37話 断罪
領内から魔物が一掃され、リュミエール領が平和と落ち着きを取り戻した数日後、私たちはリュミエール家の屋敷のサロンに集まっていた。
最近いろいろありすぎて遠い昔のように感じるけど、この場所でベルさんが濡れ衣を着せられたのはたった二週間前の話なんだよね。あらゆる意味で激しい二週間だったな…。
戻ってきた屋敷にロイの姿はなかった。すでに罪人として王都に送還されたらしい。
フォルセル侯爵とは違い、ロイは「容疑はかかっているけど決定的な証拠がない」という状況だったようだけど、生け捕りにしたカサンドラの証言の中にロイに関するものもあったことが決め手となって身柄を拘束されたとのこと。
どうやら魔族には自分より確実に強い存在として認識した相手には全く逆らえないという本能があるようで、カサンドラはベルさんとメリッサさんによる尋問を受けフォルセル侯爵の計画や、ロイがリュミエール領で何をしていたかなどを洗いざらい喋ってくれたらしい。
ということで、もう二度とロイに会うことはないだろう。もちろん会いたいとは全く思わないけど、立場が逆転した状態で一度も話ができなかったのはちょっとだけ悔しい。
今までの鬱憤とか怨みとかがたっぷりあるから、身柄を拘束された状態のロイの前で「残念でしたね、オーホホホホホ」とかやりたかったかも。私、性格悪いからね。
…ロイのことはどうでも良いとして、問題は気まずそうな表情で私を見つめている両親と、魂が抜けたような様子のお姉ちゃんだった。
気が重いな。これから自分の家族を断罪しないといけないなんて。私がもう少ししっかりしていれば、彼らがロイに騙されることもなかったはずなのに。
本当はやりたくないけど…伯爵によるとこれは必ず私がやらなければいけない仕事らしい。
リュミエール辺境伯の地位が外部、つまりブライトン伯爵によって不当に干渉される形で私に移譲されたという誤解が生まれることがないように、領内の主要な関係者が集まっている中で「私が」家族を断罪する必要があると。
だから、今サロンにはリュミエール家の親戚一同や屋敷の使用人たち、そして領内の有力な人物たちまで集まって静かに状況を見守っていた。
うちのサロン、無駄に広い空間なのにそれでも窮屈に感じてしまうほどたくさんの人が集まっていて、彼らは全員、私が口を開くのを待っている…。
…
……
……い、胃が痛い。でもやらなきゃ。
貴族って大変だ…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お父様、お母様、そしてお姉様…」
心を鬼にした私は、なるべく無表情を維持することを心がけながら、自らの家族を非難し、断罪した。
正直、ものすごく辛かった。
でも「今まで魔物の侵攻を食い止めていたのはベルさんだった」とみんなの前で宣言し、「そのベルさんを領内から追い出した結果が御覧の通り」と言い放った時だけは、心からの怒りをぶつけていた。
あれだけ私のことを溺愛してくれた訳だから、最後まで私の言葉を信じてくれてもよかったじゃんって思ってたしね。
そんな私に対して父と母は何度も何度も謝罪してきたんだけど…
残念。私ももうあなたたちを助けることはできないんだ。少なくても今すぐにはね。まさか私がこのセリフを「言う立場」になるとは思わなかったけど…。
「…もう遅いです。すでに私が許す、許さないを決められる問題ではなくなってきましたので」
「その通りです」
いつの間にか私のそばにやってきたブライトン伯爵が、私にアイコンタクトをしながら肩を一度軽くポンと叩いてくれた。
彼の目は意外なことにとても優しく、まるで私に「もういいよ。よく頑張ったね」と言ってくれているようだった。
「誤った判断で魔物の侵攻を許し、自領を危機的な状況に陥れた愚かな領主に、これ以上このリュミエール辺境伯領を任せておく訳にはいきません」
そう言って伯爵は、女王陛下の親書を取り出して読み上げ始めた。
そこに書かれてあった内容は、フローラン・リュミエール辺境伯とセシル夫人、そしてクラリス・リュミエール辺境伯令嬢の貴族としての身分を剥奪し、セント・ジュード修道院での無期限謹慎を命ずるというものだった。
そして新たなリュミエール辺境伯として今回の魔物騒動から見事領地を守ってみせたエリカ・リュミエールを任命すると。
それを聞いた父と母は絶望に満ちた顔になってただ固まっていたんだけど…。それまで一言も喋らず、ずっと放心状態だったお姉ちゃんが静かに立ち上がり、ふらふらとした足取りで私に近づいてきた。
彼女が突然動き出したのはみんな予想外だったようで、誰もがただボーッと彼女の姿を見つめている中…。
「そう…やっぱりあなたなのね。また私はあなたに奪われるのね」
そんなことをブツブツ言いながら、お姉ちゃんはドレスの袖から短剣を取り出していた。
あっ、ヤバっ!
こんなのベルさんに見られたらお姉ちゃんが殺されちゃう…!
そう思った私はベルさんが動くよりも早く、自分からお姉ちゃんの方に駆け寄って彼女を制圧した。
一応、二周目の時は死ぬ気で剣術に打ち込んでいたわけだし、ここ最近は実戦経験まで積んだ(ほとんど役に立たなかったけど)わけだから、深窓の令嬢であるお姉ちゃんに簡単に刺されるはずがないんだよね。
…ベルさんがキレる前に反応できてよかった。
私は短剣を持っていたお姉ちゃんの右手を捻り上げて動きを封じたうえで、彼女の目を見ながら素直な自分の気持ちを伝えた。
「ごめんね、お姉ちゃん。私がもう少ししっかりしていれば、こんなことにならなかったのに…。本当にごめん」
お姉ちゃんにとっては何がごめんなのか分からないんだろうけど…。
私がもっとちゃんとロイを警戒していれば、お姉ちゃんがロイに利用されて最終的には自分の妹を刺し殺したいと思っちゃうほど追い込まれることもなかったはずなんだよね。
だから…ごめんなさい。
「う…あ…うわ…うあ"あ"あ"あ"あ"あああ"ああ"あ」
でも私の言葉によってさらに心を病んでしまったのか、お姉ちゃんは「発狂」としか表現できないような奇声をあげながら泣き崩れてしまった。
…私、最低の妹だね。恋人のことしか見えなくなって同じ屋敷に住んでいる姉が他人に利用されていることに全く気付かず、お姉ちゃんが追い込まれて壊れちゃうのを防げなかった…。
でもお姉ちゃん。お姉ちゃんも本当は死ぬ運命だったから。過去の二回はお姉ちゃんも命を落としてたはずだから。
だから…一応、命だけは助かった訳だからどうか許して。
なるべく早く修道院から出て来られるように、私にできることは何でもするから。
…本当にごめんね。
どうやら作者には確実にブクマと☆5を入れてくれたことを認識した相手には全く逆らえないという本能があるようで…




