101話:プロローグ(ウィリディス・ツァボライト・その2)
私、ウィリディス・ツァボライトは、殿下に詰め寄る学友たちの様子を、殿下の背後から見ながら思う。
カメリアさんは、本当に皆の中心にいたのだろう。それがありありとわかるようで、この状況にどう終止符を打てばいいか困るほどに。
そもそもどうしてこうなったのか、私はあの日のカメリアさんが言う「最終手段」というものについて思い出す。
「わたくしを処刑してくださいませんか」
その言葉に私も殿下も意味が分からず止まってしまう。処刑してほしいだなんてどう考えてもいままでの話の流れと整合性が取れていない。
「それは文字通り処刑するということではなく、処刑したことにしろという意味か?」
殿下の質問に、彼女は「よくできました」とでも言いそうな笑顔でうなずいた。
「ええ、その通りです。わたくしを処刑したことにしてくださりませんか?」
できないことはないと思う。でも、公爵令嬢を殿下の一存で処刑したとなれば、殿下の立場だけではなく、陛下や王族全体の問題になりかねない。それこそ「権威」の悪用として、国中から非難される可能性高い。
「……なぜ、処刑されたことにする。それが戦争の回避とどうつながる」
殿下は、いま、頭の中で様々なことを考えながら、カメリアさんと話していると思う。すでに頭の中は混乱して、まともに考えるのも難しいけど、それでも考える。
「すでに、クロガネ・スチールたちの間で、わたくしやラミー様、アリスさん、『黄金の蛇』が邪魔な存在として挙がっていたことは話しましたよね」
確かに、クロガネ・スチールを退けたあとに、話していたような気がする。それゆえに、誘拐事件が起きたとかどうとか。
「ああ、覚えている。まさか、邪魔な存在が減ったと油断させる気か。それだったら馬鹿馬鹿しいにもほどがあるぞ」
殿下のおっしゃる通り、そんなことをファルム王国が信じるはずもない。でも、彼女がそんな短絡的な思考で、「処刑」なんてことを提示してくるはずもない。もっと、別の何かがあるのだとは思う。
「いえ、その逆です。クロガネ・スチールの一件があったうえでの、邪魔な存在の処刑、向こう側からしてみれば、そんなことはあり得ないと思うでしょう。そうなれば、カメリア・ロックハートという存在は向こうにとって、どこで現れてもおかしくないと思わせるような抑止力となり得ます」
確かに、ラミー・ジョーカー公爵夫人は北方か王都にいることは明らかで、アリス・カードさんも王都の魔法学園を中心に活動している。そして、カメリアさんも王都を中心に活動しているのは明らかだし、どこかに行けば立場柄、どこへ行っても噂は立つ。「黄金の蛇」は……、それこそ神出鬼没だと思うけど。
「だが、処刑したうえで自由に動き回れば、それこそ噂が立つ。特にお前は目立つ容姿をしているから余計にな」
確かに、髪型や服装で印象を変えても、どうしても目立つのが彼女だと思う。それだけの人を引き付ける何かを持っているような気がする。
「そこは考えがあるので大丈夫です。わたくしはカメリア・ロックハートという存在を隠し玉として、身分を隠し、できる限り戦争を回避すべく動こうと考えています」
簡単に噛み砕いて考えるなら、カメリアさんが言っているのはこういうことだろう。
現状のファルムが危険とみなしている面々は「黄金の蛇」以外は場所がわかっているし、移動すればわかる。だからこそ、対策を打ちやすい。特にラミー・ジョーカー公爵夫人は北方へと移動する可能性が高いというのもある。
だから、そこからカメリアさんを処刑したことにして、居場所のわからない邪魔な存在を1つ増やす。
向こうは対処しにくい相手が2人に増えて、警戒を必要以上にすることになる。
「もし、ファルムがお前のことを警戒するに当たらないと判断して、抑止力にならなかったならどうする」
カメリアさんを処刑する目的が抑止力にするためだというのなら、それがならなかったら、殿下も無駄にリスクの高いことをするだけになってしまう。
「それならそれで構いません。……そうですね、これを話さなくては通じないでしょうか。おそらく戦争中は、ラミー様が北方にとどまらざるを得ないようになってしまうと思います。そして、『黄金の蛇』は動けません」
ラミー・ジョーカー公爵夫人が北方で釘付けにされるのは理解できる。だけど、「黄金の蛇」が動けないとはどういうことでしょう。
「実質、ラミー様1人で北方と西方を対処するなんてことができると思いますか?」
つまり、公爵夫人が北方を、カメリアさんが西方を対処することが主な目的で、その副次的効果として抑止力になることが期待できるということ。
「だから、処刑されると?」
「ええ、まあ。それ以外にも個人的な理由がいくつかありますが、主だったものはそれだけです」
しかし、これなら他にもいくらでもいいわけができるのではなかろうか。例えば、大けがをして治療中だとか、用事でロックハート領に籠っているとか、錬金術の実験でしばらく王都を離れるとか。
「わかった。処刑をしよう」
「え、よろしいのですか、殿下。これなら処刑せずともいくらでも……」
私はつい口をはさんでしまう。でも、殿下はそれに対して、首を横に振った。何か、私にはわからなかったことが殿下にはわかったのだろうか。
「この場合は、『会えない』という部分が大きい。けがや病気で治療でも何にしろ、『どこにいる?』という問いに答えないのは不審だ。それならばいっそ、処刑したことにしたほうがいい」
確かに、そういう面もあるのか。会おうと思えば会えるような状況だと、そういう問題が出てきてしまうということ。それを回避する意味では、処刑という会えない状況にする利点もある。
「それで、処刑するとして、そのあとはどうするんだ。王城で匿えというのは建国祭時期だから難しいぞ。賓客用に空き部屋を回してしまっている。それとも、ロックハート公爵にはすでに話を通しているのか?」
ロックハート公爵のことはあまり知らない……、陛下がお話ししてくださる範囲でしか知らないけれど、娘がこのような危険なことをすることを承諾するような性格だとは思えない。
「お父様はきっと話せば反対なさると思います。ですから、お話ししていません。ですが、まあ、匿って下さる方はいますから安心してください」
「ああ、まあ、予想はついている」
殿下の言うように、この流れからすれば予想は簡単だと思う。公爵夫人の……ジョーカー家。同じように邪魔になる存在としてカウントされているという状況を考えれば見える。
「しかし、オレは、お前を処刑したことについて、いろいろなところから問い詰められるだろうが、素直に答えるわけにもいかないのだろう?」
「それならば、わざわざわたくしが処刑される意味がありませんので……」
そもそも、なぜ、こうまで秘密裡に行おうとしているのだろう。戦争を回避すると言えば、ディアマンデ王国としても国力を削ることがないのだから、カメリアさんに協力すると思うけど……。
「ウィリー、お前が何を考えているのかわかるが、それは違う。すでに密偵が入り込んでいた以上、必ず『戦争回避派』と『戦争派』の派閥ができる。これだけやられているのだから真っ向から迎え撃てばいいという短絡的な思考を持つ貴族は少なからずいるからな」
「そうした派閥に分かれた問答をしているうちに、ファルム王国は攻めてきます。そうなれば、国は分断状態なうえ、敵は用意周到。どうしようもありません」
なるほど、それなら一層ひた隠しにして戦争を回避するか、全部明かして全面戦争をするか。そして、カメリアさんは前者を選んだということでしょう。
「それで先ほどの話ですが、殿下は問い詰めに対して黙秘をしてください。最後まで徹底的に。そうして、おそらく、最終的には陛下から直接、問い詰められることになると思います。ですから、そのころ合いに、わたくしも陛下に直接ご説明に上がることにいたします」
陛下に直接……。まあ、カメリアさんならば不可能ではないでしょう。しかし、なんというか、大胆な人。
「最初にそういう状況になったらどうする」
「陛下も状況の正確な把握もせず、情動的に殿下を呼び出すというようなことはないでしょう」
そうして、私と殿下は、カメリアさんを処刑するという「戦争回避」のための作戦の片棒を担がされることになったのだった。
学友たちに問い詰められる殿下は、カメリアさんの言葉通り、沈黙を貫いていた。しかし、その沈黙もつらくなってきた頃合いで、それを止める声がかかる。
「そこまでだ。ここから先の事情の確認はこちらで行う。君たちは一旦、帰って落ち着きなさい」
ユーカー・ジョーカー公爵。いつも北方にいて、滅多に顔を見せない彼がなぜ、と思ったけど、建国祭のタイミングで王都に来ていたのだというのはすぐに思い出した。
そして、彼を筆頭にやってきていたのは、グラジオラス・ロックハート公爵、ファルシオン・スパーダ公爵、トリフォリウム・クロウバウト公爵。ここにこの国の公爵が勢ぞろいしたことになる。
殿下の学友たちも最初は公爵たちに自分も同行させるように言っていたが、感情的な発言で場を引っ掻き回されては困るし、感情的にならない自信があるかと問われ、すごすごと帰っていった。
しかし、私たちの状況がそれで大きく変わるわけではなく、むしろ、より一層、問い詰めが厳しくなる。様々なことを公爵たちから問われるも、殿下は答えない。ここでは沈黙ではなく、はぐらかしていた。
さすがに沈黙しているわけにもいかなかったからでしょう。
そんな状況で、殿下のはぐらかしをフォローしたり、話の方向性を変えることで追及をそらしたりするような動きをする人物がいた。
ユーカー・ジョーカー公爵。いま、彼女が匿われているのはジョーカー家。そして、ジョーカー公爵のこの言動は、おそらく、彼もこちら側なのだろう。それを理解してからの殿下はジョーカー公爵のフォローを受けながらうまい具合に内容をはぐらかし、結果的に、ジョーカー公爵が、
「これ以上、問い詰めたところで殿下はお答えにならないでしょう。ここは陛下にお任せするのが最善だと判断したけど、どうかな?」
と、発言し、すべては陛下に委ねられることになった。
――カメリアさんの言っていた通りに。




