011話:カメリア・ロックハート08歳・その5
「……ふん、自身の領地に愛着があるのは当たり前ではありませんか。そこで生まれ育ち、そこしか知らないのですから」
捻った言い方をするけど、やっぱり彼女は自分の家の領地、ブレイン男爵領を愛しているのだろう。
「当たり前と簡単におっしゃいますが、それが難しいことも多いのです。ですからパンジー様のお考えはとても大事にすべきものだとわたくしは思いますよ」
そこしか知らないというけど、彼女はこうして王都にやってきて、王都を知ってもなお、王都に住みたいとかではなく、自身の家の領地に愛着があるといっている。わたしの前世の頃にも故郷を好む人もいれば、故郷から離れたがる人もいるというのはよくあったし、田舎を捨てて都会に出たとか、逆に都会が嫌になって故郷に戻ったとかはよく聞いた話だ。
「そ、そうかしら……」
照れたように顔を背けるパンジーちゃん。きっと顔を赤くしているのだろう。淡い茶髪に隠れた耳は真っ赤になっている。
「カメリア様は確か、土と水、火の三属性を使えるのでしたね」
そういうことになっている。あれから、何人かの貴族の前で実際に使って見せたけど、それ以外の属性は使っていない。それ以外の属性の練習は誰にも見られないところでひっそりと練習しているので、本当に誰にも知られていない……と思う。
「ええ、土と水と火の三属性が使えます。このように……」
小規模の魔法をその場で使う。土を出して、火を出して、水を出す。別にそんなに考えていたわけじゃないけど、火を水で消して、水は土に吸い込まれるのでさほど片付けに手間のかからないようにできた。
「……そんなに簡単に使えるものなの」
ぽかんと口を空けているパンジーちゃん。そういえば、パンジーちゃんの魔力値は15で、魔力変換はお兄様を下回る20。わたしと比べると魔法を使うのも容易ではないはず。
「どうでしょうか。これが容易なのかどうかはわたくしには分かりませんが、似たようなことならパンジー様もすぐにできるようになると思います」
魔法の素質はともかく、そこから先は自分の感覚しだいだと思う。使って慣れれば、どれだけ魔力変換が低くても的確な魔法が使えるようになるはず。それこそ、火の魔法がただ大きな炎を出すだけではないように、魔力変換が低いなら低いなりに自分に合った形を作り出していくのも魔法だから。
「そう……かしら……」
「魔法というのは個々人に合った形というものがあります。魔法を使っているうちにそれぞれに合ったやり方で魔法が使えるようになります。わたくしと同じことをするのは難しくても、似たようなことであれば本当にすぐに使えるようになると思いますよ」
そう、同じことをするのであれば同じような魔力値や魔力変換が必要だけど、似たようなことをするだけならその必要はない。
「わたくしやパンジー様のように複数の属性の魔法が使えるということはそれだけで凄いことのように思われがちですが、実際はそうした形を掴むことなどが難しくなりますし、いいことばかりではありません。だからこそ、余計に研鑽を積まなくてはならないのです」
複数の属性を使えると、ついつい「自分は凄い」とか「選ばれた人だ」とか思って、魔法を使いこなそうとすることをサボることがあるらしい。まあ、他の人よりも優れていると優越感を抱くのも当然なほど周囲がもてはやしてくれるから仕方がないのかもしれない。
「三属性も使えるのですからそのくらいは気にしなくてもいいのではなくて?」
「使えるから、ですよ。それぞれを一人前の魔法に育てなくては意味がありません。そうでなくては、わたくし1人呼ぶのであればそれぞれの属性の魔法使いを1人ずつ雇えばいいだけの話ではありませんか」
三属性の魔法使いは、三属性の魔法を全て一人前の魔法として使えて初めて意味があるとわたしは思う。そうでないなら、わたしじゃなくて別に3人の魔法使いを雇えばいいだけの話になっちゃうから。
「とても子供とは思えませんな……。ですが、カメリア様、魔法学園ですらそこまでは求められませんよ」
……確かに、わたしはこの後に戦争が起きるであろう未来を知っているからこそ、こうして子供ながらに五属性を使いこなそうと努力をしているけど、普通なら魔法学園で教わる程度の魔法の使い方ができれば、後は政治に注力される。
「そうですね。貴族としては魔法よりも政治力を求められますから。政治力、コネクション、領民からの信頼と税をいかに得るか」
そうでなくては貴族の中で生きていけないから。貴族という社会を生き抜くうえでは、魔法よりも何よりもそれらが重視される。
「わたくしの場合はアンドラダイト殿下との婚約が決まっておりますゆえ、王妃としてふさわしいだけの器量が必要となります。そうしたうえで、三属性の魔法は国内外への威光につながりますから使いこなせるに越したことはないのです」
無論、それは建前。元から王子と結婚するつもりはない。でも、もし戦争が回避できなかったら……、その時のためにも魔法を使いこなせるに越したことはないと思っている。
「っ……。なるほど、そのお歳でもうそこまでのことを考えられておられるとは……」
男爵は目を丸くしていた。まあ、見た目通りの8歳というわけではないから驚くのも当然だと思うけど。
一応、これで、わたしと王子の間に割って入れるとは思わないだろうから、ここから第二夫人を狙うかどうかという感じ。
「それで、どのように魔法を練習してらっしゃいますの?」
話の流れをぶった切るようなパンジーちゃんの言葉。どうやら政治的な話などより、パンジーちゃんの興味は魔法の方へと向いているようだ。
「そうですね。わたくしの練習がパンジー様にとっても有用かどうかは分かりませんが、やはり一番は使ってみることでしょう。小規模な魔法で構いません。それを自分が思うように魔法を使ってみてください。自然とそれができるようになれば自ずとどうすればいいか感覚がつかめると思います」
正直なところそれくらいしかアドバイスができない。もっとも、もう1つアドバイスすべきことが残っているのだが。
「それから、パンジー様は水と風の二属性ということですから鍛錬を積むことで『氷結』の魔法に至れる可能性もありますから」
属性の複合。ただし、ただ二属性を使えるからと言って簡単にできるものではないようで、この国にいる二属性魔法使い4人のうち、魔法を使えるようになったばかりのパンジーちゃんを除いても1人しか複合魔法を使うことはできないらしい。
「『氷結』……というと、『北方の魔女』ラミー様の使われる水と風の魔法を極めて初めて使えるという魔法でしたわね」
ビジュアルファンブックにある限りでは、「氷結」、「熱風」、「砂塵」、「業火」、「自然」、「樹林」の複合魔法があるらしくて、わたしもまだ全部は習得できていない。なぜなら、火と水と土の組み合わせによる複合魔法は、その中にないから。表立ってやれない以上、どうしても習得が遅くなってしまう。
「ええ、北方……銀嶺山脈を含む領地を持つジョーカー家の当主ユーカー様のご夫人、ラミー様がお使いになる魔法です」
そう攻略対象の1人、「アリュエット・ジョーカー」の母親にあたるのが「北方の魔女」。アリー……、アリュエットのルートだと彼と結ばれるには彼女の許しが必要ということで、彼女の元で色々と試練を受けることになる。正直、わたしとしてはあまり関わりたくない。騒動を好む性格で、とにかく面白いことを求めている道楽夫人なんて説明をされているし、実際「たちとぶ」ではそんな感じだった。
「いつか……、いつかそこまでの高みに本当にたどり着けるのかしら……」
確かにあれは一種の「高み」だと思うし、パンジーちゃんの魔力値と魔力変換で本当に至れるかどうかは分からない。
「やってみなくては分かりませんよ。少なくとも最初から無理だとあきらめていては至れるものも至れませんから」
作中のパンジーちゃんは、正直、そこまで至っていなかった。平々凡々と言ったくらいの実力で、ビジュアルファンブックの記述でも「氷結」が使えるとか使えるようになるとか、そういったことはなかった。でも、同じ二属性の魔法使いで使えない道理はないはず。
「そ、そうですわね。いつの日か……」
どうやらパンジーちゃんもわたしよりも「北方の魔女」という目標を見つけたことで、たぶん王子の方からは遠ざかっていくと思う。
「そう言えば、そのラミー殿だが、この間、カメリアに会いたいと書状を送ってきていたぞ」
お父様の言葉にわたしは思わず眉を寄せそうになったのを必死にこらえる。あの自由人にあったら、必ずこっちの予想にないことをしてくるに違いない。できるだけ予定外は避けたい。
「具体的な日取りは決まっているのでしょうか」
「いや、そこまでは。いずれ、という話だった」
なら、それまでにいろいろと考えておかないと。会わずに済むならできれば会わずに終わらせたかったのだけど。
「カメリアさんは凄いのですわね。あの『北方の魔女』から会いたいといわれるなんて」
「わたくしの場合は三属性の魔法使いですからね。珍しいものがお好きなあの方が興味を持たれるのもおかしな話ではないでしょう」
「いつか、カメリアさんのように『北方の魔女』からお呼びがかかるような、そんな存在になりたいですわ。……いいえ、なってみせます!」
どうやらパンジーちゃんに火が点いたようだ。まあ、頑張ってほしい。戦争が回避できなかったときの戦力は少しでも多い方が助かるし、それに、戦争が回避できたとしても別にパンジーちゃんにデメリットはないはずだし。
「カメリアさん、またお話に来てもよろしくて?」
「ええ、気軽にいつでも……、というには少し距離が離れていますがまた遊びに来てください」
王都とブレイン男爵領は気軽に行き来できる距離ではないから、そうそう来ることはできないだろうけど。
「今度来るときは領地自慢の魚を持ってきますわ」
「ええ、楽しみにしていますね」




