20話
20話
昼ごはんを食べ終わった私は、早速〈Second Life online〉にログインすることにした。
「リンクオン」
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……………
『〈Second Life online〉へのログインに成功しました。おかえりなさいませ、イアさま』
ログイン成功の旨を知らせる通知が聞こえたので目を開くと、そこはガタガタと揺れる馬車の中。
どうやら既にストーリーは進み、聖国へと向かう馬車に乗り込んでいるようだった。
そして左隣には私の肩に頭を預けて居眠りをするご主人さま。
右隣には同じく私の肩に頭を預けて爆睡しているアルジェントの姿があった。
え、神獣になったはずのアルジェントがなぜ一緒にいるのかって?
それは勿論、アルジェントはラフィニアさんの国の神獣である以前に、私の眷属だからだ。
ラフィニアさんは自国の神獣であるアルジェントをいつでも呼び出せるみたいだし、それなら問題ないとご主人さまの護衛として連れてきたのだ。
「……色々あったご主人さまはともかく、あんなにも寝ていた貴女がなんでまた寝ているのですか……」
私は眉間のあたりを押さえて、彼女の幸せそうな表情を見ながらため息を吐く。
アルジェントの睡眠欲に、呆れを通り越して思わず尊敬してしまう。
ちらりとご主人さまの方も見る。きっといい夢でも見ているのだろう。
ご主人さまにしては珍しく、幸せそうな表情を浮かべていた。
こんなにも幸せそうな表情で寝ている二人を起こすのはとても億劫だが、伝えておかなければならないことがあるので、とりあえず起こすことにした。
「……ご主人さま、アルジェント。一旦起きて下さい。どうしても言わなければならないことがあるので」
私はそう言いながら、ご主人さまとアルジェントの身体を揺する。
するとご主人さまは眠たげな目を擦りながら、不満げに口を開いた。
「……んぅ。どうした、なにか、あったか……?」
「……ええ。早急に伝えなければならないことがあるので、失礼ながら起こさせていただきました」
「……そうか。わかった」
ご主人さまはふわぁと大きな欠伸をしながら、身体をぐぅーっと伸ばした。
流石はご主人さま。寝起きの頭の切り替えだけはとても早いですね。
しかしそれに比べてこのダメ猫は──と私はアルジェントの尻尾を怒りに任せて握る。
先ほどもこうしたら直ぐに起きたのだ。ならば使わない手はない。
「あれ……?起きませんね」
先ほどとは違い、アルジェントは何故か奇声をあげて飛び起きなかった。
握る力が足りなかったのかと思い、今度は今さっきよりも力を込めてアルジェントの尻尾を握る。
するとどうだろう。アルジェントはまるで雷に打たれたかのように、大きく身体を跳ねさせた。
しかしアルジェントはやはり目を覚まさない。
流石の私もなにかがおかしいと思い、俯いた状態のアルジェントの顔を覗いた。
「気絶してますね」
理由は不明だが、アルジェントは白目を剥いて気絶していた。
なんで安全運転真っ只中な馬車の中で気絶しているんでしょう。
思い当たるのは私がアルジェントの尻尾を強く握ったことくらいですけど、そんなことで気絶するはずがありませんし……。
そんなわけで気絶したアルジェントを見つめて困惑していると、ご主人さまからジトっとした視線が飛んできた。
「おい悪魔。お前もしかしてこの猫娘が気絶した理由がわからないのか……?」
いや、わからないから困惑しているのですが……?とでも罵ろうかと思ったが、ご主人さまに私自身の無知を知られるのはプライドが許さない。
というわけで私は意味ありげな笑みを浮かべて、とっさに誤魔化すことにした。
「いえ。ご心配なさらずともわかっていますよ?──さて、アルジェントが起きるのを待ちましょうか」
「……まったく。いま聖国へ向かっている最中なんだから、もう少し緊張感を持った方がいいんじゃないか?」
ご主人さまの言葉にぐうの音も出なくなった私は、アルジェントの頰をつまみ、ぷくっと頰を膨らませた。
相変わらずこのガキ、人を小馬鹿するときの表情だけはムカつきますね……!
いまは人じゃなくて悪魔ですけど。
それはさておき、アルジェントが起きるまで私も国を滅ぼすための準備を進めておきましょうかね。
私は〈収納〉に手を突っ込み、とあるスキルを発動させた。
だいたい三十分くらい経っただろうか。
アルジェントは呻き声を上げながら、ようやく目を覚ました。
「あ、起きましたね。アルジェント」
私はそう言いながら、アルジェントの方へと視線を向ける。
するとそこには首から上を真っ赤に染めあげて、こちらに視線を向けてくるアルジェントがいた。
風邪でもひいたのかなと心配に思い、さらによく見てみると額には汗が滲んでいて、息遣いも荒かった。
仕方がないので、私はアルジェントの額に手を伸ばした。
「なっ、おま、おまえ、お前……!」
「うーん、神獣も風邪を引くんですかね……?」
案の定、額はやはりものすごく熱かった。
さらには私の手がアルジェントの額に触れた瞬間、途端にアルジェントが目を回し始めたのだ。
かなりの高熱かもしれない。
もしもアルジェントの熱が聖国に着くまでに引かなければ、少しばかり予定を変更しなければならなさそうですね。
まあ熱が引かなくても、別の方法がありますし実行に支障は出なさそうですね。きっと大丈夫でしょう。
「仕方がないですね。アルジェントに【神獣結界】を張ってもらう予定でしたが、もしこのまま熱が引かなければ変更しましょう」
私の言葉にご主人さまは「わかった」と首を縦に振り、何か言いたげな表情でアルジェントを見つめた。
「……これは風邪というよりも「なにか言いました?」……いや、何でもない」
ご主人さまがボソッとなにかを言っていた気がしたけど、気のせいだったようだ。
どうせこの猫娘役に立たねえなとでも愚痴をこぼしたんだろう。
流石は私のご主人さまである。
「起こして早々悪いのですが、アルジェントは寝ていて下さい」
私はアルジェントに馬車の座席で横たわるよう促す。
ラフィニアさんが用意してくれたこの馬車は、若干の空間拡張がされていて普通の馬車より中が広くなっている。
そのためご主人さまと私が座った上で、アルジェントの頭を私の膝に乗せておけば、彼女が座席の上で横たわっても問題ないのだ。
「……い、や。だいじょうぶ……だ」
「遠慮しないでください。流石の私でも高熱を出している人に無理はさせません」
起き上がろうとするアルジェントを、私は腕力に物を言わせて押さえつける。
悪魔である私の素のステータスに加え〈腕力上昇〉によって強化された腕力には、流石の彼女でも抗えなかったらしい。
諦めがついたのか、アルジェントはふぅと息を吐いてから目を閉じた。
「……お前の足、冷たいな」
「ええ、それはそうでしょう。血が通っていないんですし」
悪魔という存在は、"主人"によってその姿を変える。
主人が人であれと望むのならば人に。猫であれと望むのならば猫へと。
しかし悪魔であることには変わりがなく、あくまでも外見が変わっただけ。
当然私も契約の際、ご主人さまが心のうちで"人であれ"と望んでいたからこの姿なのだ。
虫とかになるのも面白そうだな、と思ってしまったのはここだけの話だ。
「はっ、そういえばお前は悪魔だったな……」
何かが可笑しかったのか、私の返答に鼻を鳴らすアルジェント。
何が可笑しかったのかが分からず首を傾げていると、アルジェントがカッと目を開いた。
しかも、先程以上に顔を真っ赤に染め上げて。
「──やっっっっぱり無理だぁぁぁぁ!!」
突然のアルジェントの叫び声にびっくりして、思わず私は彼女を抑えていた手を離してしまう。
それを好機と見たのか、アルジェントは身を機敏に動かし座席から飛び上がると、馬車の天井に張り付いた。
その状態でぐるると喉を鳴らしていて、なにやら怯えているようにも見える。
うん。そんな風に見られると、かわいくていじめたくなっちゃいますよ?
そんな私の心情を感じ取ったのか、アルジェントはブルっと身を震わせた。
「……どうしたのですか、アルジェント?」
私は天井に張り付いたアルジェントを見上げながら問いかける。
するとアルジェントは突然涙を目のふちにためて、こちらを睨みつけてきた。
え、いやアルジェント本当にどうしたの?
「〜〜!!全部お前が悪い!」
「え、いや、だからもっと具体的な説明を……」
先程と同様わけがわからず困惑していると、ふと視界にアルジェントから目を背けるご主人さまが入った。
耳も赤く染まっており、なにやら恥ずかしがっているようにも……あ。
「……アルジェント、もしかして発情してます?」
ストレートに聞くとアルジェントはピタリと表情を凍らせて、ぽてっと天井から床に落ちてきた。
そしてふふ、ふふふと不気味な笑い声をあげながら、死んだ魚のような目で私を見つめてきた。
「……そう、そうだぜ。お前が尻尾ばっか握ってくるから発情したんだよクソがぁぁぁぁ!!」
そう言うとアルジェントは正気を失った顔をして、男であるご主人さま──ではなく何故か女である私に襲いかかってきた。
いやなんで私?!とアルジェントにそっちのけがあったのかと一瞬驚いたが、まあ別にアルジェントくらいなら今の私でも気絶させられる。
「……尻尾を握ったことは謝ります。ですが、あれは別に私が責任を取らなければならないわけでもないですし……。というかアルジェントが起きないのが悪いんです!だからとりあえず寝ていてください」
私はアルジェントの突進を躱けど─さずに受け止める。
あまりの力に女子が出してはならぬ声を出しそうになったが、更に腕に力を込めることでことなきを得た。
すると私がアルジェントのことを受け入れたとでも思ったのか、彼女は私の首筋に噛み付いてこようとした。
当然そんなことない私は彼女の顔を左手で鷲掴みにし、馬車の床に叩きつけた。
もちろん、ある程度の加減はして。
「……おい。殺してないだろうな」
「当然です。私が自らの眷属を殺すわけないでしょう」
バキッと骨が折れる音がしたが、アルジェントのHPバーはおおよそ8割がた残っている。
しかもその横に【気絶】と表示されているため、死んではいない。
うん、魔物だからきっと大丈夫だろう。
私はふぅと息を吐き、ちらりとアルジェントを叩きつけた床を見つめる。
そこにはアルジェントの顔と同じくらいの大きさの穴が空いていた。
「……あとでアルジェントにはお仕置きですね」
「いや今のはお前が悪いだろう?!」
うるさいですよ、ご主人さま。




