120話:戦争回避のために・その4
ついに、書状に対する返事が届いたということで、わたしたちは、陛下の執務室に呼び出されていた。陛下はすでに書状の返事に目を通されたようで、何やら頭を抱えたい様子。悪い知らせかと思いながらも、それなら、ここで頭を抱えている場合ではない。
はてさて、どのような内容が飛び出してくるのかとわたしは、その書状の返事を読む。
そこに書かれていたのは、ある意味では傲岸不遜なものだった。
まず、抗議に対する説明をするため、ファルム王国に出向くようにとのこと。
説明に来るならともかく、抗議してきた相手を呼びつけるとはどういう態度だろう。
そして、目撃者の中で特に立場の高いものを連れてくること。
目撃者の騎士たちをぞろぞろと連れてこられても困るということだろうか。
さらに、外交関係への不和をもたらさないため、少人数で来るようにと。
攻撃してきた相手のもとへ呼び出されたのに、少人数でとか馬鹿なんじゃなかろうか。
と、まあ、普通ならこんな条件を通るわけないだろと、鼻で笑って燃やす返事だけれど、現状を考えるとそんなことをするわけにはいかない。
陛下が頭を抱えたい気持ちになるのがよくわかった。まったくもって馬鹿らしい話だけれど、わたしたちが戦争を回避するには、その馬鹿らしい話に乗るしかないということ。
「不当に魔法を撃ちこんでおいて、ファルムに来いというのはどういう了見なんだ」
王子の呆れと怒りの混じった声。それに対して、わたしは少し考えてから返事をする。
「いくつか理由はあるのでしょうね。まず、陛下がディアマンデ王国を空けることになってしまう以上、王城の警備は手薄になりますから、その間にウィリディスさんを……とか」
陛下が国を空けるとなれば、騎士の多くがそちらに割かれて、必然的に王都、王城の警備は手薄になってしまう。その間に、目的を達成できればという考えがないはずがない。
「ほかには、陛下を人質にするというような役割でもあるのかもしれません。一応、わたくしも呼び出される側に入っていますが、それがわたくしであるとは認識されていないでしょうし、向こうからすれば3人ほど邪魔になる人物が国内に残るわけですから」
わたしは目撃者として呼ばれている側だ。しかし、それはあくまで「黄金の蛇」であってカメリア・ロックハートではない。だからこそ、向こうからすればラミー夫人、わたし、アリスちゃんという邪魔になる存在が残っているというのは変わりない認識。
ただ、陛下が人質になるような状況であれば、その3人もあまり自由には動けないだろうという目論見があるのだと思われる。
「あとは、こういうこともあり得るかもしれないという話だけれど、カメリアさんがいなかったのなら、彼らの兵器は取り除かれなかったはずだし、軽く起動して、要求を突き付けて、受け入れなければもっと大きな爆破を……、なんてこともあり得たかもしれないわね」
ラミー夫人がそんな付け足しをした。確かに、彼らからすればフォルトゥナに気付かれていないと思っているでしょうし、こちらがフォルトゥナの詳細を知っているとも思っていない。そうであるなら脅しに使うには十分だ。
「しかし、こうなると行くべきなのかどうか判断に迷う」
陛下はため息を吐いてそう言った。まあ、そう思うのも無理はないだろう。普通なら絶対に行かない。
「罠という意味合いが大きいのか、それとも、こんな条件なら来るはずがないと思ったのか、別の目的があるのか……」
確かに、この条件を突き付けてきたということは、もしかして、来ないようにするためなのではないかとも考えられる。これから攻め込もうという相手なのだから、これで関係がこじれたところで問題ない。
「わたくしが陛下の護衛も兼ねます。『黄金の蛇』殿には申し訳ありませんが、もうしばらく名と姿を借りさせていただきましょう」
本人が目の前にいるのだけれど、その情報の秘匿の関係上、ラミー夫人にここで堂々というわけにもいかなかったので、そんな言葉で済ませた。もちろん、目だけでのやり取りではあるけど、ラミー夫人は許可してくれたようだ。
「まあ、カメリアさんが護衛につくなら、本当に大変な状況になった場合、そこら一帯を壊滅させて、逃げられるでしょうし」
どんな扱いだ。わたしは、そう言う状況になったときは、陛下の身を最優先にして、逃げられるように魔法を使うので、一帯を壊滅なんてことにはならないと思うし。
「問題は、向こうが投入してくるであろう三属性の魔法使い2人か」
フェロモリーに関しては、大体わかったのでいいのだけれど、ジングなる人物については何の情報もないから困ったものだ。
「王族と両公爵家が秘匿しているという人物をわざわざ交渉の場に連れてくるということも考えづらいですが」
「あら、切り札というのは、ここぞというときに投入するものではなくて?」
……切り札と名の付く家の人にそれを言われるとは思っていなかった。まあ、確かに、温存していたという可能性はある。それにしては、厳重に秘匿しすぎているような気もするのだけれど。
「少人数で、というのも問題だな。一応、50人程度までは同行できるようだが」
騎士で言えば小隊規模というのだろうか。いや、勝手なイメージだけれど。軍隊を引き連れてというのもおかしいけれど、そんな少ない人数というのもおかしい話だ。これが友好国ならまだしも、現在、攻撃を仕掛けてきたと思われる国に行くのに。
「騎士の多くは国境……それこそ、リップスティークあたりで待機させておくべきかと。交渉が決裂して戦争になったときに、そこに戦力がいるといないでは大違いでしょうし、安全確保のためという名目もありますから不自然ではないでしょう」
「だが、王都の守りを考えれば、そこまで連れていくのもそう多くはないだろう?」
王子の言う通り。あくまで多少の戦力でしかなく、真っ向から軍隊と戦うには、どうしても足りないだろうけど、それでもいないよりましというだけの話。
「王都の守りというのも重要ですが、……そこで、ウィリディスさん、『緑に輝く紅榴石』を貸していただけませんか?」
ようは、王都の守りとして一番守らなくてはならないのがウィリディスさん。その次に守らなくてはならないのが「緑に輝く紅榴石」。ウィリディスさんについてきてもらうというのも考えたけれど、陛下を護衛しなくてはならない以上、さすがに2人を守りながらどうにかするというのは難しい。
「それはかまいませんが……」
首から外し、わたしに渡すウィリディスさん。そこでラミー夫人もこちらの言いたいことはわかったのだろう。
「じゃあ、わたしかアリスさんのどちらかと……、いえ、できれば両方と、常に一緒に行動したほうがいいということよね」
「ええ、頼めますか。アリスさんも、殿下から頼めば断ることもないと思います」
リスクの分散というか、手を出させにくくするために、そして手を出されてもどうにかするために、「緑に輝く紅榴石」をわたしが、ウィリディスさんをラミー夫人とアリスちゃんが守る。
「オレが頼むよりも、お前が頼むほうが確実だと思うがな」
そんなことを言う王子。だけど、死人がアリスちゃんのところにいって、頼みごとをするわけにはいかない。枕元に立つか……?
「しかし、実際に話し合うとして、説得することができるかが課題だ」
「そこはまあ、口先でどうにか丸め込みます。『知識』というアドバンテージが大きいですから。特にフォルトゥナを看破しているということは大きいでしょう」
向こうにとって切り札、虎の子ともいえる兵器。それを知っていて、対策をとっていて、壊し方までわかっているともなれば大きいだろう。
「クロガネ・スチールはどう動くだろうな。闇の魔法使いということは、アリスのほうを狙う可能性もあるのだろう?」
王子の疑問。クロガネ・スチールがウィリディスさんを狙う側になるという可能性はある。だけど、そうじゃない可能性もある。
「可能性の話だけで言えば、話し合いのほうに参加している可能性も十分にあります。そもそも、ファルム王国側がこの『説明の場』と称す話し合いの場をどれだけ重要視しているかもわかりませんから何とも言えませんね」
もしかすると、フェロモリーから聞いた情報で、ひとまずの戦争は止めておこうと話し合いに力を入れてくる可能性がなきにしもあらず。逆に話し合いなどする気はなくて、戦争する気満々という可能性もある。
「話し合いのほうを重視してくれればいいのだがな」
「一応、種は蒔きましたので、それがどう作用しているかというところでしょうか」
フェロモリーに「複合魔法」を見せたのは、その場のノリなどではなく、これほどの脅威がいるというのを印象付けるため。それが正確に伝わっていけば、話し合いに注力するはず。それを考えれば、もう少しばかり、あれを見ていたファルム王国側の人間がいてもよかったとは思うけれど、フェロモリーの立場がそれなりにあるみたいなのでそこに賭けるしかない。
「さて、行くという方針でいいということならば、ファルに騎士の選定依頼をしなくてはならない。できる限り急がせるが、まだ数日かかるだろう」
返事に則っていくというのなら、急がなくてはならないのは事実だろう。待たせて、せいぜい1週間というところか。
「その間に、計画の練り直しですね。こちら側でやることを考えていたので、ほぼ最初からの練り直しですが、どうにか計画を立案段階まで持っていきますので、少し時間をいただきます」
当初、ファルム王国側がこちらに来るという想定で計画を練っていたので、大幅に練り直しが必要になった。使える部分もなくはないが……。
「わかった、計画ができしだい、あらためて伝えてくれ。ここからは忙しくなる。直接会うのも難しいかもしれないが、その場合は文で連絡を頼む」
「かしこまりました」
執務室を含め、陛下はこれから常に、人を呼んだような状況が続くだろう。そうなると、わたしが出てこられないというような状況が続くので、面倒ではあるけど、手紙などでやり取りすることになる。
「それでは、ひとまず解散だ。ラミー、お前はファルを呼んできてくれ」
そうして、この日は、解散となり、わたしは王子の部屋で懸命に作戦を練り直すのであった。




