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104話:ウィリディス・ツァボライト・その3

 私、ウィリディス・ツァボライトは、殿下とともに陛下のもとへと呼び出された。本来、使用人の立場である私が陛下の部屋へ同行することはないのですが、特例として通されるとのこと。


 陛下ご自身としても、私と公的な場で会うのは、好ましくないことだと思うけど、殿下への詰問を非公式の場という形で行うわけにもいかないということで、人払いこそされているものの、陛下の執務室での謁見。

 さすがに謁見の間などの場で行うわけにもいかないということで、執務室なのだとは思うけれど……、カメリアさんはどうするのでしょう。……まあ、彼女のことは考えるだけ無駄なのかもしれない。


 陛下は重苦しい顔で殿下を見ると、静かに目をつむり、何を聞くべきか考えるようにわずかな間を空けてから口を開く。


「アンディ……、アンドラダイトよ。なぜ呼ばれたのかはわかっているだろう」


 愛称で呼び、それからそれがこの場にふさわしい呼び方ではないと判断なされたのか、あえて呼びなおしてから問いかける。それに対して、殿下は沈黙を選んだようだ。


「一体、お前に何があった。妙な甘言、戯言にでも騙されたか」


 陛下も、殿下が正常ならば、あのようなことはしないとお考えのようで、だからこそ、何があったのかを問うているのだと思う。もしや、だれかが裏で糸を引いているのではないかと。

 ……確かに、だれかが糸を引いているのかもしれない。まあ、そのだれかというのが処刑された張本人だとは陛下もお考えにならないとは思うけど。


「婚約が嫌だったか。別に好ましい女性でもできたか」


 その言葉に、殿下はピクリと眉を動かした。……実際、殿下としてもアリス・カードさんに惹かれる部分があるのは事実なのだと思う。でも、それ以上に、カメリアさんへの思いも人一倍にある。

 その感情が恋愛感情であるか否かは別として、私の見る限りでは、殿下に婚約が嫌とか、カメリアさん以上に好ましい女性がいるとかなどということはあり得ない。


 きっと、だからこそ、その言葉に反応を見せてしまったのだと思う。まるで自分の感情を否定されているかのようで。

 でも、それでも殿下は沈黙を貫いた。反論することも、肯定することもしなかった。


「お前とカメリア嬢の間柄が悪いものではなかったとは聞いていた」


 陛下は殿下の沈黙に堪えかねたのか、頭を押さえながらそのように言う。おそらく、私からの話であったり、ほかの方からの話であったりというのも合わせて、そう判断なされたのでしょう。


「それは、ウィリーにか」


 殿下がそこで初めて口を開いた。公式な場ではあるものの、この空間には陛下と殿下、そして私しかいないので敬語ではなく、崩した言葉を使われたのだと思う。しかし、殿下は私の名前をあえて出して、どうされるおつもりなのか。


「……ああ、彼女からはお前の様子を使用人の立場としてどう見えているのか定期的に聞いていたのでな」


 わずかな沈黙と陛下のお答え。それを聞いた殿下は、まるで鼻で笑うような小さく笑う。


「第二夫人の立場としてではなくてか?」


 なるほど、ここでカメリアさんから聞いたことを生かして、話題を変えて、カメリアさんが来るまでの時間を稼ごうということのようだ。では、私もそれに合わせた言動をするべきでしょう。


「……何の冗談だ」


 と陛下がおっしゃるものの、その答えるまでのわずかな間は、ごまかしきれないほどの焦りを感じるには十分。私は陛下がここまで焦ってらっしゃる様子を見たことがなかった。


「冗談ではないことくらい、父上が一番理解しているだろう?」


 陛下がここで初めて長い沈黙状態に。そして、しばらく、間を空けたうえで、私のほうを見て、陛下が口を開く。


「話したのか?」


 短い問いかけではあるものの、その意味は十分に伝わるし、予想も出来た問いかけ。それだけに、私も答えを返しやすかった。


「いいえ、私は殿下に話していません」


 これは事実。私ではなく、カメリアさんがすべてを明かした。私自身は殿下に話したわけではない。その場に立ち会ってこそいたけれど。


「……ウィリーに聞いたわけではない。もちろん、ファルシオン公爵に聞いたわけでもない」


 殿下が陛下の質問を先回りして潰すように言う。だからこそ、陛下はより一層、沈黙せざるを得なくなってしまった。

 今度は、先ほどまでと逆転するように、陛下が沈黙し、殿下が口を開くような状況になる。


「オレは別段、黙っていたことを咎める気はない。しかし、ツァボライトのことは別だ」


 そこで陛下の表情が歪む。それこそ、知るものはほぼいないと言っても過言ではない秘中の秘。だからこそ、だれが情報を渡したのかと懸命に考えていらっしゃるのだと思う。


「『黄金の蛇』殿から接触でもされたか」


 ……カメリアさんの経由で、おそらく「黄金の蛇」は知っている。だからこそ、名前を挙げたのでしょう。ですが、殿下は首を横に振る。


「接触を受けたことはないな。そも、かの御仁は人前に滅多に現れないと聞くが」


 いずれ、殿下が王位を継承される際に、接触などはされるかもしれないけれど、いまのところは私の知る限りでも、殿下がそのような機会があったとは知らない。もちろん、()の方なら、私の知らないところで殿下と接触を持つことは可能だとは思うけど。

 そもそもどのような方なのか私自身知らないし。


「確かに、黙っていたことは事実だが、情報はどこから漏れ出るかわからない。それはお前もわかるだろう。それよりも、いまは、お前の話に戻すべきだ」


 つまり、最初の「なぜ処刑をしたのか」という部分に話が戻る。しかし、殿下は、そこで何かに気が付いたように、目を見開いた。その視線は陛下の後ろへと向けられている。

 私もその視線を追うと、手が見えた。


 手。人の手である。


 その手はまるで、殿下に合図を送っているようでもあり、殿下は静かにため息を漏らす。そこまでくれば私にもその手がだれのものかわかる。まあ、そうでなくても、容易にわかったというか……。


「そうだな、父上。話を戻そう。オレがカメリアの処刑を独断で強行した理由だったか」


 そうとわかれば時間稼ぎの必要もない。殿下は、先ほどまでの沈黙をなどなかったかのようにしゃべりだす。


「ん、ああ、そうだ」


 急な殿下の態度の変化に、陛下も困惑したようで、戸惑いが顔に出てしまっていた。しかし、陛下の戸惑いもよくわかる。


「だが、それに関しては、オレよりももっと説明をするにふさわしい人物がいると思うが」


 その殿下の言葉と同時くらいに、陛下の背後でかすかな音がなり、現れた人物の姿に、私と殿下がぎょっとした。


 ローブで全身を覆い、面で顔を隠した人物が現れれば、だれしもそのような反応だろう。特に、私も殿下もカメリアさんを想像していたから余計に。


 そして、その反応で、陛下も背後で何か起こっていることに気が付いたのか、背後を振り返りながら声をかける。


「『黄金の蛇』殿か、いまは取り込み中ゆえ、後日……、いや、だれだ、お前は」


 見た姿は、伝え聞く「黄金の蛇」そのもの。でも、陛下が「だれだ」と問うということは、本物の「黄金の蛇」とは異なる部分があるのだと思う。身長か立ち姿か、それとも気配のようなものか。それは私にはまったくわからないけど。


「なるほど、あてがあるとは言っていたが、『黄金の蛇』がそうだったとはな」


 ああ、そういえば、目立つ容姿はどうするのかと聞いたときに、「そこは考えがあるので大丈夫です」と彼女は言っていた。なるほど、動けない「黄金の蛇」の姿を借りたということなのでしょう。


「申し訳ありません、謁見の間とどちらかわからず、少し手間取ってしまいました」


 そういって、彼女はローブを脱ぎ、仮面を外す。



 燃え上がるように赤い炎のような赤い髪と、動きやすくするためか、普段のドレスや制服とは異なる薄い服で強調されるボディライン。ローブで蒸れたのか、汗ばんだ彼女は同性でも息を飲むくらいに色気をまとっていた。



「国王陛下におかれましては、お初にお目にかかります。このような格好で申し訳ありません。ロックハート公爵家次子のカメリア・ロックハートです」


 うやうやしく頭を下げる彼女は、確かに貴族ではあるのだろうけど、そこよりも女性という部分に目が行ってしまいそうななまめかしい雰囲気をまとっていた。


「あー、まずはローブを羽織れ。その格好はさすがに……」


 殿下がそういったので、カメリアさんは「ですから申し訳ありませんと謝ったではありませんか」と言いたげな表情でローブを羽織った。殿下の思う感情的意味合いとカメリアさんが受け取った意味合いはおそらく食い違っているのだろうなあと思いながらも、私は咳ばらいをして、話を元に戻すことにした。


「陛下、こちらの方が、殿下に『カメリア・ロックハート様を処刑するように願いを出した』カメリア・ロックハート様です」


 説明していて頭がおかしくなりそうな言葉ではあるけど、事実を述べただけ。カメリアさんを処刑するように殿下に依頼したカメリアさんである。


「……説明を頼めるか」


 頭を抱えてしまいそうなほどの混乱が陛下に訪れたのだとは理解できるものの、陛下は整理する意味合いも含めてか、酷く重苦しい声でカメリアさんへ説明を求めるのだった。

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