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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第二章:二年生夏
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09:静かに燃える嫉妬の炎

 

「黒が一番体のラインが綺麗に見えると思うんだけど、高校生が黒のビキニってどうかしら? 大人っぽいというか、大人びたものをわざと選んだ子供っぽさが出ちゃうかも。でもやっぱり黒が一番しっくりくる気もするのよね」


 そう話しながら桐生先輩がクルリと一度回ってみせる。

 細く括れた腰、すらりと伸びた細い足。それでいて胸元は豊かで、飾りの少ないシンプルな黒い水着が完璧とさえ言えるボディーラインをより際立たせる。「どう?」と首を傾げれば黒髪がはらりと白い肌の胸元に掛かり、なんと様になることか。

 一つ一つの仕草が美しく、壁に掛かっているポスターのモデルなんて目じゃない。


「リボンとフリルがあると、ちょっと子供っぽいかなぁ……。ど、どうかな?」


 とは、隣のブースで恥ずかしそうにしつつも負けじと尋ねてくる月見。

 黒一色でシンプルな水着を選んだ桐生先輩とは逆に、彼女が選んだ水着は白一色で飾りが多い。胸元には大きめのリボンが飾られ、腰元もフリルが二重にあしらわれている。彼女の動きに合わせてふわふわと揺れて可愛らしい。

 それがまた柔らかな月見の体つきをより柔らかく見せ、こちらはこちらで背後に貼られているポスターを色褪せさせる。


「どう、と聞かれても……。な、なぁ宗佐……ふ、二人共良いよな」

「うん……。と、とても、素晴らしいと思います」


 俺と宗佐の返事はこれ以上ないほどぎこちないが、これが精いっぱいだ。

 なにせ二人共魅力的すぎる。俺達はもちろん、周りにいた男達も見惚れるようにこちらに視線を向け、それどころか女性客さえも羨望の眼差しで見てくる。

 これをどうこう言えるわけがない。小学生の感想文レベルの言葉しか出てこないのも仕方ないだろう。


 そんな俺達に注がれる、冷ややかな視線。

 ……珊瑚だ。

 彼女の表情が、鋭く細められた目が、「男って……」と呆れを込めて訴えている。声に出さずとも分かる。いや、声に出さないのは情けか。むしろ声に出す気も起きないと考えているのかもしれない。


「妹、言いたいことは分かる。分かるが言わないでくれ」

「言いませんよ。言いたくもない。でも、私から見てもあの二人は凄いですね……。なんて恐ろしい」


 同性から見ると月見と桐生先輩の魅力は脅威に思えるのか。珊瑚の声には恐れ慄くような色さえある。

 もっとも、すぐさま表情を戻して二人を交互に見ると、彼女達が候補に選んだ他の水着はどうかと話を続けてしまった。

 桐生先輩には黒色なら飾りのあるものはどうかと薦め、月見には胸元のリボンは無い方がと提案する。同性だけあってかアドバイスは的確だ。

 月見と桐生先輩がそれに感謝を告げ、それぞれ試着ブースに引っ込むとカーテンを閉じた。


 二人の姿が見えなくなり、俺と宗佐が同時に息を吐く。

 ようやく肩の力を抜けたと言いたげな俺達の態度に、珊瑚が再び冷ややかな視線を向けてきた。


「色々と言いたい気分ですけど、言って良いですか?」

「頼むから言わないでくれ」

「そうだ、珊瑚は水着どれにするんだ? 兄としては露出の高い水着は認めたくないけど、大人になる妹の成長を認めたうえで守るのもまた兄の役目だ!」


 月見と桐生先輩の姿が見えなくなったからか、宗佐が突然兄の使命感に燃えだす。こいつの切り替えの早さも流石と言える。

 それに対して珊瑚はあっさりと「迷い中」とだけ返した。それ以上言わないあたり、どの水着で迷っているかまでは教える気がないようだ。


「私の水着は月見先輩と桐生先輩に見てもらうから良いの。それより、今は宗にぃと健吾先輩の反応を面白がるのを優先しようと思って」


 珊瑚の意地の悪い笑みは期待通りに堪能中と言いたげである。相変わらず生意気だ。

 だが俺も宗佐も文句など言えるわけがない。月見達を前にしてしどろもどろになる今の俺達は、誰が見たって情けなくて、そして面白みに溢れてるだろう。俺だって第三者の余裕があれば無様と笑っていたかもしれない。

 それでもせめて文句の一つでも……と言いかけたが、珊瑚がふと他所を向いた。何かに気付いたように、不思議そうに首を傾げている。


「どうした、妹」

「先輩の妹じゃありませんけど……なんだか、さっきからたまに視線を感じるんです」

「視線?」


 どれ、と珊瑚が見つめる先へと俺も視線をやる。

 水着コーナーが終わり、通路を挟み、雑貨屋と婦人服店が並ぶ。特にこれといった違和感はない、よくある商業施設の光景だ。人が行き交い中には水着を見るためにこちらに歩み寄ってくる客はいるものの、別段、俺達を見ているような者はいない。


 月見と桐生先輩の見た目に惹かれた者達の視線だろうか?

 だがどうにも違うようで、首を傾げたまま珊瑚が眉根を寄せる。分かりやすく悩んでいますと言いたげな仕草と表情が面白くて少し可愛い。


「月見先輩と桐生先輩への羨望も感じるんですが、なんかこう、じっとりと絡むような薄気味悪い感じなんですよね」

「なんだそれ、もしかして変な奴でも隠れてこっち見てるのか?」

「うーん、変というか……。どちらかと言えば、いつも宗にぃを担いで行っちゃう人達の視線に似てますね」

「……あれか。いやでもまさか、こんなところまで追っかけては来ないだろ。なぁ宗佐」


 同意を求め、俺と珊瑚が同時に宗佐へと振り返る。

 そこに宗佐の姿が……あった。が、正しくは『あるにはある』というべきか。

 なにせ数人の男子生徒達に取り囲まれているのだ。両腕をがっちりと絡むように捕まれ、一見すると仲が良い様に見えるだろうが、よくよく見ると捕獲である。


「ひぇ」と間の抜けた声が俺の隣から聞こえてきた。

 珊瑚である。さすがの彼女もこの状況下では細い悲鳴をあげるしかないようだ。

 そそと俺に身を寄せてくるのは、ここまで追いかけてきた男達の嫉妬に恐れをなしてだろうか。俺の背に隠れようとしているところが可愛い。

 だが今の俺はそれに意識を向けている場合ではない。


「よ、よぉ、お前らも買物か? 奇遇だなぁ……」

「ここはショッピングモール。さすがに俺達も普段のように騒ぐ気はない。大人しく芝浦を見捨てれば敷島の事は見逃してやろう」

「分かった。宗佐の事は好きにしろ」


 我ながら見事な即答である。

 非情? 当然だ。この状況において情なんて抱いていられるか。


 俺の返答に誰もが真剣な顔付で頷き、そして静かに去っていく。……宗佐を連れて。

 周囲を気にしてかいつものように騒ぐ事はしないが、その静けさが逆に恐ろしい。

 さすがの珊瑚も男達の静かでいて底知れぬ執着を感じたのか、連れられて行く宗佐を黙って見送った。俺の背に隠れたまま出てこないあたり、よほど怖かったのだろう。気持ちは分かる。



「ねぇ芝浦君、こっちはどうかしら? ホルターネックの水着は初めてだけど、この方が肩回りがスッキリして見えるかも」


 そんな重苦しく真剣な空気をぶち破るように、桐生先輩が明るい声と共にカーテンを開けて姿を現した。

『ホルターネック』とは今彼女が着ている水着のことだろうか。両肩の紐で支える従来のデザインと違い、首の後ろで布を結んでおり、それがまた胸元を強調しているように見えてならない。

 抜群といえるプロポーションにその水着がよく映える。


「……あら、芝浦君は?」


 居ると思っていた宗佐の姿が無く、桐生先輩がきょとんと眼を丸くさせて周囲を見回した。

 大人びた魅力とはいえ、不思議そうに周囲を見る顔や仕草は年相応だ。


「宗佐は連れていかれました。すみません、俺には止められず……止めようともしませんでしたけど」

「……なるほど、ここまで着いてきたのね。本当、こういう時は困っちゃうわ」


 詳しく説明せずとも事態を理解したようで、桐生先輩がまったくと言いたげに肩を竦めた。

 それとほぼ同時に、隣の試着ブースのカーテンが開かれる。月見だ。新たな水着を身に纏った彼女は「どうかな……?」と恥ずかしそうに姿を現し……、そして漂う空気に気付くと「あれ?」と首を傾げた。

 このワンテンポ遅れた反応もまた月見らしい。


 そんな月見に、宗佐が連れていかれたことを告げる。

 最初こそ「誘拐!?」と驚きの声をあげていた月見だが、それが週一頻度で起こる毎度の事だと分かると「みんな買物に来てたんだね」と一瞬で落ち着いてしまった。

 最近、月見も宗佐が担がれ連れていかれる程度では動じなくなっていた。

 それどころか、宗佐が戻ってくるまで候補を絞っておこうと桐生先輩と話して試着ブースに戻ってしまう。


 残されたのは、俺と、


「あれが日常化してるってどうなんですか?」


 と、俺を冷ややかに見てくる珊瑚。



 そして……、


「俺が言うのもなんだけど、学校外じゃやらない方がいいよな」


 と、さも他人事のように話す木戸。






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