28話
お待たせいたしました。今回いつもより短いですがご堪忍ください
28話
頭を抱えているアルジェントを尻目に、私はずっと姿を消していたご主人様に声をかけた。
「もう出てきていいですよ。脅威は去りました」
すると私のすぐ後ろの空間がゆらゆらと揺らぎ、そこからご主人様が現れた。
「……やっとか。お前のことだから大丈夫だとは思っていたが、まさかこうも簡単に対処するとはな。褒めてやる」
「恐悦至極でございます」
どこからご主人様が現れたのか。その答えは空間隔離である。空間隔離は「そこに自分たちは居るが居ない」という矛盾をつくりだせるので、こうして危険な場所でもご主人様を連れて来れるのだ。
私より空間魔法のレベルが高い者には見破られるが、空間魔法の保持者が稀なので大丈夫のはず。
「クソガキがいねえと思ったら隠れてたのか、そりゃそうだよな」
「誰がクソガキだ獣風情が。悪魔が殺されたと勘違いしてメソメソ泣いてた癖に、よく回る口じゃないか」
「泣いてねえし!」
「泣いてただろ!」
「ご主人様にアルジェント、仲が良いのは嬉しいですがもう少し落ち着いてください」
「「仲良くない!!」」
まさに犬猿の仲と言うべきか、アルジェントがこう言えばご主人様はああ言い、ご主人様がそう言えばアルジェントはこう言う。
いやはや、仲が良くて私が嫉妬してしまいそうだ。
突然意味ありげにニコニコし出した私に毒気を抜かれたのか、ご主人様はチッと舌打ちをして話を変えてきた。
「コイツのことはもう良い。で、せっかくウロボロス側の人間を捕まえたんだ。尋問をしなくてはな」
ぐるると喉を鳴らして威嚇しているアルジェントの頭を撫でてあやし、落ち着かせる。
手を離そうとするとスリスリと頭を寄せてきたので、今度はペット感覚で頭をわしゃわしゃとしてみた。
すると喉をゴロゴロと鳴らして、表情を緩めながら尻尾を私の足に巻き付けてきた。
可愛い。
「…………おまえら、僕の話を聞いていたか?」
私たちを睨みつけながら、額に青筋を浮かべて頬をひくつかせるご主人様。
流石にまずいと思ったので私はアルジェントから手を離し、ご主人様の前へと跪く。
ええい、だから寂しそうな目でこっちを見てもダメだよ?ご主人様の方が優先なんだからね!
「ええ、もちろん聞いていましたとも。そしてこのお爺さんはすでに尋問済みですよ」
「……そうか。では報告を頼む」
ハッタリとでも思ったのか、ご主人様は鼻で笑いながら報告を促してくる。
ふふふ、あまり悪魔を舐めないでほしいですね。
「名前はテンドウ・カエデ。出身国はダイワ国と呼ばれる極東の島国ですね。神国に来たのは武者修行のためであり、また既に300年以上は生きているようです。おそらく旅の途中で剣神へと至ったようです」
「なぜそんな存在がウロボロスに従っている?」
「簡単に言えば人質ですね。この国で聖女と呼ばれる存在がテンドウの養子らしいです。因みに聖女の名前はヒマリ。黒眼、黒髪ロングの大和撫子のような女の子ですよ」
「大和撫子がどういう女性を指すのかは知らんが、そんなのはどうでもいい。なぜそんなことになったかはわかるか?」
「ええもちろん。ヒマリは元々この国にある孤児院で暮らしていたようです。そこでテンドウはヒマリを見つけ、黒髪黒眼に親近感を持ったことから引き取り、養子にしたようです。そこに目をつけたのかはわかりませんが、その一年後ウロボロスの聖女の証である紋章がヒマリの手に現れ、その後教会によってヒマリとテンドウは引き離され、テンドウは直接ウロボロスによってヒマリに関するあれこれを言われ、従わざるを得なくなったようです」
こうして整理してみるとテンドウお爺さん、ものすごくかわいそうな人ですね。
養子を聖女として人質にされたせいで従わざるを得なくて、私を殺しさえすれば会わせてやると言われてここに来て。
殺したと思ったら逆に反撃を喰らって、敵の手中に落ちて。なんともまあ、可哀想な人。
「……つまりコイツはその人質さえどうにかなればウロボロス陣営から外れるんだな?」
「単純に考えればそうなりますね。おや、もしかしてご主人様……」
「ああ。コイツを味方とは言わずとも、敵ではない状態にしたい。なにせ、【剣聖】テンドーといえば僕でも聞き覚えがあるからな」
ふむ、どうせならテンドウを味方につけたいですね。
たしかに今の状態をキープしておけば彼を無力化出来ますが、それだけです。
喋らせたり歩かせたりなどの簡単なことはさせれますが、それ以外はできない。
しかもウロボロスがテンドウを取り返しに来た場合対処不可能ですし、そうなると危険なので、味方にならないなら正直殺しておきたいです。
殺すか味方につけるか、当然私は悪魔でメイドなのだから、ご主人様の命令が絶対だ。テンドウお爺さんを味方にする以外の選択肢はない。
と、決意したところでアルジェントがそういえば、と口を開いた。
「このジジイ、オレと戦ってる時にすげえお前と話したそうにしてたぞ」
「……ふむ」
ウロボロスの命令は私の殺害、にも関わらず私との対話を望んでいた……つまり彼は一縷の望みにかけて私の力を借りようとした?
しかしそれだとあからさま過ぎて、人質である聖女をウロボロスに殺されてしまうのでは?
これが指し示すのは、彼の養子が本当に”聖女”としての能力を持っていたということ。
剣聖であるテンドウが裏切りの予兆を示唆したとしても、聖女として殺されないだけの力を持っているということだ。
うん?それならテンドウがウロボロスに従う理由がないが……そこは所謂家族の絆というやつかな。
とまあ総合的に見て、人質の救出を条件とすればテンドウが私たちの味方になる可能性は高そうだ。
「ふふ、どうせならテンドウ自身の意思で我々の味方になってもらいましょう」
「頼んだぞ。テンドーが味方になるなら百人力だ」
しかしただ普通に人質の救出を交換条件に出すのも面白くないですね。そんなことは誰にだってできるし、全く悪魔らしくない。
……あ、そうだ。良いことを思いついた。
「おいあれなんか悪巧みしてる顔だぞ。止めなくて良いのか?」
「……結果を出すなら何でも良い。それにああなったやつは止めれん」
その時の私の表情は、まるで玩具をもらって喜ぶ純粋な子供のようだったという。
免許合宿の方は今のところ順調です。仮免を取り後は卒業検定です。がんばります




