107話:ラミー・ジョーカー夫人・その5
「なるほど、それで呼び出されたわけね」
私、ラミー・ジョーカーは珍しく、陛下に「ラミー」として呼び出されたため、わざわざ王城に来ていた。元婚約者という事情もあって、外聞的問題として陛下は、私を「ラミー」として王城に招くことはあまりない。私から出向くことはあってもね。
「しかし、わざわざこっちで呼んでよかったのかしら。彼女が気にするのではなくて?」
彼女……、ガーネット・ディアマンデ王妃。別に私と確執があるわけではないけれど、彼女は、私が元婚約者であったことをひどく気にしていたし、あまりいい思いもしないでしょう。
「……彼女には少しいろいろと話をしたのでな。このくらいではもう気にしないだろう」
「なるほど、彼女に第二夫人のことを明かしたのね。まあ、様子を見るに、うまく説明できたみたいだし、よかったのではなくて?」
まあ、殿下もカメリアさんから聞いていたようだし、そこまで知られてしまったのに、王妃にだけ秘密というわけにもいかないでしょう。
「アンディがうまく口添えしてくれたおかげでな。そうでなければどうなっていたか……」
彼女は相変わらずの気質のようで、安心した。
彼女を評して、「嫉妬深い」などといわれることもあるけれど、それだけ「愛の深い」人だから。
「まあ、そこが穏便に解決できたならよかったじゃない。そもそも月に2回会う程度の関係でずっと続けてきたのだから、いくら彼女でもそこまで嫉妬はしなかったでしょうけど」
互いに清い付き合いといってもおかしくないくらいの距離でずっと過ごしてきたのだし、第二夫人というのも表向きの名義のようなもの。
「どうだろうなあ……。まあ、そこはいい。それよりも、だ」
「殿下の信用度回復のためのシナリオね。私はカメリアさんの意見を採用すればいいと思うのだけどね」
そもそも、これまでの流れもカメリアさんが積み上げて来たものだし、彼女に任せるのが最も適していると私は思う。
「だが、そうなるとカメリア嬢の立場がなくなるだろう」
さて、どう説明しましょうか。そもそも、殿下との婚約関係を端から放棄するつもりだったなんてことを言ってしまってもいいのかどうか……。まあ、大事にならない範囲でそれとなく言っておけばいいかしら。
「彼女自身は、自分を死んだことにしたがっているのよ」
私の言葉に、陛下は怪訝な顔をした。まあ、そんな顔をするのも仕方がない。
「それはまたどうしてだ。彼女は死なないために戦争を回避するのだろう?」
ああ、そこまでは話していたのね。だからこそ、余計に不思議だったのでしょう。なぜ、死んだことにしようとしているのか。
「謙遜か、本当にそう思っているのかはわからないけれど、彼女は、自分が殿下にふさわしくないと思っているみたいね。殿下も死者とは婚約できない。だから、死んだことにして、別の人物にその座を明け渡そうとしているの」
まあ、彼女自身は本当に、「王族などわたしには向いていない」と思っているのでしょうね。自身の評価と周りの評価が食い違うなんていうのはよくある話だけれど、彼女ほど顕著なのもまれかもしれない。
なにせ、彼女には人を導く素質がある。先頭に立って、人を惹きつけ、道を切り開く力もある。
「だが、それならばお前のように婚約を破棄すればいいだけの話ではないか?」
確かに、私は彼女と近い立場だった。だけれど、私と彼女では徹底的に違う部分もある。そもそも、陛下がこのように軽くそんなことを言うけれど、実際、そうなったときに、それを認めるのかという部分。
「彼女ほどの逸材が婚約破棄することを簡単に認める?」
魔法、錬金術、知識、礼儀作法、どの分野をとっても、間違いなくトップクラスに有望な彼女が王族に入るのなら、ディアマンデ王国は安泰ともいえる。その安泰を手放すことはできるか。
「確かに三属性という部分をとっても、ほかの素養をとっても、失い難い人物だが……」
ああ、そこは話していないのね。……事前に、カメリアさんと打ち合わせるべきだったわね。どこまで話していて、どこまで話していないのか、それと、どこまで話してよくて、どこまで話してはいけないのか。
「なるほどね、……そうね、なるほど。陛下は、カメリアさんが本当に戦争を回避できるのかという部分に疑念を抱いているでしょう?」
まったく別方向の話題になったことで、陛下は目を丸くする。しかし、私の話題がどこかあらぬところへ跳んだように感じるのはいつものことなので、陛下は少ししてからうなずいた。
「そして、なぜ、私がそれをできると思っているのかもわかっていない。それでも私が認めているのだから、何かあるのだろう、そんなところかしら」
彼の考えるようなことはある程度予測できる。大体、この程度の考えでしょう。まあ、カメリアさんの説明不足なのかわざとなのかわからないけれど、陛下が疑念を持ったままというのもよくはないでしょうから……。
「彼女、……カメリアさんはね、三属性の魔法使いではないのよ」
その言葉に、陛下は再び怪訝な顔をする。まあ、そういわれて、最初に考えるのは「では二属性か、あるいは複数の属性を持たないのか」というものでしょう。でも、この王城にすらとどろき、様々な人がそれを確認している以上、「三属性ではない」というのは考えづらい。
「どういう意味だ、三属性ではないというのは」
おそらく、彼は直接確認したことがないでしょうけれど、それでも、その情報の正誤はきちんと判別しているはず。そして、まず間違いなく、「三属性である」と確信していたはず。
「三属性よりも少ないというわけではないわ。彼女、五属性の魔法使いなのよ」
まあ、そんな存在が現れることなどめったにない。そもそも聞いたことがない。だから、そちらに考えが回らなくても仕方がないと思う。そもそも、それを隠す意味も幼いころであればともかく、この時期になってはわかりづらいし。
「……本気で言っているのか?」
「このタイミングで冗談を言うと思う?」
……聞いておいてなんだけれど、私ならこのタイミングで冗談を言ってもおかしくはないわね。少し、普段の態度を反省しなくては……。
「馬鹿な、三属性ですら、ほとんど生まれないというのに」
「あら、これも聞いていないのね。ファルムには現状、2名の三属性の魔法使いがいるそうよ。だからこそ、戦争を起こすと被害が大きくなるとも言っていたわね」
1人は二属性として公表、もう1人は完全に隠し玉として明かしていないとか言っていたような気がする。まあ、「複合魔法」は使えないでしょうけれど。
「そのような話……」
「馬鹿正直に公表するわけもないでしょう。特に、ツァボライトの一件がまだ終わっていないとずっと思っていたファルムが」
どこかに戦争を仕掛けるかもしれないと、ずっと想定していたファルムがわざわざご丁寧に自国の戦力を公表するはずもない。
「それで、その敵国の脅威も考えて、五属性の魔法使いという威光を手放すことができるかしら」
まあ、これを話してしまったら意地でも処刑したことにしたままというのは難しくなる気もするけれど、どちらに転んでも面白そうだ。カメリアさんにとってはよくないかもしれないけれど。
「確かに、それならば婚約破棄を認めなかったかもしれないが……。いや、公爵家のどこかと結ばれてくれるのなら、それでできた子供に託すという判断をする可能性も」
「……さらにいうのなら、彼女、6つほど『複合魔法』を使えるのよ。それも、本気になれば都市を壊滅させられるくらいのやつを。前にも言ったでしょう。『道連れに国が滅びかねない』って」
まあ、あのころは、複合魔法の練度もそこまでだったとは思うし、王城を潰されるかも程度の認識だったけれど、いまは正真正銘、本当に「国を滅ぼしかねない」存在になってしまっている。
「それこそハッタリではないのか。『氷結』ですら、どれほどの歳月をかけて完成させたものだと思っている。それを16歳の子供が……」
確かに、この「氷結」を完成させるまで、相当な時間と努力をした。だからこそ、悔しくはあるけど、彼女が完成させたそれは、間違いなく複合魔法であった。
「きちんと、この目で確認したわよ。6種類……内、1種は『氷結』だけれど、そのすべての『複合魔法』が本物かどうかをね」
まあ、彼女はずっと前からその先を見据えていたので、これすらも前段階なのかもしれないけれどね。
「まさしく『傑物』ならぬ『怪物』だな」
ああ、その言葉、陛下にも伝わっていたのね。あるいは、同じことを思っただけなのかもしれないけれど。
「それで、そんな彼女を手放すことはできるかしら」
私の問いかけに陛下はひどく困った顔をしていた。まるで、答えの出ない問題をだされたかのように。
「国としては手放したくないが、彼女はその気になればこの国を滅ぼすこともできる。それゆえに彼女の意思を尊重せざるを得ないとも思う。ますます、扱いが難しくなった」
頭をガシガシと掻きむしり、酷く悩まし気な溜め息を吐き出す。まあ、せいぜい考えることね、最善のプランを。
でも、彼女の性分的に、おそらく、この国を滅ぼしたりはしないでしょうけれどね。まあ、それはあくまで性分の話、実際にそうしないと言える根拠はどこにもない。
「まあ、どうしても悩んで答えに行き詰まったら、ガーネット王妃にでも相談してみたらいいのではなくて?」
もしかすると、いいヒントをくれるかもしれない。まあ、くれないかもしれないけれど。彼女は恋愛脳な部分もあるので、物事を冷静に判断するときはいいヒントを、恋愛脳的に判断するときはぶっとんだヒントをくれるでしょう。
「馬鹿いえ、今回はアンディの婚約に絡むことだ。『アンディの魅力でメロメロにさせたらすべて解決です』とか言いかねんぞ」
……ひどく言っているようすを想像できてしまった。
「まあ、それくらい気楽に考えないといい発想は出ないってことよ」
そんな無責任なことを言いながら、私は立ち上がる。もう大体の話はわかったし、これ以上話すこともないでしょう。
「……北方、行くのなら気を付けろよ」
扉を出ようとしてかけられたその声に、私は不敵な笑みで返すのだった。
「大丈夫よ、私をだれだと思っているの?」




