34話 現実回
水を差すようで申し訳ないですが、ここで現実回を入れさせていただきます。
34話 現実回
「いや、さすがにおかしいだろう」
鏡を前にして、ははと乾いた笑みが溢れる。以前より感じていた違和感。ついにそれが正体を現したのだ。
「……完全に広がっているな」
はじめはほんの一房だけ青く染まっていた髪。染め残しでもあったかな?と思っていたのだが……。
今や一房なんてもんじゃない。強いていうなら十房くらい染まっている。
「はは、まるでイアみたいだな」
青──私が時間をかけて染めた、アルパイン・ブルーの髪色。
見間違えるはずがない。こんなにも見慣れた色なのだ。
異常。その一言に尽きる。
髪の毛の色が勝手に変わってしまう症例なんぞ聞いたこともない。
万が一あり得るとすれば、毎夜私の家に忍び込んで徐々に髪を染めるおかしな輩か。
いや、そんな変態がいてたまるか。
「一旦病院か……?いや、病院で地毛を判別できるのか?美容院にでもいけばいいのか?」
疑問。疑問。疑問。溢れんばかりの疑問が私の脳内を駆け巡り、答えは出ないまま溶けていく。
そうやって焦る一方で、たかだか髪の色が変わっただけだろうという冷静な自分もいる。
「……一旦落ち着こう」
大きく息を吸って、吐く。洗面器に溜めておいた水で顔を濡らす。ふわふわのタオルで顔を拭く。
よし、物理的にも頭が冷えた。落ち着いて考えでみよう。
まず、病院もダメ。髪が青くなったなどという症例は聞いたこともない。
そもそも髪の色はメラニン色素によって決まるのだから、どうやっても青色に染まるはずがない。
それに何故こうなったのか、わからないと──
「そうか、原因か」
私はそこまで鈍くない。何故こうなったのか、思い当たる節はある。
ついさっきまでやっていた、VRMMO「The Ideal Story」だ。
荒唐無稽な話ではあるが、思い当たる節はそれしかない。
仕事で薬品を使うことが多々あるが、そんな変な薬は扱わないし。
「……一度問い合わせてみるか」
信じられなくても、笑われてもいい。報告することが大事なのだ。
私に瑕疵がなければ、これもVR後遺症の一つになるはず。
VR後遺症でなら、記憶混濁や性別違和などは聞いたことがある。
死亡例もあることだし、髪の色が変わる……ってこともあるかもしれない。
「電話……いや、直接出向いた方がいいな。後の検査とかもしやすいだろうし」
TISを配信している会社── “Foreverse”と言ったか。TISくらいしかゲームをしてない私でも聞くことのある会社名だ。
日本支社ビルの場所は……車で1時間くらいか。よし、行こう。
私はさっさと身支度を整えて向かうことにした。もちろん、アポ取りの電話をしてからね。
それから1時間と半刻ほど経ち、私は高層ビルのある一室に案内された。
おそるおそる中に入ると、既に先客がいた。
ピッシリとスーツを着こなすダンディなおじ様と、白衣を着たお姉さん。
二人とも私より頭一個分以上身長が高い。縮んでしまえ。
二人は私が入るのを確認すると、立ち上がり口を開いた。
「お待ちしておりました。仮想空間後遺症対策課課長の柊木祐也と申します」
「同じく、課長補佐の日渡三葉と申します。どうぞ、こちらにお座りください」
言われるがまま、私は彼らの正面にあるソファに腰掛けた。
「改めて、本日はお越しくださりありがとうございます。笹川藍さんでよろしかったですね?」
「はい。本日はよろしくお願いします」
なんともまあ、有名とはいえどゲーム会社にこんな課があるなんて初耳だ。
来る途中で目を通したホームページにも載ってなかったし、公にはしていないのかな?
「早速ですが、笹川さんの検査は我が課で行います。安心してください。厚労省より許可を得ていますので」
「わかりました」
まあ、下手なことはされないだろうし。とりあえず頷いておこう。
「では症状の方ですが──そちらの髪ですね?写真を撮っても大丈夫ですか?」
柊木さんの言葉に首を縦に振ると、日渡さんがスマホでパシャリと私を撮った。
「ありがとうございます。続いて申し訳ないのですが、検査のために毛を一本頂きます」
そんな感じで私は首を縦に振りづつけ、検査は恙無く進行していった。
書類や質問はAIによる思考認識や深層認識のおかげですぐに終わるので、ものすごく楽だ。
病院と違って検査対象も私だけなため、検査結果もすぐに出るはず。
そうして待つこと半刻ほど。慌ただしく動いていた柊木さんと日渡さんが帰ってきた。
「──検査結果ですが、笹川さんの身体に異常は見受けられませんでした。いずれも人間として正常な数値を示し、また潜伏している病気等もございません」
口を開いたのは日渡さんの方だった。問題ないという割には額には汗が浮いていて、まるで切羽詰まっているかのような様子だ。
「ですが──そうですね。採取した頭髪から未知のメラニンが発見されました」
「……はい?」
「驚くのも無理ないでしょう。我々も訳がわかりません。とりあえずこのメラニンの名前は真、亜と続いて半性──ミシフィシメラニンとしました」
いやそんなことどうでもええねん。この二人もそれはわかっているようで、半笑い状態になっている。
「率直に言いましょう。笹川さんのメラニン色素が変質しています。黒髪には依然として真性メラニンと亜メラニンがありますが、青髪の方には半性メラニンしか含まれていません」
「また原因についてですが、VRによる後遺症とは断定できません。可能性は捨てきれませんが」
要するに、「髪は遺伝子変異で青色になってるよ!原因は不明!髪以外は至って健康!」とのこと。
「私の状態はわかりました。それで、これから私はどうすればいいでしょうか?」
ただでさえ稀有なVR後遺症の中でも、さらに稀有な遺伝子変異。どう考えても初の症例だ。
もし私だったら入院させて一月ほど経過観察、変化しなければTISをやらせてみて変化するかを確認する。
というか私がそうしたい。気になる。
「笹川さん次第ですが──1月ほど経過観察を行いたいと思います。変化が見られなければ、我々が提供するVR没入機でTISをプレイしていただき、その場合変異が進むかを観察させていただきたい」
「わかりました。ぜひ協力させてください!」
かくして、私は彼らの用意した施設にて入院することとなった。
確か昔つけてたサブタイトルを付けました
なんで消してたのかは覚えてない......




