Day.3-14 謎の工房
俺は真っ暗闇の中、迷いなく進む。何の明かりもない完全なる闇だ。普通の人間なら恐怖で足が竦んで動けなくなるだろうが、俺には外と何ら変わらない。
アルコール・コーリングが、こういう狭い場所では効力を発揮する。音を反射する壁に覆われているからだ。
過たず横道へ侵入する。
それにしても恐ろしいのはイリヤさんだ。俺に余裕でついてくる。普通に歩いている。夜目が効くってレベルじゃねぇぞ、これ。
俺の服の袖をちょこっとつまむとか、そういうのを期待したが全く無かった。
「こんなに真っ暗なのに、壁とかにぶつからないんですか?」
「あぁ、視覚が効かないなら聴覚や皮膚感覚で進めばいい」
当たり前のことのように、言う。いやぁ、普通の人はそこまで鋭敏な感覚持ってませんって。
あと、イリヤさんは闇を全く恐れていない。肝の据わり方が尋常じゃない。レベル3000は伊達じゃないな。
歩いているだけで左右の壁に体をこすりそうな狭い道だ。
それをようやく登りきり、例の部屋に辿り着く。
「見えますか?イリヤさん」
大広間は少しだけ明るい。真っ暗闇ではない。天井のどこかに穴が開いていてそこから光が差し込んでいるのか。
明かりはこちらの部屋にも当たっているから少しは物が見える。
夜が急速に迫っている。この頼りない明かりが無くなるのも時間の問題か。
「あぁ、ここは一体……」
「何かの、工房ですかね」
道具類は年季の入ったものが多い。錆が浮いているのも見受けられる。しかしつい最近まで人がいたような気配はある。
ずっと誰も触れていないなら、埃が積もっているはず。
だがこの道具類は、そうなっていない。
もう少ししっかり調べたいが、バッグの中の松明に火をつけるわけにはいかないだろう。その明かりで下にいる魔獣に感づかれてしまう。
俺もイリヤさんも小声で話しているが洞窟内は音がよく響く。俺たちの声ももしかしたら魔獣に聞かれているかもしれない。一応、動きは今のところ無さそうだが。
その時ふいに、俺の視界の端に何かが映った。
気になってそれに近付いてみる。
いくつかの三角錐の物体が乱雑に地面に置かれている。表面には謎の紋様。そして球体がその隣に複数個。こちらにも紋様は描かれている。
俺はそれらを、見たことがある。つい最近のことだ。忘れもしない。
直接この目で見たのではなく、アルコール・コーリングで確認しただけだが断言できる。
昨日、ネハンのマリさんの店に置かれていたあの、妨害装置だ。
「おい、どうした?」
「イリヤさん、これを見たことがありますか?」
三角錐と球体を一つずつ持ち上げて、イリヤさんに訊く。
「いや、無いな。
それは何に使う道具だ?」
ジュークが言っていた。装置は、自爆してしまったと。だからイリヤさんは現物を見ていないんだ。
「これは昨日、魔導通信網を妨害していた装置です」
「何っ!?」
イリヤさんが声を上げた。
途端に下の大広間で魔獣が身動ぎした。今ので、こちらの存在を悟られたか!?
俺は唇に人指し指を当てる。
「すまん、つい」
イリヤさんは謝った。そして俺の手から二つの物体を取り上げた。
「この紋様は古代の文字のようだ。
解読するには資料が必要だ」
「自爆しませんか?」
「起動していないなら大丈夫だろう。
持ち帰り、調べてみよう」
そう言ってイリヤさんはそれらを俺に投げて寄越した。慌てて受け取り、バッグに放り込む。俺の脇でいきなり爆発しないでくれよ……。
「こいつがここにあると言うことは……」
「ここが昨日の奴の工房であり、デストリアもそいつが関わっている可能性が高い」
「闇の一族、では?」
「……無くもないか」
ここが工房なら、“敵”はここに帰ってくるかもしれない。
待ってみる価値は、あるか?
だが……今ではないな。
魔獣デストリアが首をもたげ、こっちを見ている。
「クオオオォォ!!」
デストリアが吼えた。
「イリヤさん!」
「チッ、気付かれたか。
ならばここで決める!」
「女の子が、この洞窟に入ってきます!」
やはり、ここを目指していたのか。
だが、何故?何の用がある?
母親がこんなところにいるわけがないだろう。
「お前が行って、追い返せ!
魔獣と卵は私が引き受けた!」
「分かりました!」
「気を付けろよ」
「イリヤさんも」
俺は走り出した。
背後でイリヤさんは躊躇なく跳び、大広間の魔獣へ向かって落下していった。




