38話
38話
イアが殺されまくっている一方その頃。彼女のご主人様であるノアは、手筈通りに隔離空間から抜け出していた。
どう抜け出したかは単純明快。イアが転移させたのだ。その転移先は──聖都の中央に聳え立つ、城の如き聖堂の中であった。
「ふぅ。無事潜入できたな」
周囲に一切の人の気配はない。ただこの大聖堂の地下に一点だけ、とてつもなく微弱な気配が存在している。
「それじゃあ悪魔。案内を頼むぞ」
ノアの言葉に呼応するように、突如としてイアが現れる。
当然ながら、このイアは分身体だ。並列存在ではないため、初めに命令された動きしかできない。
しかしながら、こうして道案内をするだけならうってつけなのだ。
いつものように、イアの分身体はノアの手を取ると、自分の方へと抱き寄せた。そのままお姫様抱っこをするのである。
もはやノアは慣れたもので、顔色変えずにその場へとおさまった。
警戒すべき敵も、気にすべきトラップなどもない。イアの分身体は命令通り、地下へと向かって駆け出した。
回廊を駆け抜け、階段を登る。また回廊を駆け抜け、今度は階段を降りる……そう繰り返してるうちに、気づけば一際大きな神像が祀られた部屋へと辿り着いた。
本来ならば高位の司祭たちが祈りを捧げる場であったのだろう。
しかしいまは人一人おらず、その神像が余計にもの寂しさを主張していた。
「広すぎるだろ…いったいどんな構造になっているんだ、この聖堂は」
自分は運ばれていただけであろうに、ノアは疲れたと言わんばかりにため息をつく。
残念ながらそこにツッコミを入れるイアはいない。ただ静寂が支配するのみである。
「……おい、どうするんだ。ここは行き止まりのようだが」
その問いに答えるかのように、イアの分身体は神像へと歩みを進める。
そして台座部分に刻まれたネームプレートを魔力を込めてなぞる。
その瞬間、ゴゴゴゴ──と言う音を立てて、神像が横に動いた。
現れたのは地下へと続く螺旋階段。その先はかなり深いようで、ここからだと底は見えない。
だがわかる。微弱な気配は、この下にいるのだと。お前を待っていると言わんばかりに、主張してきているのだ。
「さて、ここから先はボクの仕事か」
ノアはイアの分身体の腕を2回叩き、そっと床へと下ろしてもらう。
するとノアを下ろしたイアの分身体は、役目を終えたのか、スーッと姿が消えていった。
もちろん、去り際には丁寧なお辞儀をしていた。
「……ふん。分身体のくせに律儀なことだ」
鼻を鳴らして悪態をつく。そうでもないと、この不安を打ち消せないから。
ノアは大きく息を吸って、吐く。それを三回繰り返したのちに、ようやく足を動かした。
「……いくか」
ノアは螺旋階段へと足を踏み入れる。その先に何が待ち受けているのか。
それを知るのは神と、悪魔と、預言者のみである。
いったいどれほど段数を降りたのだろう。
ノアが暗闇に足を踏み入れてからというもの、手すりと時折ある灯りを頼りに、ひたすら階段を降り続けた。
なんと既に、降りた段数は500を優に超えている。
「……いくらなんでも深すぎる。どうやってこんな地下をつくったんだ」
なんのためにこんな地下空間をつくったのか。またそもそもどうやってつくったのか。
目的、それに方法。ノアには全く想像できなかった。というかそんなどうでもいいことを考えないといけないほど、ノアは精神的にも体力的にも疲弊していた。
変わらない暗闇、たどり着けない目的地というのは、存外精神を磨耗させるのだ。
「……少し休むか」
ノアは階段に座り込むと、ほっと息を吐いた。
よっぽど疲れていたのだろう。それに辺りが暗闇なこともあってか、彼は前傾姿勢をとってうつらうつらとしている。
いくら疲れているからといえど、普段ならばこのような場所で眠りこけたりなどしない。
まるで魔法にでもかかってしまったかのような──
「くそ、まずい──」
気づいた時にはもう遅い。ノアはいとも簡単に意識を失ってしまった。
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