47話
終わるといったな、あれは嘘だ
というわけで過去回想続きます
どんどん謎が明かされていくよ~~
47話
長い旅路の果て──勇者一行はついにヴァルタニア城へと足を踏み入れた。
迷うことなく歩を進める先は、ただひとつ。《災厄の悪魔》が鎮座するであろう玉座の間。
その存在は隠されるどころか、城全体を震わせるほどの圧として漏れ出していた。
ただ立っているだけで膝が折れそうになるほどの波動。勇者ですら、背を伝う汗を隠せない。
「……凄まじい圧だねえ。思わず腰が引けそうだよ」
「ね〜! アルなんて、ぴーんって尻尾が逆立ってるよ!」
「うるせえ! これは生理現象だっての!」
「もう……軽口はほどほどにしてくださいね」
緊張と恐怖に押し潰されかねない場面で、口をついて出る軽口。
それでも仲間たちに余裕が残っていたのは、勇者の存在ゆえだった。
彼の身から放たれる輝きが、黒々とした圧力を打ち払い、仲間たちの心を包み込んでいた。
「──ここだ」
玉座の間へと続く巨大な扉が、勇者の手に応じて低く唸りを上げる。
ヴァルタニア神国の王家の血を継ぐ者だけに許された封印。
ゆっくりと解かれるその音は、雷鳴のように城内へ響き渡った。
扉は主の帰還を喜ぶかのように、ひとりでに開いていく。
だが、その先に待つのは栄光の王ではなく、《災厄の悪魔》。
歓迎は祝福ではなく、これから始まる死闘への序曲に他ならなかった。
「ふふ......ようやく。ようやくですね。待ちくたびれましたよ」
玉座に腰かけるのは、一人の少女。
麦の穂のように金色に揺れる髪。
曇りなき空を閉じ込めたかのような、澄み渡る青の瞳。
──勇者と瓜二つの顔立ち。
ただ性別だけが違う、鏡写しのような存在だった。
「お兄様......ついに帰ってきてくださったのですね」
ヴァルタニア神国第一王女フェリシア。勇者の双子の妹であった。
そして、その傍らに控えていたのは、一人のメイドだった。
透き通るような青色の髪を揺らし、汚れひとつないメイド服を纏っている。
その姿勢はただ静かに、顔を伏せて主に仕える者のそれ。
けれども彼女の周囲に漂う気配は、異様なほど澄み切っており、場の空気を凍りつかせるような緊張を孕んでいた。
まるで、この世の理から外れたものが人の姿を借りているかのように──。
勇者は何も返さない。
ほかの皆は、その青髪のメイドからも押し潰されるような気配を感じ取り、身をこわばらせることしかできなかった。
──最初に沈黙を破ったのは勇者だった。
「無駄なおしゃべりはよしてくれるかな。悪いけど、フェルに用はないんだ」
「久しぶりの再会だというのに、連れないお兄様ですね。それでは女性に嫌われてしまいますよ?」
かみ合っているようで、決してかみ合わない会話。
勇者の視線は終始、フェリシアには向けられない。彼が見ているのは、ただひとり──傍らに控える青髪のメイドだけだった。
「くせえ、ドブくせえ……ドブを煮詰めたようなにおいがしやがる。これが《災厄の悪魔》ってやつか」
アルジェントの言葉は明らかな強がりだった。喉を震わせるだけでも苦しいはずなのに、あえて毒舌を選ぶ。
張り詰めた空気に小さな亀裂を入れるようなその一言に、勇者は驚きを覚えた。──まだ、仲間たちは折れていない。
「へいへ~い、魔神くん、びびってる~?」
「ほざけ。あの血統魔法の解析をしていただけだ。もう解析完了したぞ」
「もう、こんなところで喧嘩しないでください!」
玉座の間を覆う威圧に似つかわしくない、気の抜けた会話。
けれど勇者にとっては、それこそが何より心強かった。仲間が日常を崩さない限り、自分もまた折れるわけにはいかないのだ。
「──うるさい羽虫を連れてきたようですね。先に殺しますか」
「いいかげん口を閉じようか。……さっきから、君の“糸”は丸見えだよ」
勇者は腰に下げた聖剣を抜き放つ。
鋭い一閃が、フェリシアのはるか頭上──虚空を薙いだ。
一見すれば空を斬っただけの無駄撃ち。だが次の瞬間、甲高い断裂音と共に、透明な糸がはじけ飛んだ。
その反動に引きずられるように、フェリシアの身体は糸の切れた人形のように崩れ落ち、玉座の階段へと倒れ伏した。
それを確認した勇者は、ためらうことなく剣先を青髪のメイドへと向けた。
エリュドナたちもまた互いに視線を交わし、即座に散開。各々が武器を構え、戦闘の陣形を整える。
「くすくす……あらあら。こうもあっさり見破られてしまうなんて」
青髪のメイドは口元を手で隠し、可憐に笑う。だがその声音には底知れぬ嘲弄が混じっていた。
「なかなかの名演技だったと思っていたのですが──おや、これは観客が優秀すぎたようですね」
青髪のメイドから溢れ出すのは、もはや隠すことをやめた明確な敵意。悪意。そして圧倒的な殺意。
「──《始原の青》イア。……誠に残念ですが、ここからはわたくし自身が舞台に立たせていただきましょう」
──こうして勇者一行と《災厄の悪魔》の戦いは、舞台の幕開けと共に始まった。観客などいない、ただ血と命だけが拍手を送る舞台で。




