40話
40話
一歩踏み出す。殺される。生き返る。もう一歩踏み出す。また殺される。そして生き返る。
そんなイタチごっこを繰り返しているうちに、私の死亡回数は六十五回を超えていた。残機にはまだ余裕がある。……だが、先ほどから妙に調子づいてきたヒマリの様子が気にかかる。
「ふふ。そろそろ限界が近いのではありませんか?」
「……さて、それはどうでしょう」
彼女はやはり、五百年前の《災厄の悪魔》の行動パターンを参照して戦っているらしい。その動きは、私自身のそれと酷似していた。攻撃を仕掛けようとしても、端から潰されてしまう。
本気で殺すつもりがないにしても、やはり厄介だ。……ふむ、少し焦っているように“見せかけて”みましょうか。
「それにしても、先ほどからウロボロスは動きませんね……一体、何を企んでいるのです?」
「全リソースを、貴女の空間解析に割いているだけですよ。あの獣は弱くとも神。万が一がありますから」
あれほど余計な口を利くなとウロボロスに言い含めておいたのに、少し気分を良くさせただけでこの体たらく。……やはり主従は似るものらしい。
もっとも、理由がどうであれ、ウロボロスが解析にかかりきりなのは好都合である。
「おや、ずいぶんとおしゃべりですね。まだ私を殺せると決まってもいないのに」
「いいえ。あなたは終わりです。どんなに強力な悪魔であっても──七十二回殺されれば死ぬ。それが“理”。例外はありません」
なにやら聞き捨てならない情報が飛び出した──そう思った瞬間、また死が訪れた。
それは、ちょうど七十二回目の死。
「な──」
言葉が出ない。身体に力が入らない。《不死》は確かに発動している。蘇る感覚もある。だというのに、四肢がうんともすんとも動かない。
私は膝から崩れ落ち、地面に倒れ込もうとする。
意識はあるのに、指先ひとつ動かない。まるでチュートリアルの時のように、身体が強制的に操作されているかのような感覚だ。
……ん? 待てよ。スキルは確かに発動している。しかも私の意識も残っている。ということは──やはりこれは、強制イベントか。
一瞬バグを疑ったが、もしそうなら私を監視しているAIか運営がすぐに介入してくるはずだ。まだ慌てる段階ではない。
その期待を裏切らず、操り人形のように私の身体は勝手に動き出す。
倒れ込むはずだった身体が持ち上がり、右足が一歩前に踏み出される。
そして、その一歩は──ヒマリの目前へと迫っていた。
手を伸ばし、油断しきった彼女の肩をつかむ。
世界の法則。それは確かに絶対なのだろう。だがいまここにいるのは、《災厄の悪魔》なのだ。
それもただの悪魔ではない。プレイヤーという異分子でもある。そんな存在が、七十二回死んだ程度で消滅するはずがないだろう。
ヒマリも、ウロボロスも想定すべきだったのだ。五百年という月日を経て復活した悪魔が、五百年前より弱体化しているはずがないと。
そして慢心すべきではなかった。勇者も、魔神も、斥候も、遊び人もいない。ただ聖女とそのお供ごときが、《災厄の悪魔》に勝てるはずもないのだ。
「つかまえた♡」
──そして私、イアもまた油断すべきではなかった。自身の置かれている状況を、もっと深く理解すべきだったのだ。
仮想空間後遺症?
そんなもので髪が青く染まるはずがない。
悪魔としての知識?
たかが一介のプレイヤーに、そんなものが与えられるはずない。なぜなら──それを模索するのも、解き明かすのも、本来はプレイヤーだからだ。
──疑問に思うべきだった。違和感を覚えるべきだった。
暗示でも掛けられていたのか、それともまた別の要因か。
だが今となっては後の祭りだ。だってもう──イアは身体の制御権を失ってしまったのだから。




