Day.4-11 本来の目的
というわけで、王立図書館でわちゃわちゃした後、俺とイリヤさんは宿へと戻ってきた。本来の目的へと、向かう為である。
サンロメリア城への潜入と、城内の者達への秘密捜査。
本日もいよいよアルコール・コーリングの出番というわけだ。
王立図書館に長居をするつもりはなかったのだが、色々あってすっかり時間を食ってしまった。
馬車で引き返してくる途中、馴染みの団子屋で熱々の団子を買って、それを食べながら宿へと着いた。
「お帰りなさい!」
馬車の音を聞き付けたのかシトリが玄関を開けて出迎えてくれた。
「シトリ、すぐにまた出掛けてくる。
私達は城へ向かうから、今日は遅くなるだろう。
夕食は作っておかなくて大丈夫だ」
素早くイリヤさんが告げる。
「あら、そうですか。
じゃあ何か、作り置き出来そうなものだけ用意しておきます」
「そうしてくれ」
「図書館では大変でしたね」
シトリが言う。
そうだった、シトリの屍体が監視についていたんだった。
ということはシトリは一部始終を見ていたことになる。
「あぁ、まぁあれくらいなら日常だな。
それよりシトリの方こそ、大丈夫なのか?」
「私ですか?
省エネで頑張ってるんで心配ご無用です」
「そうか、ならいいが。
兵士も巡回しているのだから疲れたら少し休めよ」
「はい、有難うございます」
「あれ、シトリは一体何を?」
何かの仕事か。屍体使いとしてこっそり動いているのか。
「あー、言ってませんでしたね。
四方の門を、監視してるんですよぉ」
「え?」
「ほら、壊されちゃったでしょ?
だから門の復旧工事が済むまでの間は、私の屍体が門の近くにいて常時見張っているんです」
「でも、門が壊された分、そこの警備兵の数も増えているんじゃないの?」
「ええ、もちろん。
けど敵の正体がわからない間は念の為、ですね」
「身内の中に裏切り者がいる可能性がある以上、警備兵といえども完全に信用することは出来ない。
この前も体よく北門の兵を除けられてしまったしな。
そこで、シトリの出番というわけだ」
「私の術なら目立ちませんし、何かあってもすぐ対応できます」
四方の門全てに屍体を配置して見張るとは、何気に凄まじい術だな。術の適用範囲が広すぎるだろ。
王都ロメリア全体にまで屍体を展開出来て、しかもその視界をジャックしていると。
「まぁ、無理だけはするな。
あくまで自主的にやっているのだから、シトリには何の責任もない」
「はい、程々にね」
イリヤさんは一階の自室へ入るなり、ピシャリと戸を閉めてしまった。
俺も一緒に入るのだと思ったのに。
生まれてこの方、女子の部屋など一度も足を踏み入れたことのない俺にとっては凄く楽しみな
「ほら、これを着ろ」
って内なる声を言い終わる前に装備一式渡されてしまった。というか放り投げられた。
「廊下で着替えるなよ」
「……はい」
残念だが仕方がない。
装備一式は布にまとめてくるまれている。それを背負って二階へと上がる。
部屋に入ると、さっそく服を脱いで鎧に着替える。
全身を覆うプレートアーマーという奴だ。
いざ装着してみると、すごく重い。
そしてガチャガチャ鳴ってかなりうるさい。
「準備できたか?」
廊下の方からイリヤさんが声をかけてきた。
「はい、いけます」
最後の仕上げに兜を被り完成。
これで俺はもうそこらの兵士と何ら見分けがつかないようになった筈だ。
引き戸を開けて廊下へ出る。
「どうですか?」
イリヤさんに向かってくるりと回転し全身を見せてみた。
「あぁ、問題なしだ。
あとは兵士としての立ち振舞いだな。
基本的には、あまりキョロキョロせず前の一点だけを見て背筋を伸ばして歩け。
平服の時と比べて視界が極端に悪いから足元にも注意をしろ」
「了解です」
「それと、城内では酒を飲む隙は無いかもしれん。
可能なら今、飲んでおけ」
おう、そう言えばこの兜を着けていると酒が飲めないな。
ずらして口元だけ出して飲んでもいいけど、その動きは城内でやるには目立ち過ぎるか。
アルコール・コーリングは酔っている間中持続する。だがそのシンドラー酔いが覚めてくると急速に低下し音がぼやけてくる。
城内で捜査を始めるタイミングには充分な深度が欲しい。
だがここで一つ悩ましい問題がある。
酒に酔うと当然足腰に来る。つまり千鳥足というやつだ。
この重量の装備を身に付けたまま酩酊すれば、たちまちのうちに身動きが取れなくなるだろう。
イリヤさんの護衛として付き従っている兵士がフラフラさ迷い歩いていたら、誰だって不審に思う。
と、いうような内容をイリヤさんに相談してみた。
「そうか、言われてみれば確かにな。
軽装で動き回るのとは訳が違う、か。
かといって普段着で城内を連れ回す理由は無いしな」
「やっぱり城内で程よいタイミングで飲むことにしましょう」
「それしかないか。
ならば酒は私が持つとしよう。
一般兵は余計な物品の持ち込みを禁止されている」
そして遂に、俺達はサンロメリア城へ向かうことになったのである。
イリヤさんは通りで馬車をさっと捕まえ、乗り込んだ。
城までの道中、ホマスでジュークに連絡を取る。
この後、城で一度落ち合うことになるようだ。
「ところでイリヤさん」
「何だ?」
「あの禁書って持ってきてます?」
「あぁ、だがどうした?
読みたいのか?」
「えぇ、読みたいっちゃあ読みたいですけど。
噛まれるのは勘弁です。
ジュークならあの本にかかっている魔術を無効化出来るのかなーって」
「あぁ、どうせこれから会うんだ。
その時に訊いてみると良いだろう。
今は静かにしているが、私もこの本が急に暴れだしたら困るしな」
「ポルカみたいに?」
ふっ、とイリヤさんは鼻で笑った。
「そういうことだ」
禁書はイリヤさんのバッグに俺の酒共々投げ入れられている。
ポルカをおとなしくさせた時から今まで、ずっと黙りこくっている。派手な動きをしすぎて体力を使い果たしたのだろうか。
やがて視界前方に聳えていたサンロメリア城がいよいよ近付いてきた。
四方の門から伸びた直線道路が十字に交差する地点に、ロメール帝国の正に中枢である王の居城は存在している。
我ながら身も蓋もない比喩表現だと思うが……ヤングコーンみたいに尖った塔がいくつも並び立ち、その苗床みたいにして重厚な造りの聖堂のような建造物がある。
複雑な建物の至るところが渡り廊下や階段で繋がっているのが、外からでも見える。
「サンロメリア城の中って、すごい複雑そうですよね」
「あぁ、ガイド無しに歩けばたちまち迷ってしまうだろうな。
それに、内部は特殊な仕掛けが施されている」
「お、気になりますね。
なんですか、それ」
「自分の目で確かめてみろ。
その方が、楽しめるだろう」
楽しむとは?
何だろう、なんかすごい彫刻とか彫像が所狭しと並んでいるとか?
それで彫像を動かして床の所定の場所に置いたら部屋の鍵が開いたりするんだな、某ホラーゲームみたいに。
うん、無いな。
サンロメリア城の城門へ、馬車が到着する。
「兜を着けろ。
そしてお前は決して発言するな」
「はい」
兜を被ってると本当に頭が蒸れる。通気性が最悪だ。
あと視界が悪くなるし、音も聞こえにくくなる。
まぁ戦場で頭部を保護するのが本来の目的なのだからこの辺の不便さは仕方のない事なのだろう。
全身を甲冑に包み込み兜を被ればもう、誰が見ても俺は帝国兵である。
城門も四方に一つずつ備わっていて、東通りからやって来た俺達に応対するのは東門の兵だ。
馬車が城門前でゆっくりと停車する。
「私だ」
東門の警備兵が詰問するより早くイリヤさんは荷台から降りて言った。
「ハッ!レーヴァティン殿!!
ご苦労様であります!!」
兵士は慌ただしく敬礼する。
「ジュークと約束がある。
通してもらうぞ」
「はい、お通りください!」
顔パスというやつか。
さすがにイリヤさんほどの傑物なら身分証的なものを提示しなくてもスルー出来るんだな。
「お前も降りろ。
行くぞ」
促されて俺は荷台から外へ
ガッシャアァン!!!
転がり落ちた。
足を踏み出したはずが足甲の重みに振り回されて着地を失敗した。
俯せに倒れ伏す俺の無様な姿よ……。
「…………おい」
「イリヤさん……起こして……起こしてください」
「はぁ……」
イリヤさんの深いため息が聞こえた。
だって、こんな装備初めてなんだもん!
ぎゃふん!




