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105話:戦争回避に向けて・その3

 わたし、カメリア・ロックハートは、それなりの緊張感と同時に、わりと蒸れて汗ばんだ服による不快感が合わさって、あまり気分がいいと言える状態ではなかった。


 正直、ローブは風を通さないし、仮面で顔が蒸れるし、正直汗だくで、この格好は失敗だったと思うくらいにきつい。ラミー夫人はよくこれを着られるな……。「氷結」で冷やしていたとか……、いや、さすがにそれはないか。


「それでは僭越ながら説明させていただきます」


 わたしはそういいながら、何から説明するのかをあらためて整理して考える。一応、このときを想定して考えていたものの、この場になると何から話していいのかわからなくなるものだ。


「すべての発端はファルム王国とツァボライト王国の戦争ともいえるでしょうか」


 物事を説明するときに、結論から入るべきか、最初の部分から説明していくべきかと考えるけれど、この場合は、先に結論を言っても混乱させるだけだと思うので、一から説明していくことを選んだ。


「ファルムとツァボライトの戦争だと」


 しかし、わたしの言葉は、余計に混乱を招いたようだ。まあ、「処刑したことにした理由」を問われて、その始まりが「ファルム王国とツァボライト王国の戦争」とかえってきたら困惑するのは無理もない。


「はい、その戦争です。その起因は陛下もご存知の通り、ツァボライト王国の秘宝である『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』にありますが、それは現在、こうして、ウィリディス様により、ディアマンデ王国に持ち込まれています」


 一応、ここではウィリディスさんを「ウィリディス様」と呼んだ。それは陛下の前であるというのもあるけれど、「ウィリディスさんの立場を知っていますよ」というアピールでもある。


「だから、それゆえに、その情報がだれにももれないように細心の注意を払っていたのだ」


 つまり、だれも知らないはずということだろう。だけれども、ファルム王国側の立場になって考えればある程度の予測はつくだろう。


「しかしながら、ファルム王国としては行方知れずの王族と友好的であったディアマンデ王国という関係性を考えれば、ディアマンデ王国に匿われている可能性を考えるのは時間の問題ではありませんか」


 もちろん、ほかの国やほかの大陸に渡った可能性も考えてはいただろう。しかし、ほかの大陸に行くにはアルミニア王国という壁がある。そこを突破するのは容易ではない。そうなれば候補は絞られていく。


「そうして、ファルム王国は探りを入れるために、ディアマンデ王国に密偵を送り込みました。それも貴族を抱き込み、推薦を得るという形で国の内部に近い場所まで届くように」


 その話をすれば、さすがにラミー夫人とファルシオン様が協力して捕らえた密偵たちのことを言っているということはわかるだろう。


「あの密偵たちがそうであるということか。だが、それと処刑にどういう関連性があるというのだ」


 いい加減、しびれを切らしてきたのか、一番知りたい部分である「処刑した理由」の部分を早く説明するように陛下はせかす。しかしながら、物事には順序というものがある。


「密偵たちの目的は、邪魔になる存在を把握すること、ある兵器を使用するための準備を整えること、ウィリディス様の所在、あるいは秘宝の所在を把握することであり、帰還命令が出ていたことからそれらすべての条件が整う状況であったことがわかります」


 実際、邪魔になる存在の把握として、わたし、ラミー夫人、アリスちゃん、「黄金の蛇」を選定したし、王城などの主要な場所にはフォルトゥナの「杭」がすでに設置されていた。そうなると、最後の1つが達成できたからこそ、帰還の命が出たのは想像できる。


「待て、ある兵器を使用するための準備だと?」


 そう反応したのは陛下ではなく王子。そういえば、王子は知らなかったのだったか。フォルトゥナの話をした覚えはない。そもそも建国祭に乗じてフォルトゥナが持ち込まれるかもしれないと思ったのがクロガネ・スチールの件のあとであったし、「最終手段」の説明のときにはそこを説明することもなかった。


「そちらの処理はわたくしとラミー様ですでに済ませてありますのでお気になさらずに。問題は、ウィリディス様の所在が把握されてしまった可能性が高いという部分です」


 問題の「杭」に関しては、建国祭時点ですべての「杭」を回収したことをラミー夫人から聞いている。処理する場所もすでに決めていて、その問題はほぼ解決したと言える。だからこそ、いま大きく話題にするべきはそこではない。


「それにより、もうじきファルム王国との戦争が始まる可能性が極めて高いと言えます」


 戦争と聞けば、陛下もそれまでの「処刑」の部分へのこだわりを一旦横に置かざるを得ないようで、鋭い目つきでわたしのほうを見た。


「確かに、……報告では密偵たちは戦争が起きるという戯言を口にしていたと聞いている。しかし、それが事実である確証はないともな」


 ラミー夫人とファルシオン様からの報告のことだろう。


「そう報告するように、わたくしがラミー様に頼んだのです」


 ラミー夫人にはなるべく、そう誘導するように頼んでいた。彼女はできる限りはやると言っていたけど、うまくいっているようだ。


「なぜそんなことをした。こちらの対処が遅れるだけだろう」


「では、失礼を承知でお聞きしますが、陛下は密偵が『戦争が起きる』と言っているうえに、本当に起きるかもしれないと聞いて、それを真実と判断し、すぐに対応にあたられますか?」


 わたしの言葉に陛下は口を閉ざす。そもそも時期的な問題もあって、すぐには対処できなかっただろう。


「建国祭を目前に控えた時期というのもあるでしょう。ですから、わたくしはラミー様に頼み、なるべくあいまいに伝わるようにしたのです」


「だが、結局、わが国が何の準備もなく、戦争になることになるだろう」


 少し怒気をはらんでいるような陛下の声。でも、わたしはあくまで冷静に言葉を返す。


「端から戦争をしようとした時点で、相手はツァボライト王国との戦争からずっと地続きで考え、準備をしているのですから、こちらの準備が遅れた時点でさして変わりはありません。

 それよりもわたくしは、その戦争を回避するべく行動するために、一連の行動を起こしたのです」


 もともと、ツァボライト王国と戦争をして、「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」を取り逃したときから、彼らは次の戦争を考えて、ずっと準備をしている。それに対して、数か月遅れたところでこちらができる準備などたかが知れている。


「戦争を回避するためだと……?」


「戦争となれば、必ず貴族の中には、戦争を訴える派閥が現れます。もちろん、その反対に、戦争を回避しようとする派閥も。そうした分裂状態で戦争を迎えることが最も危険な状況です。ならば、最初からそのような状況も作らずに、戦争を回避してしまうことが一番でしょう」


 貴族が一枚岩なはずもない。特に攻め込まれる西側は自分の領地が戦禍に遭うかもしれないのだから戦争を避けたがるだろうけど、それ以外の地域では、他人ごとのように敵国を許すなと声を上げるものもいる。国の意見が分かれた状況での戦争ほど不利なものはない。


「だから、密偵の件もあいまいな報告にして、あくまで内々の範囲で留まらせたということか」


「兵器のことを内密に処理したことも、そして、わたくしが処刑されたことにしたことも、この一連の行動はすべてが戦争回避のためです」


 もちろん、処刑されたことにした裏には、王子との婚約回避というわたし自身の目的もあるけれど、戦争回避のためというのはウソではない。


「ようやくそこに話が行きつくのか。それでは、あらためて説明してもらおう。なぜ、カメリア嬢は自身を処刑されたことにしたのだ」


 陛下が一番気になっていた部分なのだろう。まあ、王子を呼び出した本題でもあるのだから当然と言えば当然だけど。


「はい、説明させていただきます。おそらくですが、このあと、しばらくして、北方付近で不審な事件が起こります。もちろん、ファルム王国の手によるものですが、ユーカー公爵とラミー様はそちらにかかりきりになると思います」


 そのもののズバリな答えが来ると思ったら、また遠回りだったので、陛下としては眉をひそめたのだと思うけど、状況を聞いて思うところはあったのだろう。


「そして、『黄金の蛇』はその時点で動けないことになります。まあ、時期柄、蛇らしく冬眠するということにでもしておきましょうか」


 冬眠というのはただの冗談だけれども、陛下にはわたしの言いたいことは伝わったようだ。


「わたくしもアリスさんも立場上、自由に動くことはできません。そうなれば、ほかのだれにも戦争を回避することが格段に難しくなります」


 騎士を動かせば貴族にバレる。少数精鋭でもどうすれば回避できるのかがわかるブレインがいなくては意味がない。だからこそ、わたしかラミー夫人くらいしか戦争を回避させられる人はいない。

 これはわたしの頭がいいと言っているのではなく、純粋に知識の問題。わたしだけが、ファルム王国がどう動いて戦争を始めたのかを知っている。それだけの話。


「だからこそ、わたくしを処刑することで、危険な存在がどう動くかわからないという抑止力にしつつ、この借りた『黄金の蛇』の姿で自由に動き、戦争を回避するというのが、わたくしがわたくし自身を処刑したことにした理由となります」


 これで納得するかどうかは別としても、説明はし終えた。いろいろと思うところはあるのだろう、陛下は額を押さえていた。


「戦争を回避したいという思いは伝わった。その作戦が成功するかどうかは置いておいてだ。何せ、個人の力に頼った作戦だ。それこそ、成功すると言い切れる保証はどこにもない。だが、あの『黄金の蛇』殿が止めるのではなく、協力することを選んだのなら、それだけ成功する確率が高いと判断したのだろう」


 ここにおける信頼はわたしに対するものではなく、「黄金の蛇」、そしてラミー夫人に対する信頼の高さなのだろう。彼女を味方につけておいてよかったとつくづく思う。


「しかし、いつから動いていた。ラミーとの間柄を考えると見えてくるものはあるが、そう考えるとおかしい部分も見えてくる」


 いつからというのは具体的な行動開始のことではなくて、漠然とした行動開始の時期の話だろう。なぜなら具体的な行動開始の時期は、先ほどの話で予想できる範疇だからだ。


 さて、どう答えたものか……。

2021/07/17 東側→西側(方角関係のミス修正)

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