122話:戦争回避のために・その6
特に奇襲されるようなこともなく、一夜が明けた。監視についてはずっとついていたけれど、監視以上の何かをしている様子もなく、あくまで監視。それも中まで探るというわけでもなく、不審な行動をとらないかどうか、あとは逆に、何か危険なことが起きないかどうかというのもあるのだろう。一応、賓客扱いだし。
そうして、時間が過ぎ、昼過ぎくらいだろうか。わたしたちはファルム王国の王都メタッルムレクスヤにある最も大きな建物、王城「レクスアルクス」。旧王城であるファルム城よりも大きく建てたであろうその城は、ディアマンデ王国の王城よりも広く大きい。別に王城のサイズで国威が決まるわけではないが、これだけで相当の国力があることがわかる。
通されたのは、謁見の間……ではなく、会議などを行うであろう大きな部屋だった。まあ、謁見というのは身分の低いものが身分の高いものに会うことであり、同じ国王という立場では謁見ではないので、そういう意味も含めて会議室のような場所というのが選ばれたのだろう。
そして、そこにいたのは、全部で6人。わたしと陛下は騎士を連れて入れないとのことで、2人。人数的優位も場所的優位も向こうに取られている形だ。もっとも、騎士たちは廊下および隣室で待機しているので何かあったら駆け付けられるようにはなっている。
「わざわざ足を運ばせて申し訳ないな、ディアマンデ王よ」
まったく申し訳ないと思っていないが、形式的な断りとしてそういったであろうことが伝わる。わたしたちの正面にいる彼がファルム王国の国王であるファライト・ファルムなのであろう。
「呼びつけたことよりも、不当な侵略行為についての説明を願いたいのだがな」
と、陛下は言いながら、通された席に座る。わたしは、陛下が座ったのを確認してから、「失礼します」と断りを入れて座った。
「まずは、挨拶が先であろう」
そう言いながら、ファライト王は近くに座る2人を見やる。その2人が、目でやり取りをし、おそらくどちらから名乗るかをそこで決めたのだろう。
「ファライト陛下より公爵を賜りしコーボルトと申します」
「同じく公爵を授かったニコラウスです」
名前は不要と判断したのか、家名のみの名乗りであったけれど、うやうやしく頭を下げる様子は、貴族なのだろうと思わせるだけの綺麗な所作であった。
「幾度か見かける機会はあったが、こうして直に話す機会は初めてか。よろしく頼む」
陛下はそういった。そして、次に名乗るのは、ファライト王の横に立つ、ともすれば使用人のようにも見える厳格そうな男。
「宰相のスチールと申します」
その態度などはファルシオン様やクレイモア君を想起させるものであったけど、よくよく考えると、彼は平民との間にクロガネ・スチールを儲けているわけで……。印象などあてにならないのだなあと改めて思う。
「護衛長を務めております、ジング・マルエーと申します」
宰相の次に名乗ったのが、「護衛長」なる身分を持つ深い黒色に近い濃紺の髪を伸ばした細見の男性。ジングというからには、もう1人の三属性魔法使いなのだろう。護衛長とはいうものの、ほかに護衛になり得るのがフェロモリーくらいしかいないので、そういう特異な立場なのか、部下はわたしたちの連れ添った騎士同様に別室で待機しているのかのどちらかだろう。
しかし、ジング・マルエー。彼も金属ゆらいだとすると……マルエー。ジング。マルエー、ジング。……マルエージング鋼!
なるほど、マルエージング鋼か。それならば、何となくではあるけれど、その理由も想像がつく。名前通りならばという話だけれど。
マルエージング鋼というのは、「鋼」とつくように、鉄の合金の一種。「鉄」に「ニッケル」、「コバルト」などを含むのだ。ファルムとニコラウスとコーボルト。王族と両公爵のゆらいである元素が含まれた合金となれば、血筋的な意味でもそうであると予想できる。
だが、それならば、堂々と公表してしまえばいい。まさにサラブレッドの誕生であるし、国の権威としても大きなものになる。そうしなかったのはおそらく「不貞」の子だったとかそのあたりだろうか。そうでもなければ、むしろ国の顔としてフェロモリーよりも積極的に登用すべき人材である。
「そして俺は元軍人のフェロモリー・ブーデンというものだ」
最後にフェロモリーがそう名乗る。「元軍人」と。
「そのフェロモリーが件の魔法によるディアマンデ王国への侵略行為を独断で行った主犯だ。それゆえにすでに処分をし、地位をはく奪した」
なるほど、責任のすべてをフェロモリーに押し付けたということだろう。だが、おそらくはく奪した地位というのは「軍人」としての地位だけであろう。何か言われたとて、「軍人としての失敗だから軍人としての地位をはく奪した」と説明するつもりか。
「ほう、こちらへの説明もなく、そちらが犯人を特定し、処分まで行ったと?」
本来なら、その罪の是非を問い、処分を下すのは、ディアマンデ王国側が行うことであり、犯人の特定まではともかく、処分を下したのは明らかにおかしい。
「あくまで暫定的な処分だ。こちらとて、不当なことをしたものを放置しておくことはできぬゆえな。軍規のためにも早急な措置が必要だったことを理解してもらえぬか」
国内での暫定的な処分であって、以降の処分はこちらと話し合ってからということだろうか。
「なるほど、では、わざわざ目撃者を連れてくるようにと言ったのは」
「ああ、この場で、互いの認識を確認しあい、適切な処分を下すためだ」
ということにしたいのだろう。いや、一応、こちらの認識を確認するというのは向こうとしてもしておきたいというのは本音だろうけど。どこまで知っているのか、わかっているのかということを。
「しかし、そちらは、フェロモリーから高い才能を持った魔法使いと聞いていたが、会えるとは思っていなかったな」
うわさ通りに五属性を使えるとなれば、国の要。国外に出てくると思わないのは当然だろう。代理人を立てるとかの対応をしてもおかしくない。
「いえ、わたくしはそのような高い才能を持っているわけではありませんよ。それに、わたくしもジング殿にお会いできるとは思っていませんでした」
その反応に、ファルム王国の首脳陣はムッとした顔をする。そこにあるのは、どこまで知っているのかとかそのような感じだろうか。
「ほう、ジング殿のことをご存じなのですか。彼は護衛長という立場柄、表に出ることがありませんので……」
と宰相が目を鋭く光らせ、わたしに言う。それに対して、わたしはわずかばかりの賭けに出る。
「ましてや、王族と両公爵の血を引いていながら、表に出すことのできない三属性の魔法使いともなれば、会う機会などそうないとわたくしは思っていましたので」
それに大きな反応を示したのは、ファライト王、コーボルト公爵、ニコラウス公爵、ジングの4人。スチール宰相とフェロモリーは目を見開いて、あるいは、どういう意味だと周囲の反応を見ていた。
「なぜ、……いや、どこでそのことを!」
思わず、そんな反応をしてしまったニコラウス公爵をファライト王とコーボルト公爵が目でいさめる。そんな反応をしてしまえば、事実と認めたようなものだからだ。
しかし、それほどまでに驚くべきことだったのだろう。わたしで言うところの「五属性の魔法使い」という両親とお兄様、ラミー夫人くらい知らなかった出来事が、急に他国からやってきた人間に看破されたようなものなのだから。
「失礼した。しかし、それはわが国でも知るものは数少ない国家機密だ。情報の出所によっては、こちらも貴国に抗議せざるを得ないが」
ようは、スパイ行為なりなんなりをしていたのだったら厳重に抗議すると言っているのであろう。しかしながら、どう説明したものか。
「出所などありません。しいて言うのでしたらわたくしの頭の中としか。もちろん、貴国がわが国の行っていたような密偵を国の中枢まで送り込むなどという大胆不敵な真似はとてもではありませんができませんゆえ」
これに関しては本当に、出所など存在しない。しいて言うのなら前世の知識であるけれど、そこからの推測でしかなかったし、そんなものは存在しないのだ。
だけど、そんな言い訳が通じるわけもない。いや、言い訳ではなく事実なんだけど、それを言ったところで信じないだろうということ
だから、抗議をするという脅しに対して、そちらもやっていただろうとわたしは返した。
「身に覚えのない話ではあるが、まあ、いい。ひとまずはその話を置いておこう」
それ以上突っ込まれて、違う部分にまで不利な情報を出されないためか、本題に軌道修正することで、言及を避けたのだろう。こちらとしても、本題に戻るというのに、いつまでも関係のない部分をほじくり返すわけにはいかない。
「まずは、魔法による不当な侵略行為であるが、フェロモリーが土属性の魔法で国境の塀を破壊したことを端にするという認識で相違ないか」
それは「魔法による不当な侵略行為」と幅を狭めることで、それまでのリップスティークに潜ませていた密偵や「北方」のほうで動いていたことをなかったことにしようとしているのだろう。
「ああ、『魔法による』不当な侵略行為はそれが端であると認識している」
だから陛下も「魔法による」の部分を強調して、それ以外の部分もあることは忘れていないぞと警告したのだろう。
「塀は両国の共有物ではあるものの、破壊されたことに関してはこちらに非があると認め、修復の費用および修復はファルム王国が行うものとするが問題はないだろうか」
国境の塀というのは両国を分かつものであり、それゆえに、両国が共同で設置したものとなっている。まあ、正確に言えば、費用を折半しただけなのだけれど。
「ああ、問題ない」
こちらには陛下もうなずいた。さすがに国境の塀をわざと壊しやすく再設置するとか、隠し通路的なものを仕込むとかそういったことはないだろうと思っている。実際に行うときにもリップスティークから監視ではなく、視察という形だろうけど騎士を派遣するだろうし。
「では、次の具体的な魔法による侵略行為について確認していこう」




