22話
就・活!
22話
イアたちがリンネ山へと進路を変えた頃、鴉色の髪をポニーテールにまとめた少女──《勇者》島崎カレンは、簡素に作られたとあるお墓の前に立っていた。
お墓にはキンセンカが供えられていて、またその近くにある茂みには2本のシャベルが捨てられていた。
「ふーん、なるほどね。災厄の悪魔たちはリンネ山に向かったのか。──おっと、流石に気づかれるか。盗聴器、壊されちゃった」
カレンは盗聴した内容を頭の中で整理し、改めて吟味する。
(さすが悪魔。"預言者"に災厄と呼ばれる理由が頷けるよ。信者を皆殺しにするという手段を真っ先に選んでくるとはね)
カレンとしては、まずは直接聖国に乗り込んでくるだろうと予想していた。
なぜかあの悪魔に対しては《未来視》が千を超える可能性を示してきて、その中でも最悪なのがこのパターンだ。
「ま、ウロボロスを弱体化させるにはこの手段が1番いいからね」
カレンは手の甲に刻まれた紋章を見つめる。これは、召喚された際にウロボロスによって刻まれた絶対服従の印だ。
それゆえにカレンはウロボロスの命令には逆らえない。
「まあでも、あくまで今回命令されたのが"災厄の悪魔の調査"でよかったよ。もし排除とかだったら面倒くさいことになってた」
カレンは考える。もし災厄の悪魔と戦うとして、勝算はどれくらいあるかと。
(驚異的な身体能力に、優れた洞察力。目的のためなら手段を問わない冷徹さ……。多めに見積もっても7割くらいか)
7割。勇者である自分の力を以っても、あの悪魔に絶対勝てる保証がないのだ。
未来視でいくら見ても、一歩間違えればこちらが殺される。
「まあ、いまは放っておくのが吉かな。とりあえず今は、命令をこなさないとね」
カレンは茂みからシャベルを一つ手に取り、お墓へと視線を向けた。
おやおや。勇者カレンはどうやら、現状敵でもなければ、味方でもないらしい。
命令されなければ私たちを襲ってこないということは、ウロボロス自体に忠誠を誓っているわけではないということかな。
ふふ、それにしても──
「盗聴しているのが、自分だけとは思わないことですね」
はじめから疑ってはいたが、私が牽引していた馬車に轢かれるのがまずおかしいのだ。
《気配察知》で人がいないか索敵しながら安全運転していたし、しかも私の視覚、嗅覚、聴覚全てにおいて彼女に反応していなかった。
要するに彼女は意図的に姿を隠蔽した状態で、私の馬車に轢かれたのだ。私に接触するために。
「こうなると、悠長にしてはいられませんね」
勇者は動かない。いまのところはだ。万が一、ウロボロスが今すぐにでも命令を変えた場合一気にこちらが不利になる。
やはり、最速で川の上流を目指しますか。
「おい、なんか嫌な予感がするんだが…」
何かを察知したご主人様が、頬をひくつかせなら私の腕を掴んできた。
勘のいいガキは嫌いだよ。
「状況が少々変わりまして。最速で川の上流を目指すことになりました。ということで──」
私は馬車を引いていた馬を解放し、馬車を《収納》する。
左脇にご主人様、右脇にアルジェントを抱え、そのまま全力疾走することにした。
馬より私が走った方が早いなんて、現実じゃ考えられませんよね。
「おい止まれええええええ!!」
「……んぅ?って、おいどういう状況だぁぁあ?!」
ご主人様と目が覚めたアルジェントの絶叫が聞こえるが、気にしない。
そうして私は、ご主人様とアルジェントの絶叫をBGMに川の上流を目指すのであった。
『威圧のレベルが1→2に上昇しました』
『気配察知のレベルが6→7に上昇しました』
川沿いを走ること半刻ほど。私たちはリンネ山の中へと突入した。
初めはとてつもなく大きかった川幅も、いまでは半分ほどの大きさになっている。それでも充分大きいが。
「……やけに視線を感じますね」
山の中には動物、魔物など様々な気配が散らばっている。
しかしながらその全てがこちらを伺ってくるだけで、襲ってきたりはしない。
原因はおそらく『威圧』スキルのおかげだろう。
格下の存在を寄せ付けないこの効果は、こう入った場面では非常に役に立ってくれる。
ちらりとご主人様とアルジェントに目を向ける。
この状況に慣れたのか、むすっとした顔で不貞腐れているご主人さま。
対してアルジェントは目を輝かせながら、キョロキョロと辺りを見回している。
「なあイア、ちょっと暴れてきたらダメか?ちょっとだけだからさ」
ふむ、と私は走りながら思考を巡らせる。
おそらくアルジェントとしては、進化によって得たスキルや力を試したいのだろう。
そう考えると、ここらで力の把握をしてもらった方がいいかもしれない。
「構いませんよ。飽きたらこの山の頂上まで来てくださいね」
「おう!」
アルジェントは嬉しそうに尻尾を振り、今か今かと獰猛な目つきで魔物たちを見つめている。
餌を待ってる獣かと思いつつ、私は一旦立ち止まり、アルジェントを魔物たちの方へと放り投げる。
「ピンチになったら助けますので存分に暴れてきてくださいねー!」
片手が空いたので、しっかりご主人様をお姫様抱っこの形に抱き直してから、私は再び頂上へと向けて走り出した。




