102話:戦争回避に向けて・その1
わたし、カメリア・ロックハートは処刑され、すべての身分を失った。名前も地位も。でも、そんなことはさしたる問題ではない。
いま、この現状において大きな意味を持つのは「処刑された」という事実である。もし、どう足掻いてもわたしを処刑するという運命があるのだとしても、その運命の通り、わたしは「処刑された」のだから、運命は果たされたのである。
そして、「処刑された」ということが持つ意味はほかにもある。何せ、わたしは死人だ。戦争を回避した後でも、わたしは死人であり続ける。王子も死人とは結婚できない。
これで、晴れて「王子の婚約者」という肩書も処刑台に置いてくることができたのだ。
そう、「最終手段」というのは「処刑を回避できないときの回避方法」というものだった。つまり、処刑が回避できないのなら「自ら処刑されてしまえ」というもので、アリスちゃんと王子の仲をわたしが「第一夫人の立場」に立ちながらうまい具合にくっつけて、その後に処刑されたことにしたことで、その立場をすべて放り投げて、アリスちゃんが繰り上げて第一夫人になるという作戦。
それを「戦争回避」に重要な作戦として組み込むことで、うまい具合にその真意を隠しつつ、「最終手段」を達成しながら戦争回避へ全力で向かえるわけだ。
そして、戦争さえ回避してしまえば、わたしは晴れて自由の身。これぞまさにパーフェクトな計画と言えるでしょう。
「それで、あなに言われたものの貸す準備はできているわよ。……というか、よくここまで誰にも見られずに入ってこられたわね。建国祭で忙しいのはあるけれど、……警備体制を一度見直したほうがいいかしら」
ラミー夫人としては迎えに来るつもりだったらしいけど、わたしはするりとジョーカー家に潜り込んでいた。これにもいろいろと理由は考えられるけども、そもそも、入りびたりでどこに誰がいるのかのおおよそを把握していることが大きいと思う。
「そも、この程度ができないようでは、これからやろうとしていることが成功するはずもありません」
何せ、国相手にそれをやろうとしているのだから、この程度、隠密にできないようでは話にならない。ジョーカー家の警備がざるというわけではないとわたしは思う。あと、もう1つあるとすれば、……
「ラミー、少しいいかな」
軽いノックとともに、あまり返事も待たずに、ラミー夫人の部屋に入ってきた彼の存在もあるのだろう。
「君の耳に少しばかり入れておき……、む……、ああ、なるほど」
ユーカー・ジョーカー公爵。彼を一言で説明するのなら、「少年漫画の主人公」である。それもバトル、熱血ではなく、ラブコメのほうの。
なんというか、彼もまた、色濃い人物なのだけど、「たちとぶ」ではあまり登場することもなく、どちらかというとラミー夫人の過去、「黄金の蛇」の話での印象が強い。
自分からトラブルに飛び込んでいくタイプのラミー夫人に対して、ユーカー様は無意識にトラブルに巻き込まれるタイプで、何気ない行動が様々な問題につながることもある。また、彼自身の意識した言動ではないのだけれど、女性に優しい言葉を自然と使うナチュラルたらし。
そのため、ラミー夫人と関係を持って以後は、なるべく口数を少なくするようにとラミー夫人に言われ、ぶっきらぼうのような態度に見える言動をしている。それでも、彼にたらしこまれた女性はいるそうだけど……。
「それで、さすがに今回ばかりは『冗談』で済む範囲を超えていると思うけど、何が目的なんだい?」
ユーカー様が部屋にやってきたのは、ラミー夫人にわたしの処刑を知らせるため。だけど、部屋に入ってみれば、わたしとラミー夫人が話している。そこで、彼はラミー夫人が何らかの目論見をもって、処刑させたことにしたと判断したようだ。
「今回は、私がやったことじゃないわ。彼女がそう考え、行い、私はあくまでそのフォローをしただけよ」
肩をすくめて、少し困った顔……の演技だろうか、そんな表情で、ユーカー様に言う。しかしながら、普段のラミー夫人を知っているのだろう彼は信じていないようだ。
「君がフォローする側に回るような気質じゃないだろう。なんだい、裏で糸を引くなんて言うのは……、まあ、やっていないこともないだろうけど、こんな大事にするのは君らしくもない」
裏で糸を引くのをやっていないこともないというのは「黄金の蛇」のことだろう。わたしがいるからか、直接的な言い方はしなかったけど。
「本当に、私が裏で手練手管を弄しているわけじゃないわ。それに、これが『大事』ではなくなるような本当の『大事』を回避するために、彼女が打った一手よ」
そこまでラミー夫人が言ったことで、何やらいつもとは違うとユーカー様も感じたのだろう。空いている席……、わたしの対面に腰を掛けて、本格的に話を聞くことにしたようだ。
……一応、家の主なので、本来は上座、ラミー夫人の位置に座るべきだろうけど、尻に敷かれているみたいだし、ラミー夫人の私室だから、まあ、いいでしょう。
「傑物であるとは『北方』にまで伝え聞こえていた。彼女があの三属性の魔法使いにして、錬金術分野、魔法学分野などあらゆる方面で才に秀でているとうわさのカメリア・ロックハート嬢だろう」
本人の目の前でそこまで大仰な誉め方をすると、嫌味っぽく聞こえたり、あるいは下心があるように聞こえたりするものだけど、彼の言い方にはそうしたものは一切含まれておらず、純粋な気持ちだけがあるように聞こえるから不思議だ。
「そのカメリア・ロックハートかどうかはわかりかねますが、わたくしはロックハート家次子のカメリア・ロックハートです」
さすがにあれを「はい、わたしがそのカメリアです」と言えるほどの図太さは、わたしにはなかった。
「そのカメリアさんで間違っていないわよ。でも、そんなうわさはまったく不十分。カメリアさんの本質をまったく突いていない表面的な功績を挙げ連ねたものにすぎないわ」
わたしが肯定しなかった部分をラミー夫人が肯定しつつ、さらに持ち上げるという、本人の目の前でやらないで欲しい誉め方をしてくる。
「君がそこまで言うのなら『傑物』という評価は間違っていないわけだ。だけど、それでも、今回の大事はいくら面白くなりそうだからといっても、君は止めるべきだったんじゃないかい?」
そのユーカー様の言葉に、ラミー夫人は答えずにわたしのほうを見た。それは「言ってもいいのよね」という視線で、こうなった時点で巻き込むことは決めていたので、静かにうなずいた。
「……『ファルム王国との戦争』。これがもうじき起こると言ったら、あなたは信じる?」
その言葉に、ユーカー様は一瞬だけ目を丸くして、言葉の意味を飲み込むように静かに目を閉じて、ラミー夫人に向かって「続けてくれ」とだけ言った。つまり、信じたのだろう。まあ、ラミー夫人がこの状況で冗談を言うとは彼も思っていなかっただろうし、何せ、あの「黄金の蛇」がそう言っているのだから信じるのに十分だろう。
「潜り込んでいた密偵の情報なんかはあなたにも渡したと思うけれど、彼らはファルム王国から来ていた密偵。そこまではわかっているわね」
ラミー夫人の確認に、ユーカー様は頷く。密偵のことは、各公爵には伝わっているようで、おそらくお父様も知っているだろうし、同様に、ユーカー様も知っていたようだ。
「彼らはツァボライト王国の秘宝を狙い、ずっと、ディアマンデ王国に攻め入る準備をしていた。そして、秘宝の在りかが確認されて、来月にはおそらく開戦するために向こうが大きく動くという段階まで来ている」
ユーカー様は何か考えているようだったけど、しばらくして口を開いた。おそらく聞きたいことはたくさんあるのだろうけど、
「それと彼女の処刑がどうかかわってくるんだい?」
という質問をしたのだった。ツァボライト王国の秘宝がなぜこの国にとか、来月に開戦というのは本当かとか、いろいろと思うところはあるだろうに、ここで本題に戻すのはさすがだと思う。
「彼らが邪魔になる存在として挙げたのが私とカメリアさん、アリスさん……光の魔法使いの子ね、それと『黄金の蛇』。戦争が始まる前に、私はおそらく北方に行かざるを得ないような状況を向こうは作ってくると思うわ」
そして、ラミー夫人が北方にかかり切りということは、『黄金の蛇』も同時に北方に封印されるということである。それはユーカー様も理解できた。
「カメリアさんは殿下の婚約者であり、公爵令嬢。その上、先ほど挙げたような功績を出している『傑物』よ。自由に行動できる範囲は限られているわ。それこそ、戦争を未然に防ぐためにあちこちに移動するなんてことはできないくらいに」
公爵令嬢が自由に移動できる範囲といえばせいぜい王都と領地くらいだろう。それ以上は1人でなんて言うのは絶対に許されない。
「だから、自由にするために彼女を処刑したことにしたと?」
いくら何でもそれはとでも言いたげなユーカー様だけど、どちらかというとそれ以上に何か意味があるんだろうと言いたげなニュアンスが強い。
「彼女は戦争を未然に防げるだけの『知識』と『実力』を兼ね備えているわ。それは私が保証する」
ユーカー様は、少し溜め息を吐いて「わかった。君にこれ以上言っても仕方ないだろうし」と苦笑い気味にうなずいた。
「だけど、もしそれで防げず、戦争になってしまったときはどうするんだい。君は『北方』、彼女はどこにいるかわからない。防衛の要が光の魔法使いだけになってしまうけど」
それに対してラミー夫人は肩をすくめる。
「もし万が一戦争になってしまった場合、彼女がいまの立場だったら前線で戦うことを良しとされるとは思えない。でも、彼女が前面に出てくれなければ、国に出る被害は大きい。だからこそ、前面に出られるようにしておくべきなのよ。そもそも、彼女の全力は、攻め込まれたあとだと使いづらいでしょうし」
確かに、王都付近まで攻め込まれた上で「複合魔法」を使用しようものなら、自国にも多少の被害、影響が出かねない。まったく、わたしは考えていなかったけど。
「三属性とは聞いていたけど、それほどの才だと?」
「彼女、本当は五属性の魔法使いなうえに、複合魔法も『氷結』意外に5つも使えて、魔力も豊富で、神がお応えになってくださる純度も高いわ。彼女だけで一国壊滅できそうなくらいにはね」
さすがに、本当に油断しきった小国でもなければ、わたし単騎で壊滅は無理だと思うけど……。まあ、少し大げさに言うくらいが相手を納得させるにはいいのだろう。
「……冗談、ではないようだ。本人を前に言ったら失礼かもしれないけど『傑物』じゃなくて『怪物』じゃないか」
本当に失礼だし、そこまでわかっているのなら胸中にしまっておいて欲しい。なんで口に出した。おかしいな、ビジュアルファンブックの情報では、確かに「ナチュラルたらし」となっていたはずなのに、まったくたらしこまれるような言動がない。
「それで、あなたにお願いがあるんだけど、これからその『怪物』の処刑の件で、いろいろと殿下を問い詰めることになってしまうと思うのだけど」
ラミー夫人は冗談で言っているんでしょうけど、「怪物」で通すのはやめて欲しい。
「どうにか殿下をフォローすればいいんだろう?」
「あと、できれば、殿下への詰問を陛下が直接してくださるような流れにしていただける幸いです」
そうして、ラミー夫人、ユーカー様、わたしの協力関係が確立されたのであった。




