24話
24話
「不正な動作を検知だと?!いったいどこのどいつだ!!」
怒りに狂った男の怒声がとある会社の一室に響き渡る。その怒声に他の会社員は返事する事なく、内心キレながら皆同意していた。
「あのR国やU国のハッカー集団すら弾いたシステムですよ?!どうやって貫通してきたんですか?!」
「うるせえとりあえずAIが精査したログ見ろログ!」
そう、ここは【The Ideal Story】の開発・運営室。人員もAIも完備され、ゲーム内の監視・不具合や外的攻撃などの対処も問題なく行なっていた。
先ほどまでは、皆ニコニコしながらほのぼのと業務に当たっていたのだ。
……不正な動作を検知したことにより、とあるプレイヤーが隔離されるまでは。
「隔離されたプレイヤーは……ユーザーネーム:イア・ノワリンデ、種族は悪魔……悪魔?!」
「ストーリーモードプレイ中に不正な動作を感知……内容は1分間で規定上限を超した経験値取得……現状で70億経験値?!」
「現在【世界の記録】から情報を精査中です。……でました。独自開発した毒を川に放流、その毒によって周辺の生物及び環境、また人間が死滅させたようです」
次々と皆から寄せられてくる情報に、男は頭を抱え発狂する。
「ええい、とりあえずその毒に関して解析しろ!不正な動作に関しては経験値取得量だから、現状を見る限りチートを使ったとかそういうのではなさそうだ。だがこんな馬鹿げた事もう一度されるとたまったものじゃない」
ドンと音を立ててデスクに座り、男はすぐさまギアを装着してデータベースにアクセスする。
「くそ、他の種族なら皆ある程度パターン化された行動をとっていたから何とかなるが、悪魔族だと?!」
「悪魔族は確かに成長具合はトップクラスだが、そもそもストーリーも難関、オンラインでも呪いでレベリングすらできない超不遇キャラだぞ?!なんでこんな……」
運営メンバーたちの悲痛な叫び声が聞こえる。わかる、わかるぞと男は内心で同意する。
そもそも悪魔族はこのゲームで実装される予定はなかった。
世界に種族としては存在しているが、プレイヤーが選択できるようにする予定がなかった。
ところが突然上からの命令でプレイヤーも選べるようになってしまったのだ。
当然反発が起きたが上から既に出来上がっていると、ストーリーも能力もこの不遇さも提示された手前、断ることができなかったのだ。
「解析完了しました!分析した結果、有機リン化合物の毒の一種、C4H10FO2P……つまりサリンです!」
「な……サリンは自然発生しない完全に人工的に作られた神経毒だろ?!ありえない」
「どうやら彼女自身が【悪魔術】によって生み出したようです」
(悪魔術、たしか悪魔だけが使えるスキルで、作るものへの理解度によって消費MPが変動するやつだったな)
男はガタンと音を当てて再び立ち上がると、再び大声で絶叫した。
「無理だ無理!!到底魔力が足りんぞ、こんな莫大な量のサリンを作るには!頭の中にサリンの詳細な構造について全部入ってなきゃ」
「しかしそうでないとこれはありえません!しかもついでに加水分解などサリンの対処方法も改悪されてなくなってます、これ!」
「なんだ、つまりコイツはとんでもない天才、いや化け物ってことか!!はは、お手上げじゃねえか!」
男はヘナヘナといった様子で再び椅子に座り込むと、大きくため息を吐いた。
「くそ、完全に想定外の想定外による不正検知だな、こりゃ。……とりあえず俺がいって説明してくる。対処、頼んだぞ」
「「「「イエッサー!!」」」」
男はリンクオン、と呟き【Second life online】の世界へと入り込んだ。
「……なんともまあベタな牢獄ですね」
私は両手と両足を鎖で縛られた状態で、牢屋の中に閉じ込められていた。
先ほどのシステム通知のタイミング的に、私の取得した経験値の量が想定外すぎて不正扱いされたのだろう。
仕方がない事だが、誠に遺憾である。ぷんぷん。
「当然でしょうけど、スキルとかも何も使えませんね」
試しに悪魔術や空間魔法を使おうと試みるが、うんともすんとも言わない。使えたら面白かったのに。
「さっさと責任者出てきませんかねえ」
「──どうやら待たせてしまったようだな」
後ろの方からの太い男の声が聞こえた。何やつ──と首だけ後ろに向けると、そこにはGMとどでかく描かれたTシャツを着た、筋肉マッチョなおっさんがいた。
「うお、こわいな。なんで首だけ180度回してこっち見れるんだよ」
「まあ私、悪魔ですので。──さて、おそらくゲームマスター様だと思うのですが、この状況を説明していただけるのですよね?」
私の言葉に対し、ゲームマスターはすうっと息を大きく吸うと、すごい勢いでこちらに土下座をしてきた。
「この度は、たいっへん申し訳ございませんでした!!」
「え、あ、はい」
あまりの勢いに思わずビビってしまった。
まさか初っ端から土下座をしてくるとは、なかなか思いきってるなこの人。
「まずは自己紹介から。この問題について対応させていただきました、ゲームマスターの鈴木と申します。以後よろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。この場合はプレイヤーネームでいいんですかね?イアと申します」
私は鈴木さんに手を差し伸べて、ゆっくりと立ち上がらせた。
流石にずっと土下座させたままだと話せるものも話せないしね。
しかも立ち上がらせないとずっと土下座してそうな勢いだったし……。
あれ、というか手を動かせる?
「……どこですか、ここ」
一度も瞬きをしていないはずなのに、気づけば周囲の景色は変わり、オフィスのような場所へと様変わりしていた。
「どうぞ、ソファーに腰掛けてください」
「失礼します」
おお、このソファーとてもふわふわだ。ウチのよりも品質がいいかもしれない。さすがはバーチャル空間だ。
「──さて、まずはことの経緯から話していきましょうか」
鈴木さんが指をパチンと鳴らすと、私と鈴木さんのちょうど真ん中あたりの空間に、目にも留まらぬ速さで大量の文字の羅列が現れた。
全部英語だこれ。えーと、なになに。不正検証、悪魔、毒……早すぎて読めないや。
「今回イアさんが隔離された原因は、こちらがあらかじめ設定していた『1分の間に取得できるであろう経験値の最大量』を超えてしまったからです」
「私としても心当たりがあるのはそれくらいですし、そうだろうなと思ってました」
鈴木さんは文字列のある部分に手を伸ばし、ある文字を指でなぞった。
するとそのなぞった部分だけ切り抜かれ、私にキチンと見えるように拡大された。
ふむ。『1分の間に取得できる経験値の量は40億が最大値と定める』って書いてあるね。
「なるほど、最大値は40億となってるんですね。たしかに私は70億くらい手に入れましたし、これに抵触してますね」
「ええ、我々としても今後プレイヤーが国を興したり、国を滅ぼしたりするのも視野に入れていました。さすがに個人で滅ぼせる存在はいないと思っていましたが、念のため1人の存在が国を滅ぼした場合、国民の数を10万と仮定して40億としたんです」
まさか始まって2週間足らずで想定を超えてくるとは……と鈴木さんはコテンと顔を俯かせた。
「なんか申し訳ないですね……。私の場合、それが最善の選択だったので」
「ええ、それは重々理解しています。先程あなたのストーリーを確認させていただきました。まさか悪魔族のストーリーがあのようになるとは、我々も把握していませんでした」
「……把握していなかった?」
おかしい。そもそも開発陣がストーリーを作ったんじゃないの?誰も把握してないって……。
「ええ。たしかに我々は”ノア”が悪魔であるプレイヤーと契約し、神に復讐するストーリーであるというのは把握していました。しかしながら、現状イアさん以外の悪魔族プレイヤーはいまだに契約にすら至っていないのです」
「……え?」
はははと鈴井さんは乾いた笑みを浮かべ、胃でも痛いのかお腹の辺りに手を当てた。
「困惑するのはわかります。ですが日本サーバー、アジアサーバー、ヨーロッパサーバー、アメリカサーバー、オセアニアサーバーなど全てを含めて悪魔族のストーリーを難なくクリアされているのは、イアさんだけなんです」
「……さすがにありえないのでは?このゲームの最大同接人数は3000万人を超えていて、なおかつアクティブユーザー数は1億を遥かに上回ってるんですよ?」
「いえ、本当にイアさんだけなんです。たしかに悪魔族のユーザーは他にもいますが、皆ストーリーも進めず、街に引き篭もるしかない状態のようです。大半の人は悪魔族を諦めて別の種族に変更していますが」
衝撃の事実を知ってしまった。たしかに以前掲示板を見たとき、選択を間違えてご主人様に殺された……というのは見かけましたが、まさか私以外誰も進めていないとは。
つまり、私が世界で1番悪魔らしいということですね!すごく自信湧いてきました。
「話が逸れましたね、失礼しました。──さて今回の件につきまして、運営の対応について述べさせていただきますね」
「お願いします」
はたしてどうなるかなあ。経験値全部没収とかになったら困るけど……現状1番あり得るのは悪魔術自体の調整かな?
今回の件を引き起こせたのは悪魔術の万能性のおかげだし、もしこれがなかったら不可能に近かったからね。
「とりあえず、経験値に関しては運営からは特に没収等は行いません。また、”毒”による被害も特にこちらから手を出したりはいたしません」
「没収されるかと思いましたが、平気なんですね」
「たしかに他プレイヤーからすれば、ここで開いた差は大きいでしょう。しかし、チートやグリッジを使われたわけではないので。ただし、いまイアさんの持っている”毒”の没収、また悪魔術の調整を行いたいと思います」
鈴木さんはそういうと、若干目を伏せながらこちらの様子を伺ってくる。私の反応を待っているようだ。
うん、妥当なところかな。
「わかりました。私としても異論はありません」
私の返事に対し鈴木さんは非常に安堵した様子で、ホッと息をついていた。
「ありがとうございます……!ここまでで何か質問はありますか?」
「あ、それなら一点。今回の件で私のレベルは49まで上がり、明らかに他のプレイヤーと埋められない差ができたと思うのですが、今後のイベント参加だったり、またプレイヤーからのやっかみに関して伺いたいです」
私がレベル49になるまでに、おおよそ70億経験値くらいかかった。
他のプレイヤーも同じなら、ここでできたレベル差はおそらく1年経っても覆らないだろう。
「いえ、実は悪魔族のレベルキャップや取得できる経験値量が桁違いなだけで、他プレイヤーはそこまで必要ないんですよ」
「そうなんですか?」
「例を挙げると、獣人ならレベル上限は20レベル、レベルマックスまでに必要な経験値量は約160万経験値。そこから進化を重ねることで、強くなれます。しかし悪魔族はレベルキャップが50でなおかつその分必要な経験値量も膨大。たしかにその分強いですが、神の呪いやストーリーのせいで意味をなしません」
「……例えそうだとしても差は埋まらなくないですか?」
「イアさんは知らないかもしれませんが、悪魔族以外の種族には『職業』という概念があります。職業にもレベルがあり、成長していけば第二次職業や、サブ職業が解放されていきます。悪魔族にはその職業の概念がないんです」
「なるほど。悪魔族である私は種族レベルしかなく、それ故に成長の度合いが高い。悪魔以外の種族はレベルキャップが低く、成長が悪魔族より緩やかな代わりに職業等の他の成長ツールがあると」
「そういうことです。流石に現状では、俗に攻略組と言われる人たちよりイアさんの方が強いですが、のちにイアさんの方がちょっと強いくらいに落ち着くはずです」
──こうして、私とゲームマスター鈴木さんとの初邂逅は終わったのだった。




