103話:戦争回避に向けて・その2
「しかし、五属性か……。いままでに前例をきいたことがないけど、その上、複合魔法を6種。おそらく、この国で、いや、大陸で、それとも世界でかな、最も魔法に秀でた存在なのかもしれない」
ユーカー様は、「うーん」と唸りながら、そんなことをつぶやいた。しかし、それは言いすぎだと思う。使える種類が多いということと魔法に秀でていることがイコールではない。単一の属性でも極めれば……、あるいは、単一の属性だからこそ鍛えれば複数の属性を持つ魔法使いをしのぐ存在になれるかもしれない。
「だけど、だからこそ心配だ。まだ子供といってもいい年齢の少女がその力を持ってしまったことが。特に君は見目麗しいからね、様々な厄介ごとが付きまとうだろう」
さらりと容姿を誉められたけど、なるほど、ユーカー様的には誉めているというよりは、そう思ったというのをそのまま伝えているだけなのだろう。
「だからこそ、ロックハート公爵は、彼女の使える魔法属性の数を三属性と公表したのだしね。まあ、それでも十分に厄介ごとは付きまとうでしょうけど」
わたしは処刑された身だからね、そのあたり、関係ないというか、関係できないというか、政治にかかわらず、余生を自由に生きたいのよ。というか、戦争を回避するだけの功を立てたら、もう充分だと思う。残りは何もしなくても。
「戦争を回避したあと、わたくしの立場はただの死人ですからね、魔法を封じてひっそりと生きていきますよ。そうすれば厄介ごとも減るでしょう」
とはいうものの、アリスちゃんにも説明したように、魔法を持っている以上は、平民と同様に暮らすというのは無理。そのため、ひっそりと暮らそうにも監視付きと火になるでしょうけど。
「処刑はウソだったと……いうわけにはいかないか」
ユーカー様の言う通り、戦争を回避した場合に、処刑がウソだったと公表するのは難しい。何せ、「戦争を回避するために処刑したことにしました」なんてことは言えないわけだから。そもそも、せっかくファルム王国との戦争を未然に回避したのに、向こうが戦争をしようとしていたことを明かしたら、貴族の中には「こちらからファルムに仕掛ける」という戦争派が出てくることが容易に想像できる。
それでは何のために戦争を回避したのかわからなくなってしまう。
かといって、どう取り繕っても、「処刑したことにした」というのは事実だ。ウソや冗談だったというのは王家が信頼を損なうことになる。どんな理由をでっち上げようとも「処刑したことにした」ことを正当化するのは難しい。
「私としては、私の秘書にでもなって知恵袋として手を貸してほしいのだけどね」
それもいいかもしれない。ラミー夫人なら事情は全部知っているし、わたしの自由も容認してくれそうではある。ただ、おばあちゃんの知恵袋的ポジションなのはどうにも納得いかないけど。
「知恵袋……、君に?」
それは「黄金の蛇」という事情通のラミー夫人に知恵袋なんているのかという意味だろう。まあ、自分の子供と同年代の少女が、この国の情報に精通している「黄金の蛇」以上の情報を持っているなんて思うはずもない。
「彼女は『知り得ない知識』を持っているのよ」
いや、それじゃあ、まったくもってユーカー様には伝わらないだろう。
まあ、詳しく説明したとて伝わるかはわからないけれども……。
「カメリアさんは、私と初めて会ったとき、すでに『黄金の蛇』のことを知っていたのよ。継承の経緯も含めてね」
おそらく「黄金の蛇」のことを知っているのは陛下とユーカー様ぐらいなので、それがどれだけあり得ないことかは、彼にもわかりやすいだろう。
「だれかが伝えたというわけでもないだろうし……、なるほど、『知り得ない知識』とは言い得て妙だ」
まず、陛下がわたしに伝えるという可能性がほぼない。「黄金の蛇」の重要性をだれよりも知っているのが陛下だからというのもあるし、わたしと陛下のラインが確立できているのなら、先ほどのような誘導を頼まずとも、直接、陛下に殿下を詰問するように頼めばいいし、そもそも、つながりがあるならそれすら必要ないのだけど。
そして、ユーカー様自身も誰かに情報を伝えた覚えはない。だからこそ、だれかが伝えたという線は除外したのだろう。
「もちろん、私がバレるようなヘマをするわけないことは、あなたもわかっているでしょう?」
ラミー夫人自身が情報をもらした可能性というのも考えづらい。そうなると、「知り得ない知識」なるものに信ぴょう性が出るというわけ。
「今回の戦争の件もそうよ。彼女は私と出会ったときから、戦争が起こると言っていたわ。そして、それを回避するために力を貸してきた」
「……なるほど、そんなにも大仕掛けだったわけか。そして、処刑の件もその仕掛けの一部。しかし、それならもっと早くにかませてくれてもよかったんじゃないかい?」
確かに早い段階で公爵の力を借りられていたら、もっと優位にいろいろと勧められたのかもしれない。だけれども、
「数年前のあなたに言ったところで信じないでしょう。いまは密偵の身柄確保など様々な証拠が揃いつつある現状だけど、そうでもない時点で信じるのはおかしいし、公爵という立場なら信じないほうが正しいわ」
そもそも、ラミー夫人が信じたのもおかしいのだけど……。まあ、知らないことを言い当てて信頼を得たのと、そもそもラミー夫人が面白そうだからと乗っかったのが主な要因であって、戦争のこと自体を絶対的に信じていたわけではなかったのかもしれないけど。
そして、公爵という立場で、そんな勝手なムーブをして、もし本当でなかったときのことを考えるなら、やはり、その時点では信じないことが正しいのだと思う。
「まあ、確かにそれもそうか。だとしても、もう少しやりようが……、いや、過ぎたことを言っても仕方ないか」
溜め息をつくユーカー様だけど、心底参ったというよりは、「相変わらずだなあ」とでも言いたげな表情で、ユーカー様とラミー夫人の間柄がうかがい知れる。
「しかし、ほかにはどのようなことを知っているんだい?」
そして、言葉通りに過ぎたことを言っても仕方ないと判断したのか、話題を元の「知恵袋」のほうへと戻していくようだ。
「どのようなことと問われましても、わたくしの知識にはむらがありますから、一概にどのようなことというが難しいのですが……」
そもそも、知っているとはいくらでも言えるものの、その知っていることに対する裏付けをユーカー様が取れてこそ初めて成立するのだし、だれも知らない、記録も残っていないようなメタル王国の話をひたすらにしたところで、ただの妄想とも事実ともどちらともいえるだろう。
「例えば、そうだな……、ユーカー・ジョーカーという存在について知っていることはあるのかい?」
つまり自分自身についてということだろう。でも、わたしはあまり知らない。何せ、「たちとぶ」本編では、アリュエット君のルートでもメインで出てくるのはラミー夫人であって、ユーカー様は「北方」に籠り切りだったし。
女性をたらしこむことに関してもうわさとして伝わっているだろうから、知り得ないことではない。
そう考えると何を言えばいいのかかなり迷う。
「ああ、そうですね、アンさんの話などはできますが……」
「その話はやめておこう。もっと別の話にしようか」
アン。ユーカー様にたらしこまれた女性の1人で、わたしが知る限り、明確に名前がでているのは、このアンさんだけ。しかもミニシナリオではなく、本編で触れられていたため、一応、ビジュアルファンブックの人物紹介に僅かながらの記述があった。
確か、本名はアン・クーンだったかな。
ジョーカー家ゆかりの人物は、トランプゲームから名前がきているそうで、このアンさんも「コンキアン」というラミー系のトランプゲームから名前がとられているらしい。「クーンキャン」という別の呼び名との組み合わせだとか。
結構危ない関係……この場合は、やらしい意味ではなく、命の危険的に危ない関係までいったらしく、ユーカー様も下手すれば刺されていたかもしれないと冷や汗をかくのが彼女。
「あら、私としてはもっと詳しく聞きたいのだけど?」
ラミー夫人が追求しようとするも、ユーカー様からの「何か別の話題をくれ」という熱烈な視線に堪えかね、仕方なく別の話をする。
「そうですね……、確か、ユーカー公爵は『北方』で出土した絵の解読を試みているとか」
「ああ、報奨金もかけてね。もしかして、解読できるとかかい?」
さすがにそれができれば苦労はないけど、そんなにわたしの知識は万能ではない。わたしは首を横に振り、答える。
「いいえ、さすがに解読はできませんし、答えも知りませんが、手掛かりになるようなことはわずかながら知っています」
そう、「下方の民」だ。メタル王国関係であり、しかし「ととの」において、その名前が出たような覚えはない。だけど、メタル王国でそう呼ばれていたのなら、あの地域に住まう人々がいたのだろう。
「かつて、戦争で滅びた、大陸全土を支配していた大国、メタル王国。その建国は、大陸中の国ともいえない規模のものをまとめ上げて成り立ったものです。当時の地図は、いまのものと比べると上下が逆さだったこともあり、『北方』が『下方』にあったゆえに、おそらく『下方の民』と呼ばれるに至ったのでしょう」
「つまりは、その時代のものということか。大国というものと、様々な人々をまとめ上げた、おそらくその際には放逐された人々もいるのだろうな。そうした点を踏まえてみれば……。いや、確かに面白い話だ。解読をしている学者にさっそく教えよう」
そう言って、ラミー夫人から紙を受け取り、すらすらと学者に宛てた手紙を書き始めるユーカー様だけど、そこに笑顔で……、怖い「笑顔」で、
「それでアンという人物についての話を聞きたいのだけど」
とラミー夫人が言う。ユーカー様の筆は止まり、「あー、その、えー」とか明後日のほうを見て言うばかり。
「カメリアさん、説明してくれるかしら」
「え、ああ、はい。アンさんは、『北方』にあるクーン商会という商会を持つ商家の娘さんでして……」
「それ以上はダメだ。そこから先は、本当にやめてくれ。本当にそんなつもりはなかったんだ。あんなことになるとは思っていなかった……。なんで、なんであんなことに……」
慌てふためくユーカー様だけど、そんな様子を尻目に、ラミー夫人はあっさりと「続けていいわよ」とわたしに続きを促した。
そうして、しばらく、わたしたちの談笑は続いた。わりとユーカー様は洒落にならないくらいへこんでいたけど、ラミー夫人は「自業自得」とあっさり言い捨てていた。愉快な夫婦だ……。




