13話

13話

「……で、なんだそいつは」

「おいイア。なんだこの感じの悪いガキは」

　現在私の目の前でアルとご主人さまがにらみ合っている。

　ご主人さまは心底嫌そうな顔をして、アルジェントはそんなご主人さまの顔を見て額に青筋を浮かべている。

　どうやら二人の相性は最悪みたい。しかしながらアルジェント、その態度はご主人さまに対して不敬ですよ。

　私はため息を吐いてご主人さまとアルジェントに告げる。

「アルジェント、残念ながらこちらが私のご主人さまでございます」

「おい、残念ってなんだ！」

「そしてご主人さま、こちらの美人さんは新しくご主人さまの使用人兼護衛を勤めます、アルジェントです」

「こんな感じ悪そうなやつがご主人さまなのか……。イア、お前苦労してんだな……」

　わたしの紹介が気に障ったのか、ご主人さまはプリプリと怒り、アルジェントは憐憫の眼差しで私を見つめてきました。

「……護衛はお前だけで十分だろう？」

　ご主人さまはフンっと鼻を鳴らして、あっちにいけと言わんばかりにしっしとアルジェントに向かって手を振りました。

　……なんでご主人さまはこんなにアルジェントのことを毛嫌いしてるんだろう。

「いえ、そういう訳にもいきません。私がなんらかの事情でご主人さまから離れた際、ご主人さまを守る者が居なくなってしまいます。その為の保険ですね」

　私がそう言うとご主人さまは顔をムッとさせて、もういいと言わんばかりにそっぽを向いてしまった。

　子供かっ！……子供だったね。うちのご主人さま。

「それとアルジェント。こんなんでもご主人さまはご主人さまです。そのような態度は不敬ですよ？」

「……チッ。わぁーたよ。今のやりとりで為人(ひととなり)はわかったしな。つーわけでよろしく頼むぞ？ご主人さま」

　アルジェントはニヤリと笑みを浮かべて、ご主人さまに跪いた。それに対してご主人さまは苦虫を噛み潰したような顔をして、

「……ああ。よろしく頼む」

　と絞り出したような声で言った。

　本当にアルジェントのなにが嫌なんだろう。気になる。

　──さて、ご主人さまにアルジェントを紹介したし、そろそろ出発しようかな。

　私はアルジェントに座席に座るように促し、馬車の外に出た。

「……おい悪魔。お前、何する気だ……？」

　ご主人さまが何かを察したのか、顔を少しだけ青くして、私にそう問いかけてきた。

　それに対し私はニッコリと笑みを浮かべて、

「馬が居なくなったので、私が御車を引こうかと思いまして」

　とご主人さまに告げた。そして私は馬に括りつけられる筈の手綱を手に取った。

「おい、ちょっ、やめっ–––」

「道が整備されていますので、最大速度で向かいます。しっかりと捕まっていてくださいね？」

　ご主人さまの顔が絶望に歪む。ふふふ、とてもいい顔ですね。ゾクゾクします。なんてね。

　アルジェントはこれから何が起こるのか理解してないのか、「なっさけねえな！テメェ本当に男か？」とご主人さまの背中をバンバンと叩いてる。

　よし、出発しようか。

　私は脚に力を込めて、地面を強く蹴った。

「ひぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁあ！！」

「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ！！」

　馬車の中から、ご主人さまとアルジェントの絶叫が聞こえる。ふふっ、楽しんでいただけているようで、なにより。

　そして我が主人よ、止まれと言って止まる人なんていないよ？

　──現在私は、整備された道を爆走している。途中人や馬車にぶつかりそうになってヒヤヒヤしたが、跳んで避けたり馬車を投げて避けたりすることでことなきを得た。

　そういった人たちは私のことをバケモノを見るような眼差しでみてきたが、私は悪魔だからそう見られるのも仕方がない。

『〈脚力上昇〉のレベルが5→6に上昇しました。〈腕力上昇〉のレベルが3→4に上昇しました。〈瞬間強化〉のレベルが1→3に上昇しました』

　それにしても……全然街が見えてきませんね。

　……あ、そもそもこの道を真っ直ぐ進めば街につくと言われただけで、ご主人さまにどこへ向かっているのか聞いていませんでしたね。

「ここまで来て申し訳ないのですが、一つ疑問が。私たちは一体どこへ向かっているのでしょうか？」

　ご主人さまからの返事はない。呆れてものが言えないのかと思ったが、そうなったらあのご主人さまのことだ。絶対バカにしてくるはず。

　どうせ一本道ですしと、私はチラリと後ろを向いた。

　するとそこには──白目をむいて気絶しているご主人さまがいた。ついでにアルジェントも。

　慌てて私は急ブレーキをかけて馬車を止めた。

　それと同時にドンっという音と、フギャッという悲鳴が聞こえたような気がしたが……、きっと気のせいだろう。私の感知範囲には誰もいなかったし。

　私は馬車の扉を開けて中に入り、ご主人さまの首筋に手を当てた。生きているかの確認だ。ちなみに脈はあった。

「ご主人さまッ？！……くっ、死んでますね。よし、埋めましょう」

「いや死んでないぞ？！」

　涙してスコップを創った瞬間、ご主人さまが顔を青くして飛び起きた。

「チッ」

「舌打ちするな！怖いだろう！」

　非常に残念ではあるが、私はスコップをインベントリにしまい、馬車の外に出た。

　こうなったら仕方ないので安全運転で行きますか。

　私は再び手綱を手に取り、走り出そうとしたが、そんな私の肩を掴んできたものがいてそれは阻まれることになった。

「もうっ！馬車で人を撥ねた上に、撥ねた人を無視して出発しようとするなんて酷いじゃないか！」

　声のした方に顔を向けると、そこには頰を膨らませた、思わず感嘆してしまうほどの美少女がいた。

　綺麗な鴉色の瞳と、ツインテールに結われた同じく鴉色の髪。服はセーラー服に鎧をつけたような感じで、腰にはレイピアのようなものを携帯している。

「……どちらさまでしょうか？」

「キミが引いていた馬車に轢かれたものだよ！もう、わたしじゃなかったら死んでたからね？！」

　轢かれたはずなのに傷一つないし、しかもその際私の感知には引っかかっていない。要するに彼女は、私の感知から逃れられるレベルの隠密能力を持ちながら、あえて私に轢かれた可能性がある。怪しい。

　私は無表情で肩に置かれた手を払いのけ、出発しようとした。

　しかし彼女の手に込められた力は相当なものだったようで、払うことが出来なかった。

　やはり、この美少女ちゃんは私よりも純粋に「強い」。

「……なにちゃっかり逃げようとしているのかな？これでもわたし怒ってるんだよ？」

　その言葉に、私はハッとした。この世界ははゲームでありながら、現実とほぼ変わらないと言われている。つまり、キャラクターたちはちゃんと「感情」などをデータとして持ち合わせているのだ。

　ついうっかり、ご主人さまと同じ対応をしてしまった。まあゲームである事には変わりないが、それらしい対応をしておかなければ後悔するのはきっと私だろう。

　まあ怪しいことには変わりないが。

　とりあえず私は彼女に対し、頭を下げた。

「……申し訳ありませんでした。人がいたことなど気付かず撥ねてしまい……」

「うん、許してあげる。その代わりと言ってはなんだけど、わたしも馬車に乗せてくれないかな？」

「もちろんでございます。私のご主人さまと使用人が1人乗っていますが、それで構わないのならですが」

　大丈夫だよ、と言って彼女は馬車に乗り込んでいった。

　……私が彼女に頭を下げたとき、恍惚したような表情を浮かべていた気配がしたが、きっと気のせいだろう。

　私はふぅと息を吐き、出発しようと足に力を込めて──

「おい、あ──イア！なんだこいつは！！」

　というご主人さまの絶叫が聞こえた。いったい何があったというのか。

「うへへ。美少女に続いて……うん、美少年がいるなんてなんという幸運なんだ！しかもこっちには美女が……！」

「おいっ！どこ触ろうとして、このっ！近寄るな！」

　……聞かなかった事にしようか。私は顔に笑みを貼り付けて、地面を力強く蹴った。今度はしっかりと、手加減をして。

　再び走り出して一時間くらい経っただろうか。未だに街らしき影は見えない。

　……あ、色々あったせいでまたどこに向かっているのか聞きそびれましたね。

　

　そんなことを思っていると、何を思ったのか突然セーラ服の少女が声をかけてきた。

「ねえねえ、暇だし自己紹介しない？」

　うんわかった。この子重度のマイペースだ。馬車を引いて走っている私に向かってそう声をかけるなんて、病気レベルかもしれない。

「私は馬車を引いて走っているのですが」

　馬車にはご主人様にアルジェントも乗っている。そんな危険な走行なんてできるはずない。

　はあ、と馬車からご主人さまのため息が聞こえた。

　うん、ご主人さまもこの子がちょっとアレなのがわかったようだ。

「んー？どうせキミ意識の8割がたこっちに割いても安全運転できるでしょ？」

「できなかったから貴女にぶつかったのでは？」

「いやさっきのはナシで！」

　……やっぱりこの子、わざとぶつかったんじゃないの？

　まあそれはともかく、この子には私の余裕さとか何でか知らないけど見透かされているみたいだ。

　──というわけで私たちは、自己紹介をすることになった。

「私の名前はイア。家名はありません。見ての通り、ご主人さまのメイドをやっています」

　家名は言わない。なぜならこのゲームでの悪魔の家名は、真名として扱われているからだ。だからこそ、家名は契約者にも打ち明けてはならないという鉄則がある。

「僕はノア・リエライト。とある貴族の三男でな、家は継げないだろうから出てきた」

　堂々とご主人さまは嘘を吐いた。まあ、亡国の王子です（笑）なんて言ったらどうなるかわからないし。

　それに怪しすぎるこの子のこと信用できないしね。

　そんな私たちに対し、セーラー服の少女はふむふむと頷き、ニッコリと笑った。

「わたしはカレン・シマザキ。聖王国に召喚された勇者、と呼ばれているものだ」

　ピシリと私の表情が固まった。なぜならば聖王国と言えば、天使を信仰し悪魔を排斥する国のことだったからだ。

　天使も悪魔も大差ないって言うのにね。

「……勇者、ですか」

「うん！凄いよね！トラックにスクラップにされたと思ったら異世界にいて、なんか世界を救ってほしいとかいわれるんだもん」

　まあ定番な話ですね。もしかしたら、魔王でもこの世界に──

「なんでも、世界に災厄をもたらすであろう悪魔がこの世界に召喚されたから、育ちきる前に殺せっていう命令でさ」

　またもや私の表情はピシリと固まった。内心冷や汗ダラダラである。

　……私のことじゃないよね？うん、きっとそうだよね。いやでもタイミング的に心当たりしかない。

「……ふむ。それはとても不明瞭な命令ですね」

　ご主人さまはそう言って、私のことをジッと見つめてきた。……なんでこっち見るんですか、ご主人さま。

「うんうん。──ところで、君たち二人……じゃなくて三人か。三人はなんで帝都に向かっているんだい？」

　ふむ、私たちは帝国の帝都に向かっていたんですね。ようやく目的地がわかりました。

「帝都に向かっているのは……」

　そこまで言うと、ご主人様は言葉を詰まらせてしまった。カレンさんは首を傾げてじっとご主人様を見つめる。

　どうやら先ほどのような機転はきかないようだ。……仕方ない。

「ご主人さまは先ほどおっしゃられたようにとある貴族の三男でございまして、家督を継ぐことは万が一のことがない限りございません。ですので帝都にて冒険者となり、生活しようと志したのでございます」

「ふむふむ。美少年なだけじゃなく、結構な志もあるんだね。えらいえらい」

　私の回答に特に疑問を覚えなかったのか、カレンさんはいい子いい子と言って、ご主人さまの頭を撫でた。

　恥ずかしさからか、それとも気に食わないからか。ご主人さまはキッとカレンさんを睨みつけた。

「–––さて、ここまで乗せてくれてありがと。わたしはここら辺で降りるよ」

　まだ帝都の影すら見えていない。あれ、カレンさんは帝都を目指してるわけじゃなかったのかな？

「帝都へ向かわれているのではなかったのですか？」

「ううん。帝都に向かう道の途中にある洞窟に用があったんだ。地図が指し示すにはここら辺らしくてね。じゃっ、また会おうねー」

　すると彼女は走行中の馬車の扉を開けて、外に飛び出していった。

「……なんだったんだアレは」

「……歩く災害じゃないですか？とてもマイペースな」

　私とご主人さまは安堵感からか、ふうとため息を吐いた。そして私は、馬車の速度を上げるのだった。

「なぜ速度を上げるッ！！」

「え、お客さん（？）が居なくなったからですが」

「……もっとご主人さまを丁重に扱ってくれないか？」

「嫌です」