118話:戦争回避のために・その2
王子が手紙を届けたら、すぐに陛下もその内容に目を通したようで、ラミー夫人が帰ってきたら、すぐにでも報告のための場を設けるとのことらしい。つまり、ラミー夫人はまだ帰ってきていないようだ。
そうなると、手持無沙汰になったわたしは特にすることもなく、王子の部屋の本を読むくらいしかなかった。
それからしばらく過ぎ、ラミー夫人が王都に戻ってきたようで、その旨の連絡が王子のもとに、わたしが使ったのと同じ形式の手紙で届いた。そこに記されていたのは、ラミー夫人から報告を受ける日時。つまり、それに合わせて、わたしも執務室に来いということなのだろう。
そして、当日、わたしは、隠し通路を使って、陛下の執務室へ向かった。王子やウィリディスさんは普通に執務室に向かっている頃だろう。若干、遠回りな分、わたしのほうが遅れて到着する形になる。
「来たみたいね。出てきても大丈夫よ」
到着したタイミングで、耳ざといラミー夫人がそういったので、わたしはそのまま執務室に入った。陛下が微妙な顔をしていたのは、部屋の主である自分よりも先に許可を出したラミー夫人に対してのものだろう。
「それじゃあ、さっそく報告を始めましょうか」
「……それはいいが、なぜお前が仕切っている」
仕切るラミー夫人とそれが気に食わない陛下。まあ、話が円滑に進むのなら、どちらが仕切ってもいいと思うけれど。公的な場というわけでもあるまいし。
「それが早いからよ。まず、『北方』のほうの報告を先にさせてもらうわよ」
有無を言わさず、自分の話を始めてしまう。それがくだらないことならともかく、重要なことだから陛下もそれ以上、無用ないがみ合いをしている場合ではないと黙ったようだ。
「とりあえず、『北方』付近をウロウロしていた怪しいものたちは、入れないように徹底的に警備を敷いて、警戒度を上げたら、何のこともなく引いていったわ。一応、旦那は向こうで残って、指揮を続けているけれどね」
ユーカー様は残ったようだ。まあ、もともと、「北方」に出ずっぱりの人なので、いつも通りといえばいつも通りなのだろうけど。
「あっさりしすぎていて、何か裏があるのではないかと思うくらいには早い撤退だったわよ」
「実際、向こうは二面作戦と言いますか、『北方』を警戒させて『西側』を突くか、『北方』からそのまま攻め込むかという作戦でしたからね。最初はどちらも陽動で、状況を見て、片方を撤退させ、本隊と合流させてもう片方を集中突破するものです」
あっさり引いたのも、「北方」の警戒が強いからこそだろう。そして、そのまま「西側」に攻め込んできたのがフェロモリー・ブーデン率いた本隊だったというわけ。
「最初からわかっていて、わたしにそれを明かさなかったわね」
「明かしていたら、引き付けるためにわざと警戒を緩めたり、別動隊をつくって『西側』もフォローしたりと、予定にない動きをするではありませんか。それを避けるために、できるだけ情報を伏せたのですよ」
ラミー夫人ならその程度のことはするだろう。保険を掛けるタイプの人だし。でも、連携の取りづらい環境でそれをされると困るので、こちらの作戦を優先するためにわざと伏せた。
「言ってくれたのなら作戦通りに動くわよ。……まあ、過ぎたことを言っても仕方がないからいいけれど、それよりも、その攻め込まれた側の『西側』について、報告をしてくれるからしら」
彼女の言葉にうなずいて、わたしは、何から話すかを頭の中で整理しつつ報告を始める。
「『西側』では、到着当初からすでにロープを仕掛けられたり、リップス子爵領のリップスティークで不審な人物たちがいたりと、水面下で作戦が動いているような状況でした」
わたしの言葉に、陛下と王子が顔を歪める。不審なことが起きていたという状況が許しがたかったのだろう。
「騎士は何をしていた。国境付近だ、常駐して巡回している騎士たちがいるはずだろう?」
王子の言葉だけど、陛下も同じことを思っているようで、同様の視線をわたしに送っている。まあ、あったことはきちんと報告すべきだろう。
「油断、あるいは怠慢というべきでしょうか。ロープはわたしが確認して、隠してあるものをわかりやすい位置に変えるなどの対応をしたものの、『よくあること』という認識で、巡回の強化などもしなかったようです」
「弛んでいるな。ファルのやつに釘をさしておくべきか」
ファルシオン様に言いつけるというのは、わたしが彼らに言った脅し文句でもあったのだけれど、一応、フォローも入れておこう。
「事件が起きて、わたしが指示を入れてからは、ようやく緊張感と本来の感覚を取り戻したのか、騎士らしくはなっていました。適度に緊張を与えられるように、定期的に査察を入れるくらいでいいかと。一度、活を入れる程度では、時間が経てば、再び弛むだけでしょう」
いま、緊張感を取り戻したあの騎士たちも、また数年、十数年と何事もなければ、再びあのようになってしまうだけだろう。一度、注意する、活を入れる、そんなことでは再発防止にはならない。
「ふむ、そうだな。ファルにはあとでそのあたりを提案という形で伝えておくか」
陛下が納得なされたところで、わたしは報告の続きを話す。
「しばらくは、先ほどのロープのような散発的ちょっかいがありました。これは陽動の一環であり、その上で後の作戦をやりやすくするための行動だったのでしょう。塀を乗り越えようとしたり、塀の下に穴をあけて通路をつくろうとしたりしていましたが、どれもわからないように防いでおきました」
雑にも見える行動に、若干呆れたような顔をする王子。
「そのあとは、わたくしがそちらを警戒しつつ、協力者がリップスティーク内にいた不審者たちの行動を洗い出してくださったので、そろそろ強行突破をしてくるであろうことがわかりました」
「協力者というのはカナスタのことでいいのよね」
ラミー夫人の言葉に、わたしはうなずいた。それだけで、陛下や王子もラミー夫人の関係者なのだろうということは理解したようで、協力者に対するそれ以上の言及はなかった。
「しかし、強行突破ともなれば、向こうもかなり無謀な策だと思うが、本当に実行したのか」
「向こうとしては『戦争をして勝てばいくらでもいいわけができる』とのことです。まあ、三属性の魔法使いが率いていましたし、彼自身、かなりの使い手でしたからその自信があったのもうなずけます」
実際、あれだけの岩を塀にぶつける土魔法の連続使用と火炎放射のような火の魔法、こちら側の森林を焼き払った火の魔法、最後の火の魔法など、あれだけの大きな魔法を乱発できるだけの魔力量と魔力変換があるのなら、おそらく属性数に関わらず、ファルム王国でも有数の魔法使いのはずだ。
「お前がそこまで評価するということは、それだけの魔法使いだったということだろう」
納得する王子、しかし、陛下のほうは苦い顔をしている。まあ、向こうが三属性の優れた魔法使いを有しているというのはあまりいい状況ではない。
「聞いてはいたが、実際に出てくるとなるとあまりいいものではないな」
「その三属性の魔法使いはフェロモリー・ブーデンという方で、火と土と木の三属性でしたね。公には火と土の二属性で通っているようです。それからもう1人、王族と両公爵家が手一定的に隠匿している『ジング』と呼ばれる三属性の魔法使いもいるようですが」
もう1人の三属性の使い手である「ジング」に関してはそれ以上の情報がない。ジングというのも名前なのか苗字なのかあだ名なのかわからないし。
「それで、強行突破は行われたのか?」
「すでに報告は挙がっていると思いますが、ファルム王国側から土魔法による岩の塊が塀を攻撃していました。そのあと、塀は破壊され、さらに、火属性の魔法により、攻撃を受け、塀をわたくしが応急的に直して、騎士たちを引いた位置で構えさせている途中にこちら側の森林が燃やされて、フェロモリー・ブーデンが単騎で攻め入ってきたので、攻撃をすべて無効にし、撤退するように促しました」
ザックリと説明するとこんな感じだろう。
「すべて防いだのか。さすがだな。だが、逃がしたのか?」
「そこで捕えても厄介なことになりかねませんから。『我が国の二属性魔法使いを捕らえてこちらの戦力を削ぐ気だ』なんて陰謀論のような理由で攻め入られてはたまったものではありません」
そうでなくても、身柄を取り押さえた時点で、いろんな難癖をつけてくるだろう。まあ、わたしがやったことも「脅し」なので難癖をつけようと思えばつけられてしまうのだけれど、あくまで言葉上のものであり、物的証拠が残らないので何とかなるだろう。
「だが、これからはどう動くのだ。撤退したとはいえ、絶対に安全というわけではあるまい」
「ですから、陛下にはファルム王国に抗議と国王と直接会って話したいという趣旨の書状を出していただきたいのです。そこで決着をつけましょう」
その場で徹底的にファルム王国をねじ伏せて、戦争を回避することがとりあえずの目的となる。
「だが、素直に書状に答えず、こちらの言い分を不当だと判断して攻め込んで来たらどうする?」
「その質問は私も前にしたわね」
陛下とラミー夫人からの言葉、確か、ラミー夫人にはあのとき、「そうなったら判断ミスなので責任をとって足止めをします」というようなことを答えた気がする。
「その可能性が絶対にないとは言えません。ですが、フェロモリーの言葉は、彼の立場も考えれば、ファルム国王にも届くでしょう。そうなったときに、すぐに攻め込むことを選ぶようなら底なしのバカとしか言えません」
フェロモリーは、「ジング」のことを聞いていることと言い、国内でもそれなりの権力というか立場を確立しているはずだ。それが作戦を失敗して帰ってきた以上、その報告はきちんと受けるはず。まあ、五属性の魔法使いがいて、全部防がれて、挙句に「複合魔法」まで使われたなんて報告をされて、信じる、信じないというのはあるでしょうけど。まあ、無効としては、その魔法使いが「緑に輝く紅榴石」か、それに類する何らかの力を持っているのではないかという妄想をしてもおかしくない。
ならば、「そのとき、その場にいたものを参加させろ」という条件のもと、会談の約束を飲んでもおかしくはないのだ。あるいは、そんな妄想をしなくても、それだけの魔法使いがいるのなら、攻め込むことは悪手と考えて、とりあえずいまは、なあなあの和平を結んで、気を見て十数年、何十年後かに再びという考えをする可能性もある。
「何をしたらそんな選択をさせられるだけのことになるんだ……」
「いえ、少しばかり派手なショーを見ていただいただけです。ああ、安心してください。こちらから攻撃するようなことは一切していませんから」
わたしの言葉に、王子は頬をひきつらせた。
「まあいい、とりあえず書状は出しておく。だが、リップスティークの件の正式な事実確認のほうもまだやっている最中であるしな。届けるまでのことを考えると、それなりに時間がかかるが」
「それまでの間に、向こうが会談を受け入れなかった場合のプランと、会談を受け入れた場合の中でもいくつかのプランについて説明と話し合いをする機会を設けていただければ幸いです」
どうあっても動けるようになるのは、書状が届いてから。それなら、それまでの間に少しでも建設的な話をするべきだろう。
「そうだな、少しばかり話をできる時間を空けておこう。ラミーもそれでいいか」
「ええ、かまわないわ。私に回ってきている仕事はアリュエットに振っておくし、自由に動ける時間くらいは確保できるわよ」
そうして、おおよその報告が終わり、それからしばらくの雑談というか確認をして、この日は解散となった。




