31話
31話
襲いかかってくる天使は文字通り蹴散らし、テンドウの跡を追う。
剣神の名は伊達でなく、正直言って追いつくので精一杯だ。まあそんなこと、表にはおくびにも出さないが。
その点もとが魔物のアルジェントには問題ないようで、私の少し後ろについて来ている。
そうして走ること50キロメートル程だろうか。遠くの方に高く聳える壁が見えて来た。
聖国の中心部──聖都の城壁である。
まるで神聖さを象徴するような純白の壁。傷一つ見当たらないこの城壁は、無敗の現れか。
まあ、それも今日で終わるんだけどね。
ラフィニア様からのお願いは、聖国を焦土と化すこと。なにも残さなくていいのだ。
「……おかしいのう」
「どうしました?」
「聖都から、人の気配が一切しないんじゃ」
ああそうか。私がなにをしたのかについて、テンドウにはまだ説明してなかったね。
「ああ、そのことですか。なにも問題ありませんよ」
「問題ない、じゃと?ここまで人がいないとなると、ウロボロスの奴が儀式神術を使った可能性があるんじゃぞ」
儀式神術──魂と血肉を生贄に行使できる禁術のことを指す。扱えるものが神に準ずる存在しかいなかったため、神術と言われている。
しかしながらその実態は悪魔の契約よりも酷いものだ。
まあそれはさておき、こんなモノが発動する心配はない。だって、私がやったのだから。
「私が全て殺しました。なので問題ありませんよ」
「……なんじゃと?」
テンドウの足が止まる。それにつられて、私たちの足も止まる。
聖都は目前だというのに、こんなところで足を止めてどうしようというのだろうか。
「貴様……!聖都には、ウロボロスに与していない無辜なる民も居たんじゃぞ!」
「まあそうでしょうね。流れの商人、冒険者、旅人。様々な人がいたことでしょう」
そりゃそうだ。聖国は上から数えた方が早い大国。ウロボロスを信仰していない人も沢山いただろう。
でも、だからどうしたという話なのだ。
「ええ、ええ。テンドウの言いたいこともわかりますよ。もっと他に手段はなかったのか、ということでしょう?」
「貴様の力を以てしてなら、他の手段があったはずじゃ」
苦しげに歪んでいるテンドウの表情。きっと彼はウロボロスの信者すら死んだのを悲しく思っているのだろう。
まさに善神。さすがはウロボロスに剣聖として選ばれただけはある。
人としての情に溢れ、人の身でありながら神へと至った男。
だが彼は、目の前にいる私たちがどのような存在であるのか、まだわかっていないみたいだ。
そう思い私が口を開こうとした時、それを止めるかのように私の腕から抜け出して、ご主人様は目の前に躍り出た。
「剣聖。いや、テンドー・カエデ。僕から一つ問おう」
おそらくテンドウがこの状況下で最も説得したかったのは、ご主人様だろう。
そんなご主人様が私を庇うように出て来て、さぞかしテンドウは驚いたようだ。
テンドウも想定していなかっただろうな。なにせ、ご主人様の覚悟はもう決まっている。再三度、ご主人様に命令させたもの。
私はあくまで手段を提示しただけ。あくまでも、決断したのはご主人様の意思なのだ。
「僕たちは何だ?」
怖くて仕方がないんだろう。今にも逃げ出したいのかもしれない。それでもご主人様はまっすぐとテンドウを見据えている。
手も震えているし、顔色も良くない。それでもこうして前に立つご主人様は──とてもかっこよかった。
「……悪、か」
絞り出すようなテンドウの声に、ご主人様はこくりと頷く。
「そうだ。どんなに間違っていようが、正しくなかろうが、関係ない。僕たちは悪だから」
テンドウは何も言わずに振り返ると、再び聖都に向かって走り出した。
私も再びご主人様を抱え、テンドウの後を追った。




