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124話:戦争回避のために・その8

「ああ、それともう1つだけよろしいでしょうか」


 わたしは、あえて、思い出したように手を叩いて、そのように言う。もちろん最初から覚えていたし、それはある種の話を切り出すためのわかりやすい動作に過ぎないのだけど。


 これまで散々、知るはずのないことを言って、暴いて、かき回してきたわたしの言葉だけに、聞きたくはないけど気になるから無視はできないという状況なのだろう。渋い顔で、ファライト王は「なんだ」と唸るように言った。


「いえ、そう警戒なさらずとも、わたくしとしてはあなた方が最も望む話であり、かつ、望まない話をするだけですから」


 最も望む話であり、最も望まない話でもある。矛盾しているようにも感じるが、これは部分的な話だけでの言葉遊びのようなものだ。


「あなた方の探しているこれについてのお話しです」


 そう言って、わたしは、取り出した「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」を掲げる。その反応たるや、すさまじい驚愕と動揺が伝わってくるほどだった。まあ、それもそのはずだろう。ずっと求めていたものが目の前にあるのだから。


「なぜそれがここにある」


 と漏らしたのはクロガネ・スチール。でも、なぜと言われても、わたしが持っているからとしか言えない。


「わたくしが持っているのが一番安全と判断しました。それゆえに、持ち主の方から一時的に預かっています」


 皆の視線は「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」から動かない。それが本物なのかどうか、本物だったとしたらどうするのか、そんなことを考えているようだ。


「これをあなた方の前に出したのは、あなた方の誤解を解いておこうと思ったからにすぎません。もっとも、それを信じるか信じないかは自由ですが」


 そう言って、わたしは、前にウィリディスさんや王子に語った「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」の正体であるところの、かつての「ツァボライト」と「グロッシュラー」の確執から顛末までを語った。

 つまるところ、「ツァボライト王族にしか使えないもの」であり、「使おうとすれば呪いにさいなまれ」、「非常に危険なもの」であると。


「……それが事実であるかは置いておくとして、では、同様のことを行えば、再現できるのだろうか」


 いまの話を聞いたあとに、その質問をできるというのも凄いけれど、ジングがそのようにわたしに聞いてきた。そこで、わたしはふとしたことに気が付く。


 呪いやら儀式やらという魔法的なものに近い何かで、宝石に注ぎ込んだのだと思っていた。だけれど、魔法という仕組みをつくったのは属性神であり、そこに呪いやら儀式は介在していない。


 では、呪いとは神々も知らないものであるのか。


 もしかすると、そうではなかったのかもしれないと。


 このファルム王国とはメタル王国時代より、鉱山の栄えた都市であった。それにも関わらず、未だにファルム王国は、その鉱脈が尽きることがなく、金属類を鉱山より採掘している。


 だけど、違ったのだ。


 メタル王国時代と現代では採掘されているものが違う。だからこそ、未だに現代としては価値のある金属類が鉱脈として眠っている。


「無理でしょう。あるいは、どこか、この大陸ではない、別の大陸で宝石を掘り出すことができれば可能かもしれませんが」


 だから、わたしはそのような結論を出した。


「それはどういう……」


「この大陸では、すでに掘りつくされてしまっているのです。魔力を込めることのできる宝石が。それゆえに、同じようなことをするには、この大陸とは別の、その宝石が残っているような場所に行って採掘しなくてはなりません」


 そう、「魔力を込めることのできる宝石」。そうしたものが存在していたはずなのだ。それなら、あの2つの疑問はスパッと解消できる。


「無理だな。知る限り、その多くはすでに失われている。土魔法があるがゆえの弊害とでもいえばいいか」


 と、答えたのは死神アルカイドであった。突然現れたその存在に、わずかながらの驚きを見せたのは陛下だけ。つまり、向こうの首脳陣はアルカイドのことを知っているのだろう。まあ、当然といえば当然だけれど。見えないわけでもないのだし。


 そして、その言葉は、同時にわたしの仮説を裏付けるものでもある。わたしのは知識からの推測に過ぎなかったが、それを死神アルカイドが「魔力を込めることのできる宝石」があったと証言してくれた。


「その当時のものがすでに失われているというのなら、なぜこの宝石だけが現存しているのだ」


 確かに、その多くが抽出されて、何かに利用されたとして、「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」だけが、このいまに残っているのはなぜなのか。


「本当にすべてが失われているわけではない。それのように残っているものはあるだろうが……。それがこの時代にまで残り続けた理由は『呪』だ」


 呪い。確かに建国女王アイリーンも「この宝石には『呪』が宿った」と言っていたし、わたしもそう表現した。

 魔法とは「導く力」とわたしは思い、使ってきた。では、「呪」とは何なのか。


「そこのものは『魔力を込めることのできる宝石』などと定義していたが、それは正確ではない。これは、『願い』を込めるものだ。太陽神と月の神によってつくられた」


 ……つまり、太陽神ミザール様と月の神ベネトナシュ様の作ったシステム。「光の力に目覚めしもの」と「闇の力に呼び起されしもの」に近い。わたしはそれを「思いの力」あるいは「願いの力」と表現した。


「願いを込めたら、その願いが叶うとでもいうのか?」


 ファライト王が呆れたような声でアルカイドに問う。しかし、アルカイドは首を横に振った。まあ、そんな万能なものが世の中にあふれていたのだったら、この世界はすでにしっちゃかめっちゃかになっている。


「表現としては『祈り』という言葉のほうが適していたか。もともとは、属性神のくみ上げた『魔法』という仕組みがうまく浸透する前の保険のようなものであった。飢餓をどうにかしたい、力が欲しい、そうした願いをそれに込めることで、限定的ではあるが、魔法に近い力を与える仕組みだった」


 なるほど、魔法が安定すれば、水がなければ水の魔法使いがどうにかできるようになるし、魔法は力にもなる。それがきちんと機能するまでの保険的な役割として、それが作られたということなのだろう。


「だからこそ、それらは魔法が役割を果たしている現代までになくなるようになっていたということでしょう。ですが、『祈り』に相反し、かつ、強く込められた『呪』とでも呼ぶべきものは、その強さゆえに残ってしまった」


 浸透するまでの保険であるならば、浸透した頃には消えておく必要がある。こうなったのは神々の仕組んだ必然だったのだろう。


 そして、「呪」。「祈り」と「呪い」。わたしは相反すると言ったが、その根本の部分では、似た性質でもある。それゆえに、宝石に込めることができた。そして、その「呪」は未だに果たされていない。「ツァボライト」の血をすべて宝石に注ぐまで。


 ……でも、だとすれば、ウィリディスさんが亡くなった時点で、「呪」は果たされる。その時点で宝石がなくなってもおかしくないけど、「たちとぶ」では、ウィリディスさんが亡くなったあとに、宝石を実際に使おうとして使えなくて、引き分けという名の実質、敗戦属国化があった。……どういうことだろうか。それとも、もっと薄くても血をひいているものも注ぐ対象にカウントされるのか?


「つまり、我々のやっていたことというのは……」


 無意味な侵略行為にほかならない。まあ、領土を広げるという意味では無意味ではなかったのかもしれないけれど。欲しいものを手にするという観点から見れば、本当に無意味な侵略行為であった。


「こちらとしては、それ以上、その行為に対する善悪、是非を問うつもりはありません。ただ、ここは仲良く同盟関係になりませんか。もちろん、対等な」


 最後の部分は、対等ではない関係として実質属国にされた、あったかもしれない未来に対する皮肉なので、だれにも通じないでしょうけど。


「本気で言っているのか?」


「もちろん、本気だとも。そのために、国内の貴族たちに極力、事情を伏せて、あれこれ手を回すのは大変だったのだからな」


 答えたのは陛下。ここからは、わたしがいくつか補足をしよう。


「それゆえに、フェロモリー・ブーデン殿の行動理由は『同盟の事実を知り、反対するため』ということにしていただけると助かります。あの一件自体をなかったことにはできませんので、『攻撃してきた国と同盟を結ぶ』などとなれば、貴族からの反発はあります」


「なるほど、先に水面下で同盟の話が進行していたことにして、その反発として、あのような行動が起こったと?」


 それが一番無難だろう。独断の侵略行為などという奇妙なものより、世論的にはよっぽど納得できるものだ。


「しかし、同盟と来たか。てっきり、ツァボライトの土地を返還させ、そちらにいる王族に復興させるつもりかと思っていたがな」


「それを考えたこともありましたが、いかんせん本人が……」


 ツァボライト王国、唯一の王族がウィリディスさんだ。それゆえに、彼女なら復興させることもできるかもしれない。ちなみに、同盟のことも復興のことも、事前に、彼女には相談していた。


 自分の国を潰した相手との同盟に忌避感を覚えるだろうと思ってのことだったのだけれど、ウィリディスさんは特に気にした様子もなく、復興も「いまは、殿下の侍女であり、ディアマンデ王国の人間ですから」と断られてしまった。


 何やら、彼女にはほかに含みのようなものがあったけれど、わたしにはわからなかった。


「まあ、これまでのことをすべて承知の上で同盟を結んでもらえるというのなら、こちらとしては破格すぎるといえる。飲まない理由もない」


「あくまで承知しているだけで許しているわけではないがな」


 陛下としてもツァボライト王国とは親しくしていただけに、いろいろと思うところはあるのだろう。それでも、同盟を選んだのは、そのほうがいいと判断してのことだろう。


「では、同盟成立ということですね。さきほどのフォルトゥナの件もこの同盟に絡めてしまいましょう。詳しい条約などは後日改めて、話し合いの場を設けるということで構いませんか?」


「ああ、こちらの貴族の説得にはかなり時間がかかる。申し訳ないが、少し時間をいただきたい」


 まあ、いままで戦争一辺倒で行くといっていたし、その相手と同盟を結ぶことになったといったら本当に反対派が独断で攻撃を仕掛けてくる可能性はある。


「しばらくは、国境付近の兵を増やしておくとしよう」



 ……これで、これでどうにか戦争を回避した!


 ようやく一息つける。まだ油断はできないけれど……。

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