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111話:アリス・カード・その6

 わたし、アリス・カードは、現在、講義室の一室で、公爵家のご子息方の話し合いに混ざっている。王子様は、あれから学園に来ていない。当然、カメリア様も……。


 わたしたちは、あれから毎日のように、ここに集まって話している。互いのしきれないほどの憤りを感じながら。


 憤り。


 この憤りは、王子様に対するものではないし、カメリア様に対するものでもない。


 これはわたしたち自身に対する憤りだ。


 ここにいる全員が、王子様がカメリア様を処刑するはずないとわかっている。わかっているからこそ、憤っている。


 カメリア様はきっと何か理由があって処刑されたことにしたのだと思う。だからこそ、カメリア様は王子様にだけは事情を明かした。それはわたしたちもわかっている。だからこそ、話してもらえず、協力できることがない、己の無力さが悔しい。


 たぶん、わたしたちを危険に巻き込まないためとか、わたしたちにはわたしたちでやるべきことがあるとか、そういうふうに思ってカメリア様は一切話さなかったのだとは思う。

 わたしたちを思っている。それはたぶんそうなんだと思う。だけど、それでも、やっぱり、寂しさと悔しさはある。


「ボクは王城以外ないと思うけどね」


 ベゴニア様がそういうのは、現在、カメリア様がどこにいるのかということに対する答えだろう。ロックハート家にいないのなら、そこしかないとベゴニア様は主張する。


「しかし、いまはだいぶ落ち着いたものの、建国祭直後は王城も来賓が多く、それこそ、カメリア様がいらしたらだれかが目撃しているのではありませんか?」


 アリュエット様の指摘に、ベゴニア様は困ったような顔をする。反論できる言葉はないということなのでしょう。でも、だとするとどこにいるのでしょうか。


「あいつが匿われていもおかしくないのは王城か、錬金術研究棟か、学園(ここ)か、そんくらいじゃねえか」


 確かに、シャムロック様の言う通り、候補はおそらくその3か所だとみんな予想していた。ただ、学園の寮は確認したけど、カメリア様がいらした様子はなかった。もちろん、すべての部屋を確認したというわけではないけど。


「ですが、自分を含め、ここにいる全員がそれぞれの調査で、その場所にいらっしゃらないことを確認したはずです」


 わたしは学園の調査しかできていないけど、ほかの皆さんはそれぞれの方法で確認をしたらしい。その結果、そこにはいないと結論付けられた。


「ですが、そうなるとどこにいるんでしょうか。カメリア様なら、どこででも、どのようにでも生活出来そうではありますけど」


 カメリア様と過ごしていて感じたのは、本当に何でもできるという凄さ。たぶん、どこかの森に投げ出されてもどうにかしてしまうのだろうと思ってしまうほどに、知識でも技術でもたくましさでも一流の方。


「……もしかすると、すでに王都にはいないかもしれません」


 そう切り出したのはアリュエット様。しかし、王都にいないとはどういうことだろう。どこか別の場所に移動したと……?


「なにか証拠があるのか?」


 睨むようにシャムロック様が聞くと、アリュエット様は「あくまでそう思っただけで明確な証拠はないのですが」と前置きをしてから話す。


「先日、両親が急遽、『北方』に向かいました。奇妙な動きが見られたとのことで、それが具体的に何なのかは僕も聞いていないのですが」


 つまり、カメリア様もそれに関連して「北方」に向かったということか。そう思ったけど、どうにも違うらしい。


「その際の御者が引っかかるのです」


 御者さんというと馬車で馬を引く人のこと。どうやら、アリュエット様としては、気になる何かがあったようだ。


「御者さんですか。えっと……、その、何が引っかかったのでしょう?」


「人選です。母は、『北方』に向かうときなど重要なときの御者はカナスタという使用人に任せています。彼女は馬の扱いに長けて、礼儀作法も出来るので送迎などに重用されていましたから」


「いまの話からすると、今回は違ったということでしょうか」


 おそらく、そうなのだろうと理解できる。だけど、それがどうして、カメリア様の行方につながるのかがわからない。


「ええ、今回は、別の御者に任せていました。しかし、カナスタもまた、仕事で不在になっているのです」


 それはただ単に、別の仕事を任せてしまっていたというだけではないのだろうか。ただ、でもその別の仕事とは。


「別に、彼女が普段から送迎のような仕事しかしていないわけではありませんが、母が自身よりも優先的にカナスタをあてたのだとするなら、その可能性は十分にあるのではないかと思ったのです」


 つまり、カナスタさんという方をカメリア様の移動に任命したから、ラミー様は別の御者で「北方」に向かったということでしょうか。


「だとすると、『北方』なら同じ馬車で向かえばいいだけですので違うとして、行くなら東か、西か、南となるでしょうか」


 確かに「北方」に向かうなら、わざわざ別の馬車に乗る必要もなく、ラミー様たちと一緒に向かえばいいだけ。だから、「北方」が候補から外れる。


「東側も候補から外していいと思うよ。あちらにはロックハート領しかないけど、いま、領地では特に何も起きていないし、カメリアが頼れる場所もほとんどないから」


 ベゴニア様の言葉で東が候補から外れる。そうなると西か南。だけど、これ以上、絞り込むことは難しい。


「西だったらなんだ……。ファルムとかその辺か……」


「南だったら海だね。あるいはアルミニア王国とかそっちに用事があるか」


 カメリア様の事情や目的がわからない以上、方向は絞れても、どこで何をしているかまではわからない。


「まあ、この時期で何かあるっつったら、こないだの闇の魔法ってやつだろう。そうなりゃ西側じゃねえのか。ハンド領もそっちだろ」


 闇の魔法使い……、闇の力に呼び起されしもの。他国の密偵。ハンド男爵領。これらの条件から、ファルム王国に関係するのではないかと以前からみんなで予想はしていた。そうなれば、カメリア様も西側でファルム王国との間に何か行っているのではないかと思うのは当然だと思う。


「西側か……。いずれにせよ、ボクたちが行きたいといって行けるかどうかは難しいだろうね。せめて、ここにいるだれかの家の領地ならどうにかなるだろうけど」


「あっちは、完全に様々な領地が点在してるからな」


 公爵家のご子息方となると、自由に行動できる範囲は狭い。だから、西側と南側には特に自由に行くことができない。


「そもそも、この件はだれが把握しているのでしょう。ジョーカー公爵とそのご夫人は把握していらっしゃると思いますし、殿下もご存じだとは思われますが……」


「あとは陛下もご存知だと思う。ボクの両親は『いまは説明できない』という言葉をいただいたらしいから」


 まあ、王様が知っているのは当然だと思う。でも、じゃあ、どこまで、だれが把握しているのかとなると、まったくわからない。


「おそらく、公爵家はジョーカー公爵家を除いて、すべて『説明できない』ということで通っていると思います。当然、自分のスパーダ家もそのように聞いています」


 公爵様までもが、知らないこと。つまり、国の中でもごく一部しか知らない機密事項。そんな扱いになるくらいに重要なことにカメリア様は関わっていらっしゃるのだと思う。……でも、そうでもなければ、処刑なんてことをするはずがない。


「そうなってくると、なぜジョーカー公爵家だけってことになるような気もするけど……」


「母はカメリア様と共に様々なことをしていましたからね。その関係でしょう。おそらく『北方』へ向かった母もカメリア様同様に何かあるからこそ、向かったのだと思います。奇妙な動きというのがその『何か』なのか、それとも、建前上の理由なのかはわかりませんが」


 「北方」で何かをするために「奇妙な動き」があったことにして向かったのか、それとも、その「奇妙な動き」に対して何かすることが目的なのかわからないけど、それもまた、カメリア様の行動と関連しているとアリュエット様は言いたいのだと思う。


「出来ることは信じて待つことだけか……」


 シャムロック様の言葉に、わたしたちは口をつぐんだ。結局、カメリア様がそう選択したように、わたしたちにできることはないのかもしれない。


「信じましょう。王子様のことも、カメリア様のことも」


 信じて待つしかない。だけど、信じて待つというのは、それはそれで意味のあることだと思う。カメリア様は言っていた。わたしの力は「思いの力」だと。ならばこそ、なおさら、信じるという「思い」を抱いて、待つことは、きっと、何かにつながると。


「ま、何ができるかあれこれ考えるよりは性に合ってるか」


 そう言いながら、シャムロック様はあくびをして椅子にもたれかかる。それに続くように一様にため息を吐いた。


「そうだね、ボクたちにできることが信じることだっていうのなら、信じて待とうか」


 ベゴニア様はそういって笑った。妹であるカメリア様のことが、心配にならないはずなどないのに、それでも彼は笑う。


「自分はもとより信じていますが、それでも、そうですね……。待ちましょう。殿下もカメリア様も、いつでも戻ってこられるようにと信じて」


 クレイモア様もうなずいた。王子様をずっと近くで見守ってきたクレイモア様も心中は不安だと思うのに……。


「僕も待ちます。絶対に大丈夫だと、そう信じて」


 カメリア様が言うように、わたしの力が「思いの力」なのだとしたら、この気持ちも、きっと届く。そう信じて、わたしたちは待つ。

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