106話:戦争回避に向けて・その4
「いつからという質問に答えるならば、わたくしが8歳のころ、約8年前のことになります」
正確には7歳の時点で、計画はあったけど、具体的に行動に移したのは8歳のころだ。7歳のころは自力を鍛えるというか、家庭教師をつけて勉強することに専念していたし。
「8年前……。なぜそのような時期から戦争が起こるということがわかるというのだ」
まあ、当然の疑問だろう。というか、ユーカー様にも説明したばかりなので、似たようなことをもう1度説明するのは、わたしとしても面倒なのだけれど、さて、陛下にはどう説明すべきだろうか。
ラミー夫人流に「知り得ない知識」なんて言っても理解は得られないだろう。しかし、陛下に関して、何か説得できるような知識はあっただろうか……。ラミー夫人とわたしがつながりを持っている以上、過去の出来事に関しては、ラミー夫人から聞いたという可能性をはらむ。しかし、未来のことを言ったところであまり意味はない。ただの予測にしかならないし。
わたしの知る限りの陛下に対する「知り得ない知識」は、ウィリディスさんのことなのだから、それ以上のことはそうそうでてこないだろう。
「大変申し訳ございませんが、なぜという言葉に対する返答は持ち合わせておりません。わたくし自身にもわからないのですが、わたくしにはほかの人が『知り得ない知識』というものを持っています」
正確には、「なぜ知っているのか」ということに対する答えは持っているけど、それがなぜなのかということに関する答えはない。
それに、「前世でやっていたゲームの世界なんですよ」などといって理解を得られるはずもないので、「持っていない」というのが通しやすいだろう。
「『知り得ない知識』か、例えばどのようなことを知っている」
どのようなことをと言われても……。いや、ここはアシストを使おう。せっかくこの場にウィリディスさんがいるのだから。
「例えば、ウィリディス様の素性のことや『黄金の蛇』のことなどがわかりやすいでしょうか。8年前にウィリディス様には、わたくしがその素性や秘宝のことを知っていることは明かしましたし」
そう言って、ウィリディスさんに視線を向けると、彼女は頷いた。肯定と取れる頷きは、陛下も理解しただろう。
「また、7年ほど前になりますか、表の顔で接触してきた彼の方、『黄金の蛇』に素性を知っていることや、将来的に起こるであろう戦争こと、それからウィリディス様の素性などを教えたのもわたくしです」
これらのことなら陛下も理解できることだろうと思って、いくつかのわたしの行動を明かした。それらは、「知り得ない知識」がなければできないことだろう。
「なるほど、あのときの一件、その情報提供者はカメリア嬢だったのか……。しかし、まあ、そうか。三属性ともなればあの言い草も納得はできるのか……」
どうやら、ラミー夫人は裏取りに陛下を訪ねたときに何やら言っていたようだ。まったく、何を吹き込んだのやら……。
「しかし、その『知り得ない知識』というのは、どの程度のことを知っているものなのだ」
と、問いかけてきたのは王子。確かに、彼にも詳しく説明したわけではないし、気にもなるのだろう。
「さすがにすべてを知っているというような大げさなものではありません。知らないことは知りませんし、あくまで知っているのは知っていることだけです。ただ、その知っていることというのが、ほかの人には『知り得ない知識』も含まれているというだけで」
全知全能、この世のすべてを知っているみたいなことであれば、わたしもこんなに困ってはいないだろう。わたしが知っているのはあくまで「たちとぶ」と「たちとぶ2」の範囲での出来事が中心だ。それ以前などは外伝やミニストーリーで補完したり、ビジュアルファンブックで知ったりしているものの、それで知れる分はたかが知れている。
「では、例えばだ、これから起ころうとしている、回避しようとしている戦争がもしも起こった場合、どのような結果になるというのはわかるのか?」
それは、戦争の結果しだいでは回避せずに強行してもいいのではないかと、そのようなことを考えていそうな気もする。
「わたくしの知る限りでは、戦争は2通りの結末を見せます」
「2通り、それは勝つか負けるかなのだから2通りだろう」
まあ、確かに、勝つか負けるかでいえば2通りしかないのだろうけど、引き分けということはまったく考慮しないのか。あるいは、負けていないから勝ちという言い訳じみた話か。
「いえ、勝つか、引き分けるかのどちらかです」
ただ、これを言うと、回避しないで戦争してもいいのではないかという方向に傾きそうであまり言いたくはなかった。戦争したらわたしが死ぬので絶対に、しないように説得するけども。
「ただし、引き分ける場合は、実質負けのようなものです。秘宝を奪う際にウィリディス様が殺害され、それ以上向こうが戦争をする理由がなくなり、不平等な条約でディアマンデ王国は実質支配されているような状況に置かれるでしょう」
だから、あくまで戦争は回避したほうがいいという意味も込めて、戦争になった場合どうなるのかを語る。
「勝つ場合においても、かなり多くの土地が被害に遭い、多くの方が亡くなります。わたくしもまた、おそらく殉死することになるかと」
だからこそ、回避するためにこれだけ動いているのだ。いや、確実に戦争が起きたら死ぬとは限らないのだけど、それでも戦争そのものを回避すれば「戦争で死ぬ」ということ自体が覆ると思う。
「お前が殉死するというのは本当なのか?」
「……殿下には前にも話しましたが、戦争を回避するというのは国のためであると同時に、わたくし自身の目的も含まれています。それがわたくしの死を回避することでもありました。軽蔑成されますか?
わたくしも国のため、あなたのために死ねるなら本望と言い切れるような女だったらよかったのですがね」
そもそも、この人のためなら命を捨てても構わないと言い切れるような相手に、家族を除いて、わたしは出会ったことがない。だからこそ、それこそ、そのような人と家族になるのが理想なのかもしれないけど、会ってないんじゃどうしようもないでしょう。
「軽蔑はしない。生きるというのは衝動として大事なものの1つだろう。
それに、お前が生きれば、国への功績は、お前が死したときよりも格段に多く残るだろう。それはすなわち、国の発展だ。生きてもらわねば困る」
……わたしは生き延びたら国に関与するつもりはないんだけどなあ。
そもそも、不用意に大きな技術の進歩をもたらすのもどうかと思う。自然的な歩みというか、そういうことも必要だろう。錬金術を発展させてしまったのは、あくまで戦争が起きないことで、戦争で発展するはずだった錬金術が発展できないことを考えての対処に過ぎない。
天使アルコルの言うところの変革者なるものよろしく、世界を大きく変革させるつもりはまったくないのだ。
「だが、しかしだ。戦争を回避したとして、カメリア嬢、君のことはどのように説明すればいい。いまのままでは、カメリア嬢も、そしてアンディも立場が悪くなっているだけだ」
確かに、いまの王子はわたしを処刑したことで、様々なやっかみを受ける状況にある。そして何より、やっかみ以外の追及もある。わたしのことは正直どうでもいいのだけれど、王子の立場を悪いままにしておけないのは事実だ。
「わたくしとしては、悪事を働いたことにして、それゆえに処刑したと断じていただければいいのですが。あくまで、わたくし個人の悪事、家は関係なく、という形で」
実際、「たちとぶ」では、確か国庫資材横領と反逆罪で処刑されたんだったかな。記述が少なすぎて断定はできないけど、そうだったはず。
「それでオレを、『悪事を働いた婚約者を処断した正しき王子』とでもするのか?
だが、処刑に見合う悪事となると相当難しいだろう」
まあ、正直、国庫資材横領と反逆罪で処刑されるには、どんだけの額を盗んでいたのかという話になってくるし。
……しかし、そこにある要素を加えればどうにか処刑にふさわしくなるかもしれない。
「先に話した、ある兵器を、わたくしが国から盗み、国家転覆のために使おうとしたとでもしていただければ。それに気が付いたラミー様と殿下で未然に防ぎ、首謀者であるわたくしを処刑した、と」
フォルトゥナを使って、国を破壊しようとしていたとなれば処刑は妥当だろう。ロックハート家の評判は落ちるだろうけど、そのへんはうまくごまかしてもらいたいところ。
「それなら、何者かが国家転覆のために兵器を盗んだことに気が付いたオレとお前がラミー殿に協力してもらいながらも、首謀者を追いつめるためにお前を処刑せざるを得なかったとか、いくらでも、あとでお前の名誉を回復させる話に持っていけると思うがな」
いや、まあ、そうなんだけど……。できれば死んだことにしてほしいし……。さて、どうしたものか。
「そのあたりのシナリオはあとでいくらでも練れますゆえ、ひとまずは置いておきましょう。当面は、正式な問い合わせには調査中につき事情は話せないということにしておいていただければ。後日に正式な発表をするといえば多少は時間も稼げるでしょう。戦争を明確に回避できたなら、そのあとあらためて、理由を考えて報告するという形で」
それまでに、どうやってわたしを処刑したまま、王子の株だけを上げるいいシナリオを考えないといけない。それもみんなを納得させるものを。
「そうだな。このあとにラミーが北方に行くというのなら、その前にいくつか話を詰めておくとしよう」
陛下はそういうと大きく息を吐いた。話のスケールが想定よりも大きく、混乱しているという意味でもいろいろと思うところはあったのだろう。まあ、その原因の多くは、わたしも関係しているので申し訳なくは思う。ただ、本当の原因はファルム王国にあるので、恨むならそちらを恨んでいただきたい。
「しかし、うわさに聞く才女、カメリア嬢には一目会ってみたいと思っていたが、想像をはるかに超える『傑物』であったな」
「ユーカー公爵は『傑物』というよりも『怪物』とおっしゃっていました」
「言い得て妙だな。まさしく『怪物』だ」
わたしから言っておいてなんだけど、あまりそう呼んでほしくはない。だから、釘をさす意味で王子のほうには「絶対そう呼ぶなよ」的視線を向けておいた。
「これからしばらくは、どこでどう過ごすのだ」
「しばらくはジョーカー公爵家で隠れるように暮らすことになるかと。ユーカー公爵とラミー様が『北方』に行くのと同時か、その少し前に、わたくしは西側の国境付近に移るかもしれませんが……」
そうした、陛下からのいくつかの問いに答えると、わたしは隠し通路を通り、ジョーカー公爵家へと戻っていくのだった。
さて、これからは忙しくなりそうだ。
2021/07/17 東側→西側(方角関係のミス修正)




