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110話:国境線上の攻防戦・その2

 わたしは今日も今日とて、郊外の森林へとやってきては様子を探っていた。あれから糸を張り直されたような形跡もなく、ロープは見当たらないことから、巡回の騎士かそれとも気付いたファルム王国側からの侵入者かが回収したのだと思う。


 ……巡回の騎士が回収したのなら、もっと見張りを強化していてもおかしくないと思うのだけれど。周囲を見回しても騎士の姿はないし、森に潜んでいるというような感じもしない。あるいは、本当に監視のプロがいて、わたしが気付いていないという可能性もあるけど。


 わたしはてっきり、糸を焼いて、ロープを見つかりやすいようにしておいたから、騎士の警戒が強まると思っていた。そして、そうなってくると、向こうも誰でもいいから無理やり塀を突破させて、騎士たちに捕まえさせようとしてくると思っていた。そして、難癖をつけると。


 しかし、その肝心の捕らえる側の騎士がいないのでは向こうも動きようがないだろう。……こちらの巡回がロープを見つけても何も考えていないほど呑気ということだったら、クレイモア君に教育しなおしてもらわないといけなくなってしまうなあ。


 それとも昼に動くことはないと思って、夜の警備を強化しているのだろうか。人目につかないような場所なのだから昼も夜も関係ないと思うんだけれど。というか、昼も夜も関係ないように人目につかない場所を選んだというべきか。


 うーん、自国の騎士側の動きが謎過ぎて混乱するというのは、さすがに予想外だった。……念のため、今日は夜まで通して、巡回の動きや数に注視して見張ってみるか。






 結局、見張りを続けたけれど、巡回の騎士たちはどうにも平常運転というような様子だった。ただし、ロープをおいた地点は、軽く見回すように確認をしていたことから、ロープを回収したのは騎士たちのようだ。


 しかし、それを特に重要なことと見ていないことから、どこか関所を通らず隣国に逃げたい犯罪者か何かが仕掛けたものではないかと思っているようだ。


 犯罪者が急いで隣国に逃げるのにそんな用意周到なことするわけないだろうと思うのだけれど、どうにもそんなふうに捉えたのだと思う。


 いや、わたしが事情を知っているからというのもあるにはあるのだけど、騎士たちの油断も過ぎると思う。ここは隣国との国境。緊張感を持つべき場所であるはずなのだけれど、それがこんな反応というのはいかがなものか……。


 このペースだと、次に向こうが大きく仕掛けてくるまで、いまの感じは変わらないだろう。そう思いながら、リップスティークの部屋に戻り、少しだけ仮眠をとることにした。






 部屋にはカナスタさんの姿はないが、宿に戻る前に下で馬車の手入れをしている様子を見た。

 わたしはベッドで横になると、そのまましばし仮眠する。




 起きたわたしの鼻腔をくすぐるのは料理の匂い。部屋には相変わらずカナスタさんの姿はないが、机の上に露店で買ってきたであろう串焼きなどが置いてあり、「よろしければお食べください」とのメモ書きが。


 カナスタさんの心遣いに感謝して、いただくとしよう。


 何の串焼きかはわからないけれど、まあ、おそらく変なものではないでしょうし。


 そう思って食べると、たれの甘辛い風味が口いっぱいに広がった。そういえば、こういうジャンキーなものを食べるのも久々な気がする。王都ではこうしたものが売っている露店もほとんどなく、建国祭の時期にあるくらいだろう。

 串焼きともなれば、前世のコンビニで焼き鳥を買い食いしたとき以来かもしれない。そんななつかしさを感じながら、串焼きに舌鼓を打ち、おなかも満たす。


 さてと、再び外に出ることになる。しばらくはこんな生活が続きそうだ。






 そう思っていたのだけど、相手がしびれを切らすのが予想以上に早かった。あるいは、「北方」に対する反応と対応が早かったこともあって焦っているのかもしれない。


 なんとこともあろうに、塀を無理やり上り越えようとしてきたのだ。


 あれでどうするつもりなのだろうか。わざとらしく、このあたりをウロウロさせておくとか?

 それとも、塀の上でずっと巡回が来るまで待機させるとか?

 いや、だったら巡回が来そうな時間にやればいいだけの話だし。まあ、いいか。とりあえず、人的に妨害したとわからないように、いま吹いている風に合わせて、少し強めの風を魔法でつくり、乗り越えようとする男を吹き飛ばす。


 吹き飛ばすと言っても、風でバランスを崩すくらいのものなので、明らかに魔法か何かで妨害されたとは思わないだろう。……もしかすると再度挑戦してくるだろうか。さすがに何度も繰り返せば、何者かが妨害していると勘づかれてしまう。


 そう思ったものの、2、3度繰り返したあたりで、塀を乗り越えるのは無理だとあきらめたようだ。まあ、1回登るのにも相当時間がかかっていたし、別の策を練るのだろう。はてさて、次はどのような作戦を立てるのか。


 穴でも掘るか、塀を壊すか、……よく考えれば、向こう側は律儀に何も使わずに塀を超えようとせずともはしごのようなものを使えばいいのではなかろうか。上にかける必要のある縄ばしごはともかくとして、立てかけるだけでいいはしごなら別にひっかけるところなんていらないんだし。


 使ってこないのは思いついていないからなのか、それとも持ち運べるような便利なはしごが普及していない……なんてことはないと思うけど。まあ、前世の日本とかでも見たような折りたためるタイプの脚立はしごなんていいものはないし、この高さの塀を乗り越えられるような長さのはしごの持ち運びが難しいのかもしれない。


 しばらく待っていると、ザッザッとスコップのようなもので土をかき出す音が聞こえ始めた。どうやら塀の下に穴を掘る方法を取るようだ。


 わたしの気分は、監獄からの脱走を試みる男たちを映画で見ているような感じ。だけれど、そんな楽しむような場合ではないので、そっと、地面に触れて、土の魔法で土質を変化させて、こちら側の地盤を固める。


 あまり広範囲でやりすぎてしまうと、森林の木々が根を伸ばせなくなってしまうので軽くだけど、人力で、それもスコップやシャベルで掘削するには難しいでしょう。


 まあ、塀をつくるうえで、ただ置くだけという、「倒れたらどうする」なんて荒いつくりのものがあるはずもなく、普通の塀は土台があって、その下のしっかりとした土質のところまで杭を伸ばして固定しているはずだからここまでしなくてもよかったかもしれない。


 ……そもそも公共事業的なものなのだから、塀の下くらいは土の魔法で地盤を強固なものにして、しっかり塀を固定できるようにしておいてもよかったのではないか。まあ、土木工事に貴族が積極的に関わらないだろうけど。


「うおっ、おい!

 このへんの地盤は柔らかいんじゃなかったのかよ!!」


 などという怒声が塀を通して向こうから聞こえたので、塀の設置当時から何らかの関与があったのか、それとも、森林だからという一般論的な話か、あるいは事前に調査していたのか、いずれにせよ、穴掘りは難しいようにしておいた。


 もっと深く掘れば可能性はなくもないけど、もぐらじゃあるまいし、掘る用のちゃんとした道具を持っているかどうかもわからないけども。


 しばらく、ざわざわと声は聞こえていたものの、それも、少し経てばなくなった。とりあえず引き揚げたのだろう。






 さて、こうなってくるとどう動くかわからない。


 これから向こうの本隊が動いてくる可能性ある。


 この場合の本隊というのは、戦争における大きな隊ではなくて、この作戦における本隊。実は、現状、ファルム王国側は3つの部隊に分かれている。


 1つが「北方」への陽動を仕掛けている部隊。ラミー夫人たちが牽制したり、対処したりしている部隊のことである。


 もう1つが、わたしが相手をしている、どうにかこうにかディアマンデ王国側に難癖をつけようと躍起になっている部隊。


 そして、それらの統括であり、指揮しているのが本隊。


 「たちとぶ2」で明かされた資料では、確か、「北方」の陽動をラミー夫人が一時的に追い払い、その大多数は本隊に合流して、こちらに向かってくる。


 ラミー夫人は当然、再度の襲撃に備えて「北方」を動けないし、そうなっている間に西側での難癖が成功して、本隊と合流した「北方」組と「西側」組が合わさり先行隊としてディアマンデ王国に大きなダメージを与えた。


 これをラミー夫人に明かすと、「北方」は薄手にして、ラミー夫人がこちらに合流するというパターンか、できるだけ「北方」の陽動組が引き揚げないように引き付けるかを選ぶと思う。


 だけど、そうなったときに、携帯電話や無線機も存在しない世界だ。どのくらいの間、引き付けられているのかとか、敵が行動パターンを変えて「北方」から攻めてきたとかそうなったときに、わたしがそれを知るのは限りなく遅い。


 常に連絡役を行き交わせたところで、距離を考えれば、反応はどうしても遅れてしまう。

 だからこそ、ラミー夫人にすらそこは明かさずに、「たちとぶ2」の歴史通りに行動してもらうのがベストだと判断した。


 「北方」ではラミー夫人が引き揚げさせ、こちらは難癖をすべて事前に潰す。


 それで本隊が大人しく引いてくれるのが一番いいんだけど……。


 さて、どう動くことやら。

2021/07/20 東側→西側(方角関係のミス修正)

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