114話:国境線上の攻防戦・その5
耳をつんざくような轟音が郊外の森に響く。木々が揺れ、鳥たちが慌てて羽ばたく。それはまさしく強行突破というべきか、国境の塀に向かって岩の塊が飛んでくる。
しかし、まあ、わたしは、あのように岩を飛ばすというのをやったことがないのだけれど、風の魔法でも併用しているのだろうか。それとも土の魔法単体でそれを成しているのか……?
そのあたりの理屈はよくわからないけれど、とにかくそれなりの質量の岩石が飛んでくるというのは、かなり恐ろしいものがある。塀を飛び越えて、こちらに飛んで来たら、木の数本は折れるだろう。人がいればひとたまりもない。
まあ、岩も種類によって比重は変わるだろうし、大きさだけでどのくらいの重さと一概には言えないでしょうけども。
その衝突音は周囲に響き、何事かと巡回の騎士たちが何人か集まってきた。だいぶ行動が遅い。やっぱり腑抜けきっているのだろうか。
わたしは、騎士たちに近づいていく。
「な、何者だ!?」
さすがに、仮面とローブの怪しいやつが近づけばこの反応をするのは無理もないでしょうけど、わたしはその反応を気にせず言う。
「陛下の依頼でこのあたりを調査していたものです」
あえて「黄金の蛇」とは名乗らなかった。襲名したわけでもないし、自らそう主張すると偽物っぽいし。まあ、実際、偽物なわけだけど。
その言葉の真偽を図りかねているのか、なんとも言えないように顔を見合わせている騎士たち。
「怠慢ですね……。スパーダ公爵に言いつけるべきでしょうか」
さすがに「スパーダ公爵」と聞いては、反応せずにいられないのだろう。びくりと肩を揺らしていた。
「な、何の話を」
「言ったはずですよ。このあたりの調査をしていたと。兆候はあったはずです。不審なロープが落ちていたり、リップスティークに不審なものが多数侵入していたり」
もちろん、それだけではない。塀を乗り越えようとしたり、塀の下に穴を掘ろうとしたり、いろんなことが起きていた。それにもかかわらず、この状況で慌てていることが騎士としてどうなんだということ。
「いや、それは……、しかし、ああいったことはよくあることで」
「よくあることだとしても、巡回を強化した様子もなく、ことが始まれば慌てるばかり。それを怠慢と言わずしてなんと言うのですか」
騎士たちは返す言葉もなく苦々しい顔をしているけど、それは反省しているとか後悔しているとかというよりも、なぜそんなことを無関係なやつに言われなくちゃならないのかという感じ。
……無関係、ね。正直、「お前らの怠慢のせいで戦争始まって人が死ぬかもしれない」と言ってやりたくはある。国民にも被害は出るし、そして、わたしも死ぬ。思いっきり関係ある。
そんな状況でも相手はかまわず魔法を撃ちこんでくる。塀も別に「絶対に壊れない物質」とかそんな都合のいいものがあるはずもなく、普通に壊れる。壊れるか、衝撃で倒れるかというところでしょう。
今回は当たり所の問題か、前者だったようで、塀にひびが入っている。まあ、向こうも、魔法が塀を飛び越えないように下のほうを狙っているのだろう。倒れるよりも壊れるほうになったのはそこも関係しているだろうか。
「塀にひびが入ったようですね。……あなた方の怠慢を説いたところで解決するわけではありません。そこでそうしているよりも取るべき行動があるでしょう」
そう言っても、騎士たちは何をするべきなのか、そもそも何が起きているのかがわかっていないようでおろおろと顔を見合わせる。
「数人はこの場で対応を、残りはリップスティークに応援と非難の要請を。それから、陛下に窮状を知らせるべく王都にも連絡を。『ファルム王国が国境の塀に魔法を撃ちこんできている』と」
状況が飲み込めているわけではないだろうけど、わたしの言葉に従うほうがいいと判断したようで、騎士たちが指示通りに動き出す。わたしとしては指示される前にこれくらい動いて欲しいのだけれど。
やはり、王都の騎士たちとは環境が違うせいか、緊張感がないのか、対応が全然違う。まあ、王都の騎士がクレイモア君の指導を受けた生え抜きというのもあるのだろうけど、本来、国境の警備なんてもっと緊張してしかるべきところのはずだ。
いや、何年も戦争が起きていなければゆるむのも仕方がないことかもしれないけれども……。
まあ、態度は緩んでいても、騎士の矜持はさび付いていなかったようで、てきぱきと動いてくれている。最初から動けといってはいけないだろう。
「しかし、この魔法、これを何度も放っているファルム王国の魔法使いはよく持つものですね」
わたしの愚痴にも似た言葉。どのくらい魔力を消費するのかわからないけれど、先ほどから数十発は打ち込まれただろう。もしかして、魔法ではなくて、投石器のたぐいなのではないかと思ってくるほどだ。
しかし、塀を超えた高さから見てもそのたぐいが見えないことから、おそらく魔法による攻撃なのだと思う。あるいは、小型投石器なるものがあるのか。
「もしかすると、フェロモリーかもしれません」
騎士の1人がわたしの言葉に反応したのか、そう言う。フェロモリー。カナスタさんの得た情報の中にあった「モリーさん」というのとも合致しそうだ。
しかし、フェロモリー……、「フェロ」とつくからには「フェロアロイ」のどれかから名前が来ているのだろうか。「モリー」……。
「フェロモリブデン」
「そうです、フェロモリー・ブーデン。ファルムの二属性の魔法使いです。まあ、名前までこちらに届くことは少ないので、知っているものは少ないですが……」
どうやら、フェロモリー・ブーデンというのが二属性魔法使い……、いや、三属性魔法使いの名前なのだろう。
フェロアロイは、いわゆる「合金鉄」のことで、その一種、「フェロモリブデン」という鉄とモリブデンの合金が名前のゆらいであるようだ。
「巨大な岩が飛来!
総員、退避!」
木に登り、向こうの様子をうかがっていた騎士がそのように声を上げた。それまでの岩とは比べ物にならない大きな岩が放たれたようだ。
とはいえ、勢いよく飛んでくるそれが塀に激突するまでの時間を考えれば、言葉を聞いてから回避行動に入ったところで避けられるかは微妙なところ。
わたしは風の魔法で突風を生み出す。幸い、塀に衝突した岩は、激突と同時に砕けたけれど、その破片だけでもそれなり被害が出る。さらに砕けた塀がそれに混じり、石の雨となる。まあ、雨というには一時的だし、そんなに多くはないんだけど。
それを突風で人のいない方向へと蹴散らした。本当は、すべてファルム王国側に返せればいいのだけれど、それで難癖をつけられたらたまったものではない。向こうがこちら側に壁を破壊した証拠になるように、飛び散った破片はこちら側になくてはならない。
いや、まあ、あとでこっそり、破片をこちらに運んできて偽装してもいいんだけどさ……。
「今度は炎が直線状に!」
騎士の声の通り、崩れた塀を狙うように炎が向かってくるのが目に入る。「土」と「火」の二属性。塀を壊すのに土の魔法を、そこに集まっていた騎士たちを散らすのに火の魔法を使ったということか。
……岩を降らしたほうがよっぽど威力出ない?
そう思いながらもわたしはとっさに「氷結」で氷の塀を作り出す。そもそも直線状に放つということは、距離を考えれば、その炎というのはここまでの距離で酸素を燃焼しながら進むわけで……、そう考えるとそんなに火力は強くないのではないだろうか。
とはいえ、水の魔法を間近で火の魔法にぶつけるわけにもいかないので、結果として、「氷結」で塀をつくった。
近距離で相殺しきれなかったらもろに火を食らうし、そもそも高温の火に水をかけて発生した蒸気も高温だし、そんなリスキーなことできない。
「これは……、『北方の魔女』殿が扱う複合魔法か!」
騎士のだれかがそういうけれど、この国では「氷結」は、ラミー夫人のものという認識。「黄金の蛇」とラミー夫人を結び付けて考えられても困るので、この選択は失敗だったか……。いや、そんなことを言っている場合ではないのだけれども。
炎が氷の塀にぶつかる。
火が氷を溶かしながらも、水で消火されていく。あとは、氷の塀が融けてしまうのと、相手が魔法を止めるのと、どちらが先かという状況。
延々に火炎放射を続けられるわけではあるまい。あまりに続くようなら、こちらも氷の塀を張り直す必要があるけど、そうなると消耗戦になる。
「炎が止みました。……男が数十人を率いて、こちらに向かってきています!」
なるほど、火炎放射はこちらを攻撃するためでもなり、道中、軍として進むには邪魔なものの多い道を焼き開くためということか。
「ここでの防衛は人数的にも地形的にも不利です。応援が来ることも考慮し、引いた位置に展開しましょう」
ここに集まっている騎士だけで、その数十人を相手にするのは不可能だ。それも、こちらは森林。退路的には木々がわたしたち側の逃げ道を阻む形だ。なら、森林を抜けた先で展開するのが望ましい。
それに、完全に攻め込んできたのなら、撃退したところで難癖は付けられようとも、こちらからも正当な主張ができるうえに、そもそも、向こうの主戦力の1人である三属性の魔法使いを撃退できる戦力が構えているともなれば、そこから難癖をつけて無理に攻め込むわけにもいくまい。
まあ、引いた位置に構えると言っても、いまから引いて、構えてなどとしていては、時間が足りない。
そこらに転がる、岩の破片を利用して、土の魔法を使って、塀を一時しのぎとはいえ、簡易的に作り直す。
もちろん、こんな急造ではもろい。ただの時間稼ぎにしかならないでしょうけど。
それにしても、風と「氷結」と土で、確実に三属性は使えることが騎士たちにバレたけど、まあ、「黄金の蛇」が使えるということであって、わたしには関係ないから。むしろ、箔的には五属性使えてもきっと問題ないだろう。
……ラミー夫人ならきっとうまくやるでしょう。




