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012話:カメリア・ロックハート08歳・その6

 わたしとお兄様は、王子の誘いを受けて登城していた。もはやこなれたともいえる王城での王子との会合だったけど、今回はいつもと違うところがあった。それは、部屋の中にわたし、お兄様、王子、ウィリディスさんといういつものメンバー以外に人がいること。


 その顔は、まさしく「攻略対象」の1人の幼い姿。その姿を見て、わたしは彼に挨拶をする。


「お初にお目にかかります。ロックハート家次子、カメリア・ロックハートです。以後、お見知りおきを、クレイモア・スパーダ様」


 そう、そこにいたのは「クレイモア・スパーダ」。「たちとぶ」の攻略対象の1人。騎士上がりの家系であるスパーダ家の長子で、王族警護を任されている家系ゆえに王子とも親交があるはず。

 わたしの挨拶に驚いたような顔をしていたクレイモア君。彼が名乗る前に彼の名前を知っていたからだろうか。


「ハハッ、前もって言っておいただろう。こういうやつなんだよ」


 などと王子がクレイモア君の肩に手を置きながら言っていた。こういうやつってどういう風に見られているんだ、わたしは……。


「どうやらそのようで。自分はご存知のように、スパーダ家長子、クレイモア・スパーダです。敬称をつけられるほどの身分ではございません。どうかもっと気楽にお呼びください」


「では、クレイモアさんとお呼びさせていただきます。わたくしのことも気軽にカメリアとお呼びください」


 とはいうもののおそらく彼がわたしのことを呼び捨てることはないと分かっていて言っている。


「いえ、申し訳ありませんが、カメリア様はカメリア様とお呼びさせていただきます。殿下と婚約されているお方を呼び捨てになどできません」


 何かと理由をつけてそうするのは自分を騎士の家系として貴族に仕えるものとしているかららしい。それゆえに農民の出である主人公にだけは自然と接することができる。他の人には見せない姿にギャップを感じる人も多い。


「ボクはロックハート家長子、ベゴニア・ロックハート。よろしく頼むよ、クレイモア」


「こちらこそよろしくお願いします、ベゴニア様」


「いや……、ボクのことは呼び捨てで構わないんだけど」


「いえ、カメリア様の兄君を呼び捨てにするなどできません」


 と、まあ、こんな具合に結局のところ誰に対してもなんだかんだ言いながらこの態度を貫き通すのだ。


「クラはこういうやつだ。オレもほとほと困っている」


 王子は苦笑していた。「クラ」というのはクレイモア君の愛称。基本的に親しいキャラクターは皆、彼を「クラ」と呼んでいたはず。お兄様もそのうちに「クラ」って呼ぶようになるだろう。


「クレイモアさんは、クレイモアさんなりの矜持があるからこうしているのでしょう。それが公爵家としての矜持であり、騎士としての矜持でもあるというのならそこにとやかくいうこともないでしょう」


 そう、彼は彼なりの信念に基づいて騎士に徹している。それをわたしたちがとやかく言う資格はない。


「そうは言うがな……。気楽に接しろと言ってもこの調子、しかもハードな訓練をして、これではただの騎士と変わらないだろう」


「訓練ですか……。どのような訓練をなさっているのですか?」


 わたしはそうクレイモア君に問いかけたけど、どんな訓練をしているのかを実は知っている。「たちとぶ」の中でも訓練中の彼の様子は描かれていて、「子供の頃からこの訓練のメニューは変わっていない」と言っていた。


「王城にも広い敷地がありますから試しに体験してみますか?」


 そういうクレイモア君に対して、一度経験して酷い思いをしたであろう王子は苦い顔をしていた。


「ええ、ぜひとも」


「辞めておけ、とてもではないがついていけないぞ」


 即答したわたしに対して、王子が忠告をしてくる。しかし、この訓練イベントを想定していないはずがない。


 そう、わたしはこのときのために体力づくりをしていたといっても過言じゃない。なぜならクレイモア君の趣味は「鍛えること」。ただそれだけ。他のキャラクターのように明確な何かがないので好感度を上げるのが難しいのだ。

 一緒にランニングをするというのは主人公も行ったイベントの1つ。主人公はついていけずに途中で倒れてしまって介抱されるのが、スチルも人気のクレイモア君のイベントの1つだ。でも、わたし相手にそれはあまり意味をなさない。ただ淡々と貴族相手のするべき対処をしたという扱いで終わって好感度につながらないと思う。

 どちらかといえば王子もついていけなかった彼の訓練に最後まで付き合った方が好感度を上げられるんじゃないだろうか。


 そしてこれは今の時期、つまり子供の頃に限られた方法。なぜなら本格的に訓練をしていてかつ男子の彼と体力トレーニング程度しかやっていないうえに女子のわたしでは時間が経過するにつれて、どうしてもクレイモア君との差が大きくなるから。


「問題ありません。体力トレーニングはしておりますから」


「そう言えばカメリアは結構な頻度でトレーニングをしてるよね」


 わたしの普段の様子を知っているお兄様が思い出しながら言ってくれる。まあ、王子は基本的に外に出られないので体力がつかないのはしょうがない部分もあると思う。


「運動は健康の維持には欠かせませんから」


 まあ、このために運動をしていたというわけにもいかないのでそんな建前を言っておいた。






 そんなわけで城壁内のある一画に警護を引き連れてやってきた。警護の人たちは文句を言うような様子もなく、それどころか「またか」という感じだったので、王子が体験したときも似たような感じだったんじゃないだろうか。


「それでは始めましょうか」


 登城用の華美な格好からトレーニング用の軽装に着替えてクレイモア君と並ぶ。髪が邪魔なのか結われた茶髪は遠目から見たら女の子に見えるかもしれない。けど、子供ながらに筋肉もあって、近くで見たら見間違えようもなく男子だ。


 クレイモア君が走り出したのに合わせて、わたしも追走するように走り始める。ペースは完全にクレイモア君に合わせる。おそらく彼はわたしのために若干いつもよりも遅めに走ってくれているのだと思う。それに対してムキになって怒るようなことはしない。彼の優しさを甘んじて受け入れる。

 それでも割と話す余裕もないくらいのペースで走っていた。クレイモア君は時折こっちを見ていたので余裕があったのだろうけど。


 体感で30分から40分ほど走っただろうか。実際はもっと短い時間なのかもしれないけど、まあ、彼にとってランニングはウォームアップくらいの扱いだと思う。


「正直に言って驚きました。まさか最後までついていらっしゃるとは……」


「あなたにとっては軽い運動でしょう。さすがにわたくしにはこの後のトレーニングや剣の訓練まで付き合えるほどの体力は残っておりませんから」


 クレイモア君のトレーニングメニューはランニング、軽い筋トレ、剣の稽古といった流れである。さすがにそれらにまで付き合えるほどの体力は残っていない。


「いえ、日ごろから丹念に鍛えられているのが分かります。ランニング際もフォームにブレがありませんでしたから」


「そんなにじっくりと見られていたと思うと恥ずかしいのですが……」


 しかし、まあ、前世では親の反対を押し切り部活にも入らなかったわたしが、生き延びるためとはいえ、懸命に運動をしているのだから人生どうなるかは分かったものじゃない。


「申し訳ありません」


「いえ、わたくしのことを気にかけてくださっていたのでしょう。お気になさらないでください」


 これはあまり冗談も通じない。それを再確認したところで王子とお兄様がやってきた。王子は微妙な顔をしている。


「まさか走り切るとはな……」


 自分が走り切れなかったのを走り切った様子を見て悔しいやら驚きやらの感情でどうにも言えない顔になっているのだと予測した。まあ、普段ならからかい混じりに「部屋にこもりがちの殿下では無理でしたか?」と煽るところだけど、わたし自身が疲れていることもあって舌戦は避けよう。


「ご多忙な殿下や領地の見分を高めなければならないお兄様とは異なり、それらがない分、自分を高める時間はありますので」


 自由時間があるなどというと失礼に当たると思い、「自分を高める時間」という言い方をしておいた。まあ、実際、やっていることといえば魔法の練習だったり、トレーニングだったり、自分を高めるなんて高尚な言い方だけど、いわゆる自己研鑽の時間に当てているのは事実だ。


「魔法に錬金術、勉学に体力、お前はいったい何を目指しているんだ……」


 別にこの世界で最強の存在になりたいとかそんなことは考えていないから安心してほしいのだが……。


「すべては目的の一部、いえ目的のための下地のようなものです」


 それは嘘ではない。魔法も錬金術も勉学も体力づくりも、すべては生き延びるために必要なことだからやっている。


「ふん、ご大層な目的だな、お前の目的は」


「いえいえ、殿下から見たら取るに足らない目的だと思いますよ」

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