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100話:エンディング

 わたしは、いま、王子の部屋に来ている。もちろん、「杭」の回収のためのひと悶着を経て、だけれども。おそらくラミー夫人は「杭」を無事回収したことでしょう。


「それで、ようやく『時』とやらが来たのか」


 椅子に座り、仰々しく「待ちかねた」と言わんばかりの顔で、わたしを待ち構えていた。まあ、事前に今日、伺うことは話していたので、このような態度でも不自然ではないのだけれど。そして、王子の後ろに控えているウィリディスさんも、また、わたしの顔を見て、静かに、そう訴えているようだった。

 まあ、ウィリディスさんに関しては、本当にそう思われても仕方ないくらい待たせているので、正当な権利と言えるかもしれないけど。


「ウィリディスさんもおかけください。長くなりますから」


「い、いえ、ですが……、カメリア様」


 王子のほうを見ながら、座るわけにはいかないとわたしに主張するウィリディスさん。しかし、王子が「いいから座れ。話が始まらない」と言ったことで座ることに。

 わたしも用意されていた席に腰を掛けた。


「ウィリディスさん、殿下の前でも『カメリアさん』といつものように呼んでくださっても構いません。どうせこれから、その理由についても説明することになるのですから」


 どのみち、ウィリディスさんの素性は「戦争の引き金」ともいえる重要な部分に関わっているから話さないわけにはいかないでしょう。


「……わかりました。カメリアさん」


 了承の意味で、いま一度わたしの名前を呼んで、ようやく、本題に進むことになる。なので、一区切りという意味でもパンと軽く手をたたいてから、話を始める。


「それではお話ししましょう。わたくしの目的の一部、それは『ファルム王国との戦争を回避すること』です」


 わたしの言葉に、王子もウィリディスさんも顔を見合わせて、表情に真剣みが増す。特にウィリディスさんのほうは、普段の表情は消え、彼女らしからぬ……いや、王族としての本来の彼女の顔なのかもしれない、そんな真面目な顔をしていた。

 彼女の経歴、ファルム王国との因縁を考えればそのような顔になるのは当たり前のことだけれども。


「ファルムが絡んでいるのはわかっていた。クロガネ・スチールの件が絡んでいた時点で、『スチール』がファルムの宰相の姓だったからな。やつが……、いや、やつを含めた密偵たちがファルムの人間だというのはわかっていたが、『戦争』だと?」


 確かに、ファルム王国が関与しているという予測は難しくないでしょうし、実際、わたしも王子ならそこまではわかっていると考えていた。だけど、「戦争」という規模までは予想していなかったでしょう。


「ええ、戦争です。かつて、ファルム王国がツァボライト王国に行ったものと同規模の侵攻が想定されます。いえ、国力を考えればそれ以上に熾烈(しれつ)になるかもしれません」


 ツァボライト王国への侵攻は、ファルム王国が優勢のまま終わったけれど、ディアマンデ王国が相手となれば、それはおそらくわからない。向こうのほうが準備を整えてくる分、優勢ではあるでしょうけど。


「だが、お前はオレと出会った当初から『目的』を持っていた。しかし、クロガネ・スチールやアリスの件はつい最近のことだ。だが、それなのに、そんな前からお前は『戦争』が起こるとわかっていたとでもいうのか?」


 さすがに信じられないという様子の王子に対して、いろいろと思うところがあるであろうウィリディスさんが静かに口を開いた。


「おそらくわかっていたのでしょう。殿下、カメリアさんは私と出会った当初から、この時期にある種の転機が訪れるとおっしゃっていました。その上、本来知らないはずのことをいくつも知っていた。だからこそ、彼女は幼いあの頃から、おそらく知っていたのだと思います」


 戦争の相手が「ファルム王国」となれば、その理由もウィリディスさんにはわかってしまったのだろう。そして、それは本来だれも知るはずのなかったウィリディスさんの素性にもつながる。


「本来知らないはずのことか。確かに、こいつは昔から奇妙なことを知っている。いや、知りすぎている。だが、ウィリーの言う、それは何を指している。オレの知る範囲では知っていてもおかしくないことの範疇で留まっていた」


 確かに、王子の前で、そこまでのものを披露した覚えはない。せいぜい、アリスちゃんがロードナ・ハンドに呼び出される場所と時間を知っていたことくらいだろうか。


「それは……」


 言いよどむウィリディスさん。ここはウィリディスさん自身に言わせるべきか、それともわたしが言ってしまうか、僅かながら迷って、わたしが言うことを選んだ。ウィリディスさんは、いままで殿下に黙ってきた負い目のようなものを感じてしまって、スムーズに話せないだろうと思ってのことだ。

 感情的にはウィリディスさん自身が明かすということも大事だとは思うけれど、事態が事態なので……。


「ウィリディスさんは、本名をウィリディス・ツァボライトと言います。ツァボライト王族の唯一の生き残りなのですよ」


 わたしの言葉に王子が眉を上げて、ウィリディスさんのほうを見る。居心地悪そうに彼女は顔を背けた。


「そして、非公表ではありますが、現在、殿下のお父上であらせられる国王陛下の第二夫人でもあります。出生のことは陛下と『黄金の蛇』、わたくしのみが、現在の立場についてはそれにファルシオン公爵が加わった僅かな人物だけが知る情報です」


 それこそが、本来知らないはずのこと、ラミー夫人の言葉を借りれば「知り得ない知識」。まあ、第二夫人のほうは、正確に言えばファルシオン公爵の認めたごく一部の騎士も知っているでしょうけど、細かいことは気にしない。大して変わらないし。


「ウィリーが第二夫人だと……。そんな話、オレすらも聞いていない」


「『亡国の姫』、その上、その彼女が持ち出した秘宝がより、だれにも公表できない状況へと運びました」


 わたしの言葉に、ウィリディスさんは、静かに胸元に提げていた「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」を取り出した。その怪しげな光のこもった宝石を。


「これは、私の国に昔から伝わってきたと言われている『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』と呼ばれるもので、魔力を増幅する力を持っていると言われています。そして、それが原因となり、ツァボライト王国はファルムから侵略を受けました」


「魔力を増幅だと……」


 王子が目を見開いた。それはそうだろう。彼の気持ちもよくわかる。それだけの「秘宝」だ。そして、おそらくそれと同時に、わたしの言っていた言葉の意味も察したのだろう。


「おおよそは理解した。ファルム王国が戦争を起こす理由もこの魔力を増幅させる宝石だというのなら……」


 王子は言葉をためらった。おそらく「渡してしまうことはできないのか」と言いかけて、ウィリディスさんの立場を思えば、そう簡単にうなずけることではないと思いとどまったのだろう。


「無理ですよ。そもそも渡してしまったところで、何ら解決はしません」


 だからこそ、あえて、わたしはそれを伝える。未だにウィリディスさん自身知らない事実。


「どういうことだ。渡しても解決しないということは、元からそれ以外に、ディアマンデ王国を侵略するのもファルムの目的ということか?」


「確かに、そういう面もあるでしょう。魔力増幅器などという途方もない力を手にすれば、結果的に大陸を……、あるいは世界をファルム王国が支配しようとしたかもしれません。ですが、わたくしの言う解決しないとはそういう意味ではありません」


 まあ、フォルトゥナと魔力増幅器が揃えば、大陸を手中に収めることなど簡単なことだろう。しかし、そうはならない。


「『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』は、ツァボライト王国の王族にしか使うことができないものです。たとえ渡したところで偽物をつかまされたと怒り、侵攻してくるだけです」


 その言葉に、ウィリディスさんが目を丸くした。そして、わたしの発言を思い出したのだろう。ハッとしたように口を開く。


「では、初めて会ったときに言っていた『使えない』というのは、そういう……」


「ええ、わたくしには本当に使えません。あるいは、『わたくしにも』というべきだったかもしれませんね」


 そのやり取りを尻目に、王子はもっと重要なことに気が付いたのだろう。鋭い目で、わたしをにらむように見ながら、問いかける。


「なぜ、ウィリーすらも知らないようなことをお前が知っている。おかしいだろう。ツァボライトの王族に伝わる秘宝のことを、縁もゆかりもないお前のほうが詳しいだなんて」


 まあ、当然の疑問だ。一番詳しいはずのウィリディスさんでも知らないことをわたしが知っている、そんなことあり得るはずがない。


「わたくしは『知り得ない知識』を知っています。ウィリディスさんのこともそうですし、『黄金の蛇』のことも、アリスさんのことも、ファルム王国との戦争も、『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』のことも」


 その片鱗は王子にも散々見せてきただろう。だからこそ、信じられるだけの下地はあると思う。まあ、信じないなら信じないで、それはそれでいいのだけど。


「……わかった、信じよう。ひとまずは、それを事実として考える。しかし、ツァボライトはなぜ、そんな言ってしまえば世界を変えるともいえる力を持っていたのに使ってこなかった。王族のみが使えるともなれば、それこそ『世界の王』などといってしまうと陳腐だが、そのような存在に慣れただろう?」


 これは、いままでわたしもその理由を知らなかった。でも、天使アルコルと話して、この大陸の前身(ぜんしん)にメタル王国があるとわかったことで、その理由もわかってしまった。


「いえ、その……、私も知らないのです。まず、使ったこともありません。それに、両親からも使うなとは言われていましたし、そのずっと前から使わないようにと言われていたとしか……」


 ウィリディスさんが知らないのは、まあ、仕方がないのかもしれない。あるいは、そのもっと前から本来の意味は失われてしまったのかもしれない。だからこそ「魔力増幅器」などと呼ばれているのかも。


「そもそも、『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』とは本来、『魔力を増幅させるもの』ではありません」


 わたしの言葉に、どちらもが言葉を失い、そして、あらためてわたしのほうを見て、言葉の続きを待っていた。


「かつて、この大陸に大国と呼べるほどの大きな国がなかった時代、湖のほとりにある一族が住んでいました。自然とともに生き、自然に還る一族、その土地に芽吹く実の名から『グロッシュラー』と呼ばれていました」


 唐突な昔話ともいえるような話に困惑したが、それでも関係ある話だと理解しているのだろう、2人は変わらず、わたしの話に耳を傾けている。


「そうした一族は、近親あるいは一族内での繁栄を中心とした一族で、外部を嫌うことが多く、『グロッシュラー』も例にもれません。ですが、そうした狭いコミュニティには限界が訪れ、一部が外と交流を持ち始め、外と交流することを良しとする『グロッシュラー』と、しきたりを守る『ツァボライト』に分裂します」


 そこで初めて「ツァボライト」の名前が出てきて、話が見えてくる。そう、この「グロッシュラー」と「ツァボライト」こそ、「ツァボライト王国」の遥か昔の先祖に当たると思われる一族。


「『グロッシュラー』は外と交流を持つことで、多様で様々な可能性を見出し、新しい方向へと進んでいきました。そして、のちに『メタル王国』と呼ばれる一大国家の重要なポジションにまで上り詰めます」


 そう、建国女王アイリーンがまとめ上げた中の1つであり、攻略対象の1人がいる一族が「グロッシュラー」。そして、そのルートで対立するのが「ツァボライト」である。


「しきたりに固執し、狭い世界で生きる中で、それでも『グロッシュラー』に負けない力を手に入れるために、『ツァボライト』は禁忌を冒します。生まれた子や同じ血を持つ一族などを1つの宝石へと注ぎ込んだのです」


 まさかと、ウィリディスさんは、「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」を見る。そのまとう怪しさが一層、不気味に見えたような気がした。


「待て、同じ血を持つ一族だと?」


 わたしの言い方に違和感を覚えたのだろう。「『ツァボライト』を」という言い方ではなく「同じ血を持つ一族などを」と言った意味が分かったのだろう。


「そう、そこには『グロッシュラー』も含まれました。最初は血のような赤い石、『紅榴石(ガーネット)』だった宝石は、注ぎ込むごとに色を変色させていき、最後に『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』となったのでしょう」


 残念ながら「ととの」では、そこまで詳しく触れられていない。紅色から変色したことは触れられていても、どう変色したのかまでは描写がなかった。だが、「ととの」と「たちとぶ」がつながっているのなら、おそらくそういうことなのだろう。


「結局、『ツァボライト』は、『メタル王国』によって全滅、宝石は『グロッシュラー』の生き残りに託されました」


「では、なぜ、ツァボライト王国なる名前で後に復権したんだ。その出来事を踏まえるなら『グロッシュラー』の名を継ぐべきではないのか?」


 まあ、まさにそうだし、わたしもそこの事情を知っているわけではないけど、簡単な予想ならできる。


「『メタル王国』は長く続いたものの、建国女王アイリーン以後は、徐々に国政も滞り、結果的に内乱という形の戦争で様々な資料も失われました。そのころには、もう『グロッシュラー』も『ツァボライト』も名前程度にしか伝わっていなかったのだと思います。『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』がただの魔力増幅器として伝わったように」


「だが、実際に力を得るというからには、魔力を増幅させるというのも間違いではないのだろう?」


 わたしが「魔力を増幅させるもの」ではないと言ったことに対して、いまの話だけでは不十分ゆえに、そう思うのもおかしくはない。


「魔力が増えるというのは間違いではありませんが、同胞の魂を使い、それを変換した魔力を上乗せしているだけに過ぎません。自身の魔力を倍増させているわけではありません」


 まあ、それだけならば、「先祖の魂なんて知るか」とか「いまが大事なんだ」とか理由をつけて使うことはできるだろうけど、建国女王アイリーン曰く、「この宝石には既に(じゅ)が宿った」とのことで。


「そのうえ、使えば必ず、もっと力を欲し、同族を手にかけて、『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』に注がせようとする呪いがあります」


 怨念とでも言うべきなのでしょうね。使えば「ツァボライト」の亡霊に憑りつかれたように、同族を……。


「だから、ツァボライト王国ではそれをできる限り使わないようにとしてきたのでしょう。記録や伝承は残っておらずとも、使って呪いに()てられたものが出れば、使うのが危険なことくらい理解できるでしょうし」


 それでも本当にどうしても仕方がなかったときには、使っていたのかもしれないけれど。


「このことをファルムに説明すれば……、いや、止まるはずもないか。戦争しないためのウソか言い訳と取られるのがオチだろう」


 説明したところで信じてもらえる根拠はない。そもそも、この戦争をしようとしているときに、だ。時間稼ぎとか誤魔化しと取られるのが目に見えている。


「それで、ファルムがこの使えもしない宝石を狙って戦争を仕掛けてくるということはわかった。だが、今後の策はあるのか。こちらはまったく準備も整っていないんだぞ」


 ようやく、わたしの本題、「最終手段」の説明に入ることができる。わたしは頷き、王子に微笑みかけた。


「そもそもわたくしの目標は『戦争を回避すること』と言ったではありませんか。ですから、殿下には協力していただきたいのです。わたくしの『最終手段』に」


「最終手段、それはまったくもって穏やかな言い方ではないが、言ってみろ。できる限り聞いてやる」


「ええ、では……」






 そして、建国祭当日、それは「たちとぶ」のエンディングであり、「最終手段」のリミット、決行日でもある。


 活気ある建国祭ムード、流れる陽気な音楽、人々の喧騒、明るい雰囲気に包まれて、国が大きな盛り上がりを見せる。


 祭りにはとても良い晴れた空。わずかに寒いが、あわただしさと楽しさで体が温まり、心地の良い気温。まさしくお祭りの日というような絶好の日。




――この日、カメリア・ロックハートは処刑された。

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