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113話:国境線上の攻防戦・その4

 森林から宿に戻ると、カナスタさんの姿があった。たまたま予定がかみ合った……というわけではなく、わたしのことを待っていたようだ。


 待っていたということは、諜報活動が終わったか、あきらめたか、はたまた別の理由か。様子をうかがうに、あきらめたというわけではないのだろう。少なくとも何らかの情報、あるいは成果があるように見える。


「大きな収穫があったようですね」


 わたしの言葉に、カナスタさんは頷いた。つまり、そう認められるだけの情報を持ってこられたのだろう。自信がなければうなずくなんてことはない。大げさな表現や誇張と取られかねない表現は正確性を欠くから避けるもの。


「まず、先に報告しておきますと、件の諜報活動をしている様子の男たちは、そのほとんど全員が関所を通り、ファルム王国側に向かいました」


 つまり、帰ったということ。


 でも、だとしたら、すでに仕掛けを終えたのか、それとも、別の人員が派遣されているのか、慌てなくてはいけないような気もするが……。


「一時的な移動ですか?

 それとも、帰ったと表現するのが正しいかどうかは置いておいて、そう取れる行動ですか?」


 あれがファルム王国から来ていると断言できないからこそ「ファルム王国に向かいました」という言い方だったのだろうし、その仮定の場合、「帰った」と言う表現は適切ではない。だけど、まあ、それに沿った言い方をしていたら回りくどくなるので、ザックリとそう問いかけた。


「……帰ったと取れる行動です」


 何かするためにファルム王国側に移動したのではなく、完全な帰還となると、もう役割が終わったのだろうか。そのへんも、カナスタさんが情報を仕入れているのだろうか。


「男たちの話を聞く限り、何かを終えたというわけではないようです」


「つまり、想定外の帰還命令ということになるのでしょうか」


 何かをするために送り込まれていたのにも関わらず、それをなさずに帰るというのなら、想定外ではないだろうか。それともそういうパターンもあらかじめ決められていたとか。


「はい、そのようです。そのため、慌てて撤退のために、痕跡を消すので、花街のあちらこちらを移動して回っていたと思われます」


 なるほど、花街のあちらこちらに拠点をつくっては移動しての転々とした状況だっただけに、痕跡を消して回るのに苦労していたようだ。


「彼らの目的は、支援だと言っていましたが、その支援をしなくてもいい状況になったと。そのまま言うのなら『モリーさんがご立腹で、強行突破するから急いで引き揚げろってさ』とのことです」


 わざわざ声真似しなくてもいいのに、頑張って低い声で言おうとするあたり、意外とお茶目なのかもしれないというのは置いておいて、「強行突破」と来たか。


「『モリー』というのは彼らのリーダー的立ち位置と考えてもいいのでしょうか」


「彼らの発言からすれば、そう取れます。少なくとも指揮権があると推測出来ました。気性は荒いようですが、彼らからは慕われているみたいです」


 つまり、二属性と公表されている三属性の魔法使いが、そのモリーという人物なのだろう。名前なのか苗字なのか愛称なのかは知らないけれど。おそらく金属関係の名前だと思う。


「まあ、強行突破するというくらいなのだから気性は荒いでしょうけれど……。それにしたって……」


 強行突破してどう言い訳するつもりなんだろうか。


 向こうがしびれを切らして大きな仕掛けをしてくることは、こちらとしても願ったりかなったりではあるのだけど、それでも強行突破などではなく、もう少し雑ながらも作戦だったもので来ると思っていた。

 何も考えていないわけではないだろう。


「どこまで鵜呑みにしていいのかわかりませんが、彼らの1人の発言としては『勝てばあとでいくらでもいいわけできる』と言っていたとか」


 さすがにそれは冗談の類だと思ったと言いたげなカナスタさん。しかし、勝てば官軍、負ければ賊軍。強行突破を仕掛けたところで、勝ったあとならいくらでも難癖をつけたことにできるということだろうか。

 しかし、負けた場合やそもそも強行突破できなかった場合はどうするつもりなんだろうか。三属性の魔法使いである自分が負けるはずないと思っているとか?

 いや、一軍を率いているのだから、そこまで短絡的な思考ではないはず。……いや、強行突破を選択する時点で十分短絡的だけれども。


「彼らが撤退し終えたのが今日のことですから、移動を考えれば強行突破まで数日は猶予があると思われます。それからあの付近で働いている女性にも軽く聞き込みをしたところ、『モリー』という人物についても僅かですがわかったことがあります」


 まあ、引き揚げた密偵たちが自陣に戻ってから、強行突破に動くとなると、猶予はまだ少しあるだろう。戻っている途中で強行突破をし始めたらもっと短く、すぐにでもおかしくないけれど、慕われているらしいから、切り捨てるような選択をするタイプではないと思われるし、おそらく大丈夫。

 そして、あの付近で働く女性というと、花街だからお酒やら何やらでべらべらと喋ってしまいがちだから情報を持っている可能性は高い。


「男たちが『俺たちの後ろには二属性の魔法使いがいる』とか『あの人は並じゃねえ魔法を使える』とか『岩の塊を吹っ飛ばした』とか『炎で森を焼き払った』とか、そのようなことを言っていたと。彼女たちは冗談の類だと思っていたようです。そういうウソをついて自分を大きく見せようとする客は一定数いるそうなので」


 つまり、その情報も誇張されたものやウソが混じっている可能性もあるということだろう。でも、おそらく二属性以上なのは間違いない。「岩」と「炎」というからには「土」と「火」の二属性だろう。


 だが、以前、天使アルコルは「複数の属性が与えられるとしても水と土、土と火、水と火、風と木、これらは組み合わされないものとばかり……」と言っていた。

 そう「土」と「火」の魔法だけでは組み合わさらないと。ならば、わたしが組み合わさらない三属性であり、本来は五属性であったように、「モリー」なる人物もまた、組み合わさらない二属性であり、本来は三属性であるというのは間違いない。


 わたしがアルコルの言葉から考えた法則の通りなら、おそらく「風」もしくは「木」がもう1つの属性となるはずだ。


 アルコルの挙げた4通りは複合魔法が成り立たない組み合わせ。つまり、逆に言えば、二属性としてあり得るのは「火と木」、「火と風」、「水と木」、「水と風」、「土と木」、「土と風」の6通り。

 では、三属性はどうかといえば、わたしの「火と土と水」が最もあり得ない組み合わせということなので、複合魔法が成り立たないといけないことはわかる。そして、おそらく、三属性では、複合魔法が2種成り立つものがあり得る組み合わせとなる。

 というよりも、複合魔法の組み合わせを考えればどうあっても2種類までになってしまう。これがまた、水と土で「土砂」みたいな存在しない複合魔法があれば別だけれど、ビジュアルファンブックに載っていたものだけを考えれば、「風、水、木」、「水、木、火」、「土、木、火」、「土、木、水」、「風、水、土」、「風、水、火」、「風、土、火」の7通りだけは2種類の複合魔法が成り立つ。


 ここから四属性になるとどうなるのかはよくわからないけれど、三属性に関してはアルコルの発言が間違いなければ、この仮説で間違いない。


 その中で、「土と火」が入っているのは「土、木、火」もしくは「風、土、火」。だから、「モリー」なる人物のもう1つの属性は「木」か「風」のどちらかだと予想できる。


「なるほど、おおむねは理解できました。それに、強行突破の方法ですが、物理的な人数による強行突破なら少し考える必要がありましたが、どうやら『モリー』なる人物は魔法に覚えがあるようなので、魔法を使ってくるでしょう」


 さすがに大人数を相手に1人で立ち回るのは限度がある。それも、こちらか手を出してはいけないという厄介な条件付きで。


 こちらから相手を倒せばそこで難癖をつけられるのは間違いない。つまり、妨害にとどめる必要がある。それこそ、塀よりこちら側の土地をせり上げて、塀を破ったところで上り越えないといけなくするとか。……完全な自然破壊だけども。

 とにかく、相手に手を出さず、また、ファルム王国側の土地にも手を出さず、敵を防がなくてはならない。


 だからこそ、面倒なことになりそうだとは思ったものの、相手が魔法をぶっ放してくるなら話は別だ。全部防ぎきればいいだけだから。


 魔力値、魔力変換がわたし並かわたし以上にあると厄介ではあるけど、後出しじゃんけん的に、相手の魔法に有利な魔法をぶつけられるので、消耗戦ならわたしに分がある。

 問題は、魔法戦でくじいて、そのあと、今度は物量作戦で人員を一斉投入されたら、さしものわたしもどうしようもない。


 だけれど、まあ、魔法が打ち込まれ始めたら、さすがに巡回の騎士たちもやってくるだろう。そうしたら、向こうから攻撃してきたという目撃者をつくりつつ、騎士の応援を手配。魔法の撃ち合い中に、こちら側も人手は揃えられる……と信じたい。


「大変助かりました。カナスタさん、あなたの協力がなければこうもスムーズに情報がつかめていなかったでしょう」


 わたしはカナスタさんにそう微笑みかけた。ラミー夫人にしっかりと言っておこう。カナスタさんは大変優秀で助かったと。今回、1人でどうにかしようと思っていたけれど、やはり、情報のアドバンテージが、いままでより少ないこともあって、絶対に1人だったら詰んでいた。


「い、いえ、その……。自分は、できることをするようにと奥様からも仰せつかっておりましたし、その……。とにかくやれることをやっただけですので」


「そのやれることをやるということが、どれだけ難しいことなのか、わたくしは知っています。だからこそ、本当にありがどうございます、カナスタさん。まだ、しばらく行動を共にしますけど、これからも頼みますね」


「は、はい!」


 誉められ慣れていないのだろうか。カナスタさんは顔を朱に染めている。


 これだけ優秀ならたっぷり誉めてしかるべきなのだと思うけど。……ラミー夫人は飴と鞭をしっかり使い分けるタイプだから誉める時は誉めていると思うんだけどな……。

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