41話
ストーリーの構成で一番書きたかった部分に差し掛かってきたので、筆がだいぶ進んでいます
41話
「──いますぐ機械を止めろッ!!」
柊木裕也の声は、普段の冷静さをかなぐり捨てた焦燥そのものだった。
冷静沈着を信条とする彼がここまで取り乱す理由はただ一つ──モニターに映る笹川藍の異変である。
笹川藍。その症状は、これまでの患者とはまるで一線を画していた。
記憶の混濁や性別の違和といった例は確認されていたが、髪の色が変わるなど前例すらない。
冗談か、あるいは錯覚かと疑った。だが髪を解析した結果、そのすべては現実だった。
発見されたのは未知のメラニン──TISの内部にしか存在しないはずの“ミシフィシメラニン”。
彼女の髪は、この世界にはあり得ない物質に変質していたのだ。
はじめは正気を疑った。補佐の三葉に頬をつねられ、ようやく夢ではないと理解できたほどだ。三葉自身も信じられず、自分の頬をつねっていたくらいである。
結局、経過観察のために入院となったが、その間は特に変化も見られなかった。
髪の色は進行も後退もせず、一か月が過ぎ──そして今日、裕也たち《仮想空間後遺症対策課》の監視下で再びTISをプレイすることとなった。
万全の体制を敷いた。異常があれば即時対応できるはずだった。
……しかし、モニターが映し出したのは髪のさらなる変色。
青が滲むように浸食し、瞬く間に全体を染め上げていく。
それだけではない。瞳だ。
本来ならVR没入中は閉じているはずのまぶたが開き、髪と同じ蒼に瞳が染まり始めていた。
明らかな異常。危険の正体はわからない。だが一刻も早くデバイスから彼女を引き離さねばならない──そのはずだった。
「──ダメです!デバイスが開きません!」
「何だと!? 強制開閉装置はどうした!」
「それも……反応していないんです!」
裕也はすぐさまイアに対する強制ログアウトを試みる。万が一に備え、すぐ実行できる措置だったのだが──現実は無情だった。
画面に表示されるのは、冷たく光る "ERROR" の文字だけ。
「どういうことだ……!? 非常用のシステムまで沈黙しているなんて……!」
裕也の声が震えた。仮想空間後遺症対策課の歴史でも、こんな事例は一度もない。
「機械の異常、というより……システムそのものが、外部から封じられているように見えます」
モニターを睨みつけながら、三葉が顔を青ざめさせる。
その間にも笹川藍の髪と瞳は、どんどん深い蒼に染まっていった。
人間のものとは思えぬ光沢を帯び、液晶越しにこちらを見返すように輝いている。
「……まさか、TISの内部から逆侵食を受けている……?」
裕也は息を呑む。そんな現象、理論上あり得ない。外でこんなこと言えば、狂人の妄言だと一蹴されるだろう。
だが目の前で現実がそれを否定していた。
心拍数は上昇し、脳波は通常のプレイヤーの域を超えて乱れている。それでも彼女の表情には苦痛の色はない。むしろ、何かに同化していくような静けさがあった。
「……裕也さん! 藍さんの意識が……!」
三葉が声を上げる。モニターに映る脳波グラフが、不気味な規則性を帯びていく。まるで異なる存在の言語が、彼女の神経を通じて書き換えられているかのように。
焦燥、恐怖、混乱。そんな感情が入り交じり、混乱する頭。
サーバーを落とす?電力を遮断する?いやそれでもし笹川藍にこれ以上何かがあったらどうする?
裕也はコンソールに拳を叩きつけ、必死にオーバーライドを試みる。
だが、すべての警告灯が一斉に赤へと変わった。
──アクセス拒否。
──制御権限は奪取されています。
冷たい電子音が、監視室に響き渡った。
「......どうすればいい、どうすればいい......」
もはや前例のなさすぎる事態に、仮想空間後遺症対策課は機能していなかった。
そんな折──監視室の扉が音を立てて開き、ある人物が姿を現した。
「おいおい。非常事態と聞いて来たが、一体何が起きたんだ?すげえ騒ぎじゃねえか」
監視室を覆う緊迫した空気に、思わず目を白黒させながら入ってきたのは、かつてイアと対峙したGM──鈴木だった。
だが、モニターに映るイアを目にした瞬間、その表情は驚愕に凍り付く。
「こいつは──例の悪魔のプレイヤーじゃねえか。てことはVR内……じゃねえな。デバイスつけてやがる」
無遠慮な足取りで裕也に歩み寄った鈴木は、その肩をポンと叩く。声をかけようとしたが、青白い顔を見て言葉を失った。
「鈴木さん……俺、だめかもしれません」
「……オーケー。非常事態ってわけだな。何が起きた? 手短に説明しろ」
「実は──」
裕也からこれまでの経緯を聞いた鈴木は、すぐさま頭を働かせる。
一か月ほど前、仮想空間後遺症の異例報告──“髪色の変化”──が上がっていたのを、忙しさにかまけて「気のせい」だと切り捨てた記憶を引っ張り出した。
だが今、目の前で進行する異常を前に、鈴木は内心で冷や汗をかく。
──もしかすると、これは間接的に自分の責任ではないか。
「よし、決めた。笹川藍のゲーム内視点をモニターに映せ。中の状況を直に確認する」
「ゲーム内……画面ですか?」
「外からの制御はもう利かねえ。なら内側の情報を拾うしかないだろ。手掛かりが一つでも見つかるかもしれん」
裕也は半ば反射的に操作を走らせ、イアの視点を共有する設定を有効化する。
鈴木は腕を組み、無言のままモニターに目を据えた。──解決策が見つかることを願いつつ、同時に最悪の光景を覚悟して。
そのうち聖女様のほうも書き直しか続きかければいいなと思います




