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メイドな悪魔のロールプレイ〜強制ハードモードなメイドの奮闘記〜  作者: ガブ


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45/48

45話

聖女様は可哀想であるべき

その思いを抑えきれなかったので、まだ続きます

45話



  ヒマリは聖女である。

 大陸中に教会を建てさせるほどの信仰を集め、人々の祈りを一身に背負う存在だった。

 

 けれど──彼女自身が何よりも守りたかったものは、ただの少女としての願いだった。

 

 家族。

 前世では決して得られなかった、当たり前のようでいて儚い温もり。

 たとえ遠ざけてでも、傷つけてでも、守りたい。

 彼女の祈りは、ただそれだけだった。

 

 前世の記憶は、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。

 物心ついた時、すでにヒマリは永劫教の孤児院にいた。

 闇よりもなお深い黒の髪。澄んだ夜より濃い瞳。

 他の子供たちは柔らかな色をしていたのに、彼女だけが異質だった。

 

 ──当然、疎まれた。いじめられた。

 

 臆病だったことも、反抗しなかったことも、標的になる理由となった。

 シスターたちでさえ手を差し伸べることはなかった。むしろ、ヒマリをいじめることで子供たちが他に問題を起こさなくなるのを見て、どこか安堵しているようにさえ思えた。

 食事は奪われ、口にできるのはわずかな残り物。

 眠ろうとすれば布団を剥がされ、冷たい床に追いやられる。

 常に身体のどこかが痛み、痣は消える前に上書きされていった。

 

 ──いつ死んでもおかしくない。

 

 それが幼いヒマリの日常だった。

 けれど、その暗闇は唐突に終わりを告げる。

 十歳を迎えたある春の日。まだ肌寒さの残る朝。

 孤児院の扉を開けた光景が、彼女の運命を大きく変えることになる。

 

「──ヴァルタニアが滅亡、ですって?!」

 

 朝からシスターたちが騒いでいた。かいつまんだ情報を整理すると、何やら同盟国が滅ぼされてしまったらしい。

 けれど、ヒマリには関係のないことだった。

 

 今日もどうせまた、いつものようにいじめられる。

 少しでもその時間を短くするため、彼女は孤児院のどこかに隠れるのが常だった。どうせ見つかって髪を引っ張られ、引きずり出されるのだ。

 

 それでも、心の安寧のためには欠かせない習慣だった。

 今日はどこに隠れようかと庭へ足を向けた、その時──

 

「こんにちは。ここの孤児院の子かな」

 

 声に振り向いた瞬間、ヒマリは息を呑んだ。

 

 ──麦の穂のように輝く金髪。曇りなき空を映したような、透き通った青の瞳。

 

 それは、暗く冷たい日常を切り裂く光のようにまぶしかった。

 凍えていた心を、ほんのひとときでも温めてくれる焔のように思えた。

 

 この瞬間を、彼女は今も鮮明に覚えている。

 これが、ヒマリと勇者が初めて出会った瞬間だった。

 

「……よく見たら、ひどい怪我をしているじゃないか。シスター達は、いったい何をしているんだ?」

 

 そう言って、少年はそっと彼女の手を取った。

 口にしたのは、聞き取れるはずなのに理解できない、不思議な響きの言葉。──おそらく、魔法。

 そう思った瞬間だった。

 

「──え」

「初めて見るかい?これは【回復魔法】と言うんだ」


 ヒマリの身体の奥からじんわりと、暖かな光が広がっていく。

 冷たい床の痛みや、毎日の仕打ちで刻まれた痣までもが、柔らかく溶けて消えていく。

 ふわふわとした心地よさ。

 それは、生まれて初めて触れる優しさのような感覚だった。

 


 そこからはもう、事態がとんとん拍子に進んでいった。

 勇者と共に来ていた司祭たちやシスターたちがヒマリを保護し、彼女の全身を丁寧に調べた。

 

 そのときだった。

 彼女の背に、淡く浮かび上がる円環の痣が見つかったのだ。

 それは単なる痣ではなかった。

 

 光に照らされるたび、まるで聖印のように輝きを帯びるその紋様に、司祭たちは息を呑んだ。

 彼らはすぐに顔を見合わせ、神託に記されていた“聖女の証”だと口々に囁いた。

 

 孤児院の片隅で虐げられていた少女が、祈りに応える存在──“聖女”として仰がれる瞬間だった。


 最初は、当然ながら戸惑いばかりだった。

 一日に一度口にできればよかった粗末な食事が、今では温かい料理を三度与えられる。

 冷たく硬い床ではなく、柔らかな羽毛布団に身を沈めて眠れる。

 誰一人として彼女に暴力を振るわず、むしろ優しい眼差しを向けてくれる。

 

 ──それでも。

 

 長年にわたり染みついた恐怖と不信は、容易に拭えるものではなかった。

 大人に対しても、同年代の子供に対しても、ヒマリの心は頑なに閉ざされたまま。

 

 ただひとり。

 勇者だけが、彼女の心を解かす存在だった。

 彼の前でだけは、ヒマリは笑った。

 虐げられた孤児ではなく、ただの少女として振る舞うことができた。

 しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。


 勇者と出会ってから一年が経った頃。

 かつてヴァルタニア神国を滅ぼした“化け物”が、ついに周辺諸国へと進軍を開始したのである。

 

 勇者はそれに抗うべく、各国から精鋭を募り、討伐のための軍勢を組織した。

 その列の中には、当然ヒマリの姿もあった。

 

 たった一年。されど一年。

 彼女は見違えるほどに成長し、勇者の隣に“聖女”として並び立つまでになっていた。

 

 その成長ぶりは驚異的だった。

 【回復魔法】を教われば、わずか一時間で使いこなし、二日後にはその体系を完全に修めてしまった。

 さらに一か月後には【神聖魔法】まで習得し、周囲を仰天させた。

 

 だが、不思議と誰一人として彼女を僻むことはなかった。

 人々は口々に「神に愛された娘だ」と讃え、彼女の名は瞬く間に大陸中へ広まっていった。

 

 ヒマリ自身はただ、勇者のために。

 その一心で眠りすら惜しみ、命を削るように修行へと打ち込んでいた。

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