33話
ブックマークと評価ありがとうございます。
何やら知らぬ間にいいね機能も追加されていたようで、こちらも大変励みなります。
33話
砕け散る対魔結界。それを横目に、私はご主人様とアルジェントを抱き寄せる。
「テンドウ、今です!」
「相わかった!」
私の合図を確認し、テンドウは抜刀の体勢に入る。
左掌で鞘を握り、親指で鍔を柄の方へと押し出し──鯉口を切る。
そして柄に手をかけ、腰を落とす。
これら動作の一つ一つが洗練されており、見るものを魅了させる。
剣技に関して触れたことのない私でも感嘆するほどの腕前だ。もしこのような状況でなければ、じっくりと眺めてることだろう。
「ワシが剣神と呼ばれるその一端。とくと見るがいい」
──抜刀。
右手一本で、真一文字に払うように放たれた一閃。
まさに、神速。ゆっくりと引き抜かれたはずの刀は、気づけばすでに鞘へとおさまっていた。
その瞬間──世界がズレる。
木が、家屋が、城壁が、城が。空間ごと切り裂かれた一帯は、まるで包丁で切られた豆腐の如く滑り落ちる。
「──ご主人様、アルジェント。絶対に動かないでください」
私は二人を抱える力を強め、出来うる限りの魔力を持って周囲の空間を補強する。
なぜならば今の攻撃の余波で、周辺の空間が雪崩れるからだ。
テンドウの一太刀はいわば私の《空間断絶》の完全上位互換だ。
《空間断絶》程度の裂け目なら、空間そのものの修復力でなんとかなる。
この修復力ゲーム上の仕組みなのか、この世界の仕組みかはわからないけど。
で、問題はその修復力にも限界があるのだ。
いま、テンドウが斬ったのは聖都一帯。加減はしたようで、遠くの山が斬れたりはしていない。
しかもその深さが問題なのだ。
想像してみてほしい。たっぷりの水が入ったバケツの底に、大きな穴が空いたらどうなるか。
そう。中身は全てあいた穴へと向かって溢れるだろう。
簡単に言うならば、簡易的なブラックホール。
それが、都市規模の広さで起こるのだ。どこまで被害が出るのか、考えるだけでゾクゾクしてしまう。
「第三階位以降の空間魔法が禁術に指定されてる理由が伺えますね。是非とも、会得したくなります」
「そんなこと言ってる場合か!!イア、大丈夫なのかこれは!!」
「おいおいおい、オレの結界も無理だ!どうすんだイア!!」
顔を真っ青にして私に身を寄せるご主人様に、尻尾をぶわっと膨らませてガタガタと震えているアルジェント。
この子達はわざとこんな可愛らしい振りをしているのだろうか。
今すぐ抱きしめてヨシヨシしたくなるが、我慢だ我慢。
「大丈夫に決まっているでしょう。私がいるんですよ?」
死んだらレベル消費して、一瞬で復活できるからね。文字通り、死んでも守る。
プールされてる経験値は膨大な量だし、ある程度は耐えれる。
が、テンドウの切り裂いた空間がどれだけ深いかがわからない。それにウロボロスの動向も不明だ。
私の代わりに聖都を完膚なきまでに破壊してくれたことはありがたいが、これは少々──
『《不死》が発動しました。レベルが49に減少します。HP、MPが100、SPが1下降しました」
『レベルが50に上昇しました。HP、MPが100、SPが1上昇しました』
──鬱陶しいですね。
「テンドウ!あなたどれだけ深く斬ったんですか!」
「わからん!めちゃくちゃ深いのは確かじゃ!!」
テンドウの位置は掴めないが、しっかりと声は聞こえた。
こうなるとウロボロスからのアクションを待つしかないけど、果たして乗ってくれるのかな。
そう思った次の瞬間だった。
『回帰せよ』
たった一言。透き通る鈴のような声が響き渡ると同時に、聖都一帯を覆う惨状が、ピタリと停止した。
まるで動画を停止させたかのような、不思議な光景。
これがウロボロスの権能か──そう思った瞬間、今度は全てが巻き戻った。
まさに逆再生というべきか。焦土と化した聖都は、一瞬にして元の姿へと戻ってしまった。
あまりの光景に、テンドウは目を見開き、ご主人様とアルジェントはあんぐりと口を開けて驚いている。
「な……全部巻き戻ったのか?」
「いいえ。巻き戻っていないものもありますよ」
私たち。それに加えて──
「おでましですね。ウロボロス」
上空に浮かぶ巨大な蛇と、修道服を身に纏う、黒髪の少女。
聖国の神ウロボロスと、その依代ヒマリは、悠然とその姿を現したのだった。




