失敗はないと思っていたけれど、うまく言ったみたいね」
ラミー夫人の言葉で、それまでの急展開から一気に、引き戻される。そうだった、その報告をするために呼び出したのだから。
「ああ、とりあえずは簡単な仮の協定を結び、同盟となった。詳しい条件や内容はこれから先だ。ファルム王国内もしばらく混乱するだろう。ファルに連絡を入れて、西側へ少し人員を割いてもらう必要がある」
これだけで、大体の状況はわかってもらえただろう。
「じゃあ、国内への説明はどうするの?」
「正式な同盟を結んでからになるだろうが、基本的に密偵や不当な侵略行為は、水面下で進んでいた同盟への反発派が行ったものということで処分されるだろう」
いま下手に口を出して、国内で妙な反発勢力を生むよりは、同盟を結んでしまってから発表したほうが、もう結んでしまったものに対してとやかく口を出す人は少ないと判断したようだ。
「そうですね、……ウィリディスさんの妊娠についての発表もその際に行ってしまってはどうでしょうか」
さすがに、国王陛下に第二夫人の子が生まれるとなれば、いつまでもひた隠しにするのは無理だろう。
「え、いえ、そんな……」
「それはいいが、どう公表する。いままで明かしてこなかった理由なども含めて」
ウィリディスさんは公表に反対のようだけれど、それは主に恥ずかしいからであったり、いまの侍女の立場というのを考えてだったりだろう。どのみち、王子にバレている時点でいままで通りというのも難しくはなってくるだろうし、結局公表せざるを得ないと思うけど。
「そうですね……。そのあたりは、ファルム王国との不和を避けるため公表できなかったことにして、同盟が成立したことで改めて紹介と懐妊のことを伝えればよいかと。もう、堂々とツァボライト王族であることも明かしてしまうほうがかえって、これまで話せなかったことの理由になるかと」
もともと、ファルム王国との関係がそこまでよくないというのは、だれしもがわかっている。ただ、明確な敵対関係ではなかったというだけのこと。
だからこそ、かつて戦争のあったツァボライト王国の王族と婚約したともなれば、不和を起こしかねなかったと。だからこそ、ウィリディスさんのことはこれまで公表せずに、伏せていた。
しかし、今回、同盟が成立したこと、および、妊娠が発覚したことを機に、公表するという結果となったというのが無難な筋書きだろうか。
「そうなってくると、ちょっとした問題があるわよね」
ラミー夫人がいう。わたしもそれには気づいていた。その問題というのは、立場の問題というか……。
「ガーネット妃とウィリディスさんの地位の問題ですね。旧ツァボライト王国民などから、多少なりとも反応がありそうですし……」
ツァボライト王国がファルム王国に負けたとはいえ、ほぼ全滅した王族以外は、ファルム王国の支配下にはいっただけでツァボライト王国民が全滅したわけではない。生き残りは必ずいる。そうした生き残りたちからすれば、自国の姫が「第二夫人」という立場になっていることに憤りを覚えてもおかしくはない。
それも「第一夫人」がただの貴族であるとなれば、なおさら。これが他国の姫が同じように「第一夫人」として嫁ぎに来ていたのだったら、仕方ないという部分もあるのかもしれないが……。
「夫人間に序列や上下はないといったところでどうしても『正妻』というものがありますからね……」
第一夫人だから、第二夫人だからと言って、特に扱いに差はないのかもしれないけど、それでもあるのが「正妻」というものである。
「まあ、そのあたりはガーネットとも話し合って、解決策を模索する。子供が男か女かでもだいぶ変わってくるのだろうが……」
ウィリディスさんの産む子供が男児……、つまり王子だとしたら、これまた厄介になってくる可能性がないわけではない。ただ、まあ、年齢的なこともあって、十中八九、跡継ぎは王子……アンドラダイト王子のほうだろうけど。
女の子ならそのような問題もなく、また、跡継ぎになることもないので、跡継ぎを産んでいるほうが第一夫人、正妻となっているのはおかしな話ではなくなる。
その話を聞いたウィリディスさんは、お腹に手を当てながら、非常に申し訳なさそうな顔をしていた。
「ウィリディスさん、勘違いしてはいけませんよ。子供が産まれるということは非常に喜ばしいことですし、けっして、妊娠しないほうがよかったなどということはありません」
その言葉に、ハッとしながらわたしのほうを見るウィリディスさん。それを見ながら、わたしは言葉を続けた。
「生まれてくる子供に罪はありませんし、ましてやその子は、戦争を回避できた先に生まれる子、『平和の象徴』ともいえる子なのですから」
あるいは、親子そろって、「平和の象徴」なのかもしれない。「たちとぶ」の時間軸でも彼女が同じように妊娠していたとしたら……、戦争において、ウィリディスさんは亡くなっても、その子供は生きていたとしたら、「緑に輝く紅榴石」の件に説明がつくかもしれない。
ただ、それは何の確証もない、言うなれば妄想に過ぎない。あちらでも同じように子供が彼女に宿っていたのかどうか、それはわからないことだから。
「『平和の象徴』ね……。確かにそうね。でも、その『平和』をもたらしたのは、あなたではなくて?」
ラミー夫人の言葉。それは「戦争を回避する」という「平和」のことを言っているのもあるけど、ウィリディスさんと陛下の子供を成すきっかけをつくったのだから「平和の象徴」をもらたらしたという意味でもあるのだろう。
……まあ、深く考える必要もないか。「たちとぶ」でどうだったとか、そういうあたりは、いまのわたしに知るよしのないことで、知らなくてもいいことなのだから。
「わたくしは、その『平和』の礎を担えたのであれば十分ですよ。それに、当初の目的もようやく果たせましたからね」
「それで、これからはどうするのかしら。一応、正式な同盟の締結まではいてもらわないと困るのだけれど」
確かにそうだ。戦争を回避したとはいえ、絶対に安心できると言い切れる状況ではない。正式に同盟を締結して、それを公表してから、初めて明確な「戦争回避」と言えるのだろう。
「カメリア嬢の処遇……というよりもアンディの行動の説明も、いい説明ならば同盟の公表の場で、悪い説明ならその前に済ませるのがいいだろうが、……どうしたものか」
陛下が頭を悩ませているようだ。しかし、そうだ。ウィリディスさんの子供が男の子ならば、蛮行に走った王子を廃し、そちらを王位にという意見が上がる可能性もある。そういうお家騒動的なのに巻き込まれるのはご免なので……、そう考えるとどうにか王子をいい人として公表する必要がある。
わたしに適当な罪を吹っ掛けるというのでいいと思うけれど、できるならば、今回の一連を絡めた結果にしたいところだ。
「まあ、そのあたりも含めて、公表までの課題だろうな」
そうして、わたしの自由な人生を謳歌するための道は、まだ、ゴールまで遠いようだということを感じるのだった。




