115話:国境線上の攻防戦・その6
引いて、森林を抜け、騎士たちが慌ただしく警戒する中、突如、火の手が上がった。その炎は森を焼き払う勢いで燃え盛る。自然破壊も甚だしい。
今度は距離もあるし、ディアマンデ王国の領土内だ。そう思い、水の魔法を森林に向かって放つ。
水によって炎は鎮火していく。そんな、くすぶる煙の中から、1人の男が現れる。思ったよりも来るのが早いと思ったが、どうやら軍ではなく、単騎でこちらにやってきたようである。
灰色の髪を短く刈り上げた偉丈夫。髪色の印象か若干年を取って見えるが、30代、いや20代だろうか。そこまで年は取っていないようだ。
「そこの仮面、お前か、俺の魔法を潰していたやつは」
仮面……、わたしのことだろう。はてさて、どう返したものか。
「思ったよりも、お早いお着きですね。足止めはしたと思ったのですが……」
あえて、男……フェロモリーの問いかけには答えずに、そんなことを言う。それに対して彼は頭を掻きながら答えた。
「ああ、まったく厄介だよ。だが、俺だけなら塀を越えるのは簡単だ。あいつらは、いま、塀を頑張って壊そうとしているところだろうよ」
確かに、風か木の魔法が使えるのから、そう考えれば単身なら可能だろう。……いや、そもそも土の魔法が使えるのだからそれで階段なりなんなり作ればいいのではないだろうか。それなら、単身ではなく全員で越えられただろう。着地はともかくとして、だけど。
あるいは、巻き込まないためにあえて置いてきたのかもしれない。魔法を防がれたことで、それなりの魔法使いがいるとわかったゆえに、あえて、置いてきたのか。
「まあ、俺がその間に、お前らをぶっ飛ばせばいいだけの話だ!」
そう言いながら炎の塊を放つ。
わたしは、それに対して、風の魔法で炎を散らす。
こちらから仕掛けるということを基本的にしない以上、後出しじゃんけん的に適した属性の魔法を選ぶことで魔力の消費はどうにかなるけれど、反応してきちんと魔法を放てるかどうかは、また別の話だ。
この距離で、相手の魔法を判別して、それを打ち消すなり、散らすなり、防ぐなりする魔法を選び、放つというのは中々に難しい。
「風と、もう1つは土か。あとは水ってところだろうな」
それはわたしの属性についての推測を述べたのだろう。属性を3つまでしか挙げなかったのは、それ以上がないと思い込んでいるのか、それともあくまで、いまわかっているものという範囲で挙げただけなのか。
「たしか、ディアマンデには、三属性の魔法使いが1人いるって話だったが、クロガネの野郎から聞いた情報とは属性が一致しねえな。やっぱ隠してやがったか」
それは三属性の魔法使いを隠していたという話だろう。残念ながら、こちらには隠し玉なんてないし、そもそも、戦争する気もなかった王族が隠しておく意味もない。
まあ、ファルム王国が隠しているから、こちらも同様に、と思ったのだろう。しかし、ここでわざわざ、隠し玉なんてありませんという意味もない。
「そちらもあなた以外に三属性の魔法使いを隠していらっしゃるでしょう。二属性と公表されていたあなたとは異なり、完全に存在すら隠匿された方を」
詳細は全然知らないけれど、それでもいることは知っている。さすがに、それの情報をこっちが持っていることは驚きだったのか、彼は驚いた顔をしてから笑い出す。
「おいおい、ジングの野郎のことまで知ってるのか。いよいよもってお前はナニモンだ」
ジングという名前らしいけど、……ゆらいが何かはちょっとわからない。「モリーさん」みたいにあだ名かもしれないし。
「あいつの情報は、それこそ王家と公爵家が揃って隠匿してたから、直々に教えられた俺と宰相殿以外、知るはずねえんだがなあ」
それほど重要な戦力なのか、それとも、それだけ隠さないといけない血筋なのか、もしかしたら「たちとぶ2」の資料にそこまで詳しく記されていなかったのも、そのあたりに関係があったのかもしれない。
「鎌をかけただけかもしれないのに、そこまで話してもよかったのですか」
わたしが鎌をかけたという可能性はあったと思うけど、べらべらと名前や重要そうなことを話してくれるあたり、何も考えていないのか、何か考えがあってのことなのか。
「俺が三属性の魔法使いだと知っている時点で、ウソやハッタリじゃねえのはわかる。何か確証があって言ってるってことくらいはな」
なるほど、フェロモリーの三属性の件を知っている以上、同様に、ジングなる人物のことも把握しているのは事実だろうと判断したようだ。
「ったく、どこで知ったかは知らねえが……、ああ、あれか。お前が『黄金の蛇』ってやつか、クロガネの野郎が報告してた。与太話か昔話の類だと思ってたぜ」
まあ、ディアマンデ王国建国時から存在しているという存在など眉唾ものだと思うのも無理はないか。民間伝承のような形にも近いし。
「だが、それならなおさら、ここでお前を倒す必要があるってもんだ」
確かに、わたし……というか「黄金の蛇」がだけど、邪魔な存在にカウントされているのだから、彼としてはここで排除しておきたいでしょう。まあ、「できれば」の話なんだけどね。
「あなたにそれが成せますか?」
「言ってろ!」
そう言いながらフェロモリーは地面から石の塊を出現させ、わたしに向かって撃ち放つ。風の魔法を併用しているかとも思ったけど、どうやら違うらしい。なるほど、そこまで魔法でできるとイメージすることで、……していたことで成立しているのだろうか。
わたしは土の魔法で地面を隆起させて避ける。しかし、フェロモリーはそこに火の魔法を撃ちこんできた。なので、こちらも火の魔法で返す。
火と火がぶつかり合い、散った。
そして、わたしが火の魔法を使ったことに驚いたのか、フェロモリーは動きを止めた。なので、本来はそこに攻撃を叩き込むべきなのだろうけど、あえて、こちらが完全に上位だと思い込ませるように、余裕ぶったふりをして打ち込まなかった。
「お前、土と水と風の三属性じゃねえのかよ」
「三属性だけと言った覚えはありませんが?」
わたしの言葉に苦々し気な顔をするフェロモリー。まあ、三属性以上の魔法使いなんて存在を聞いたこともないから、三属性と思い込むのも仕方ない部分ではある。
「化け物が……」
「『傑物』、『怪物』ときて、次は『化け物』ですか……」
あまり、呼ばれたくないんだけど。そもそも、そこまで化け物じみていないと思う。「傑物」は悪い意味ではないのだろうけど、正直、過ぎた言われ方だと思うし。
「あなたこそ、三属性の割には、土と火の魔法ばかりですが、温存ですか?」
あまり挑発する気はないけれど、土の魔法と火の魔法しか使ってこないので、残り1つを温存しているのかと思った。だけど、フェロモリーが三属性であることをわたしが知っているというのは、知っているのだから、隠し玉として持つ意味もないだろうし、なぜなのだろうか。
「俺のもう1つの属性は木だ。戦闘中に使うのには向かねえんだよ」
なるほど、それでか。しかし、その言い方だと、まるで木の魔法はあまり使えない魔法みたいに聞こえる。ふむ……。
「まあいい、お前が何属性使えようと関係ねえ。とびっきりの火力で吹っ飛ばしてやる」
おそらく、できる限り魔力を注ぎ込んだ、とびっきりの一撃が来るのだろう。ならばこそ、わたしは、それに返す、とびっきりを用意すべきだろう。
「では、あなたに可能性というものを見せてあげましょう」
互いが、魔力を込めるために、一瞬の間ができる。
そして、莫大な魔力が巨大な炎と変換され、フェロモリーから放たれる。
それをわたしは、木の魔法と火の魔法の複合魔法である「業火」で迎え撃つ。
炎と炎の激突。それは一瞬だけのことだった。すぐに、わたしの「業火」が向こうの炎を飲み込み、そのまま天高く燃え上がる火柱となる。
もちろん、これを直接フェロモリーにぶつけたらひとたまりもないので、あえて外して撃ったし、直進させれば、ファルム王国側に届いてしまうかもしれないので、上方向へと向かうように使った。
「んだよ、いまの……」
すべての魔力を絞り切ったのか、それとも「業火」を見てか、彼は一歩も動かず、その場で倒れこんだ。それを確保しようとする騎士たちを制する。
「いまのは木と火の複合魔法、『業火』です。あなたが戦闘では使いづらいと言っていた木の魔法を組み込んでみました。鍛錬を積めば、いつかあなたも使えるかもしれませんよ」
わたしの言い方は、言外に「お前を倒す手段なんていくらでもあったけど、あえて木を組み込んで戦っただけだ」という意味も含まれている。そして、そのくらいはさすがに感じ取れるだろう。
「やっぱり化け物じゃねえか。……捕えるなり、殺すなり好きにしろ」
そう言われても、ここで捕えても殺しても問題になりそうな気がする。まあ、攻め込まれたからという大義名分はあるのだけれども、いまからやってくるであろうフェロモリーの部下たちの相手も面倒くさいし、こちらとしては「追い払った」というほうがやりやすい。
「ここであなたを捕らえたり、殺したりして、それを口実に攻め込まれても面倒なので結構です。大人しく部下を連れて引き揚げてください」
「はっ、従う義理はねえだろうよ。それこそ、戻ってすぐにでも態勢を立て直して攻め込むかもしれねえ」
確かにその可能性もあるから、まあ、脅しくらいはしておくか。
「そうなった場合、わたくしが単身、あなたの国に乗り込んで、先ほどのような魔法を主要都市に乱発して滅ぼすかもしれません」
「チッ、まあいい、どのみちお前みたいな化け物のことは、報告しなくきゃなんねえからな」
それはおとなしく引き揚げるということだろう。まあ、もともと、先ほどの言葉も本気ではなかったのだろうけれど。釘をさすという意味で言ったまでだ。
「だが、俺は引き揚げるまではできるが、そのあとはどうにもできないからな」
つまり、いま引き揚げることはできても、戦争を止めることはできないし、再度、攻め込めと言われたら攻め込みに来るしかないということだろう。
そんな言葉を残して、彼は重い体を引きずり、消えていった。




