43話
3人称視点は相変わらず手探りで書いてます
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43話
「どういうことだ……? イアが、《始原の青》だと……」
モニターに映し出されるのは、イアとヒマリ、そしてウロボロスの激突。
次々と明かされていく真実に、ノアはただ困惑するしかなかった。
無理もない。ノア自身、彼女を召喚したのは偶然の産物にすぎない。
悪魔に関する知識などほとんどなく、リヴから教えられた「種類」と「一番偉いやつ」の話を知っている程度だったのだから。
「ふふ。髪色は何かのスキルで誤魔化していたようですね。貴女と出会った時の彼女は、黒髪だったはずでしょう?」
「……ああ。召喚され、人化した時には黒髪だった」
だが、それこそが不自然だった。
本来なら《始原の青》は、その碧き髪を隠す理由などないはずだ。
それなのに人化した彼女は最初から黒髪だった──つまり、あの時点で既に完全な意識を持ち、何らかの意図をもって姿を偽っていたことになる。
……演技だったのか?
最初から、あの無邪気さも、拙さも、全部。
そこまで考えて、ノアは強く首を振った。
そんなはずはない。
彼女の悪魔としての信念は、決して虚飾などではない──ノアはそう信じたかった。
「アレは、ボクの契約したイアじゃない。見ただけで分かる、中身が違う」
「……ええ。その通りです」
預言者が静かに言葉を継ぐ。
「今そこにいるのは、五百年前の《災厄の悪魔》その人。七二回連続で死ぬ──その条件を満たしたことで、彼女は復活を遂げたのです」
「……復活……?」
ノアの喉がひきつり、乾いた声がこぼれた。
「じゃあ、ボクの契約したイアはどこにいるんだ。今そこにいるソレじゃなくて──ボクが呼んだ、あのメイドのイアは……!」
預言者はしばし目を伏せ、答えを選ぶように沈黙した。
「かつての《始原の青》と同じです。いま貴方の知るイアは、彼女と共にあります」
「共に……?」
ノアの瞳が大きく揺れる。
「《始原の青》としての彼女と、貴方が契約した“メイドの悪魔”としての彼女。二つの意志は、いまや一つの器に同居しているのです。どちらが表に立つか──それは状況と、そして……」
預言者の視線がノアを射抜く。
「……貴方の選択次第でしょう」
ニタリと、醜悪なほど美しい笑みを浮かべる預言者。
その不穏な一面に、ノアはふと先ほどの夢を思い出した。
もし──あの夢を見せたのがこいつなら。
あの夢にこそ、きっと手がかりがあるはずだ。
ノアは胸の奥で固く誓う。必ずイアを助け出す、と。
──その頃、戦場では。
碧色の髪をなびかせたイアが、聖女と神獣を同時に相手取っていた。
ヒマリの浄化の斬撃が縦横無尽に迸り、ウロボロスの巨躯が空間そのものを軋ませながら襲いかかる。
ふたりの攻撃は、どれもが人間なら一瞬で塵と化す絶技。
だが、イアは笑っていた。
「ふふ。相変わらずですね。正義の看板を背負うと、どうして皆こうも直情的になるのでしょうか」
指先をひらりと振るだけで、迫りくるウロボロスの咆哮は軌道を歪め、ヒマリの浄化の輝きは虚空へ逸れる。
軽やかに、舞うように。まるで二人の猛攻すら戯れに過ぎないかのように、イアは受け流していく。
しかし。
「……強がっていられるのも、今のうちです!」
ヒマリの、切り落とされたはずの肩口──そこから、淡い光を帯びた翼が芽吹いた。
鋭く煌めく羽毛はまるで炎のように揺らめき、戦場の光景を一変させる。
血と魔力に彩られたその姿は、聖女の威厳と決意を象徴していた。
そう。彼女は自らを削り、天上の権能を無理やり降ろしている。
それと同時に、ウロボロスの全身を覆う鱗が淡く光を帯びた。
これは彼女達が本気を出す合図──五百年前ですら誰も見たことのない、絶対なる力の解放。
「おやおや。これはこれは。傷口を修復しなかったのはこの為でしたか」
イアの瞳が妖しく細められる。
まるで獲物を見定める狩人の眼光──だがそこに宿るのは恐れではなく、紛れもなく悦びの色。
「くすくす。せっかく本気を出してくれたのです。私も、力の一端を見せてあげるとしましょう」
碧色の髪がふわりと舞い、次の瞬間、イアの周囲に数百にも及ぶ魔力の糸が奔る。
それは逃れ得ぬ捕食者の網か、あるいは触れた瞬間に全てを断ち斬る死神の鎌か。
「五百年前の雪辱──ここで晴らさせてもらいます!!」
『こんなもので、我らを縛れると思うな──!』
ヒマリとウロボロスが同時に咆哮をあげる。
次の瞬間、天地を震わせる神威が解き放たれた。常人ならば立っているどころか、存在そのものを押し潰されて即死するほどの圧力である。
しかしイアは、まるで風に揺れる花のように動じるそぶりすら見せない。
当然のことだ。何故ならこの神威──ヒマリとウロボロスの咆哮は、すべてイアから放たれる圧倒的な威圧に対抗するための反応に過ぎないのだから。
つまり、攻撃の意志ではなく、己の存在を守るための必死の防御。その差は、余裕と恐怖の隔たりとなって、戦場の空気に刻まれていた。




