36話 不死の聖女
一週間ぶりに戻ったリュミエール辺境伯領は、前とはだいぶ雰囲気が変わっていた。空気がよどんでいるというか、妙にピリピリしているというか。
グランフェルト山脈から降りてくる魔物の侵攻を食い止めることができておらず、領内のあっちこっちで被害が出ているらしいから仕方がないかもしれない。
実際に領内に入ってからまだ半日も経っていないのに、すでに二回も魔物に遭遇したわけだし。
『絶対に無理はしないでね?エリカちゃん』
「もちろん、少しでも危ないと思ったらすぐにメリッサさんの後ろに隠れるから」
『ぜひそうしてちょうだい』
メリッサさんがこの距離で守ってくれる限り、少しでも危ないと思うこと自体がなさそうだけどね。
メリッサさんは何を心配してるのかって?…私がこれから自ら剣を持って魔物と戦うことになったのを心配してくれてる。そしてそうなった理由は、ブライトン伯爵からのアドバイスだった。
伯爵は、フォルセル侯爵の策略とそれを防げなかった旧辺境伯…つまりお父様の無能さによって危機的な状況に陥ったリュミエール辺境伯領を、そのお父様に見捨てられて追放された私が自ら剣をとって戦って救って見せるという構図を作ることをすすめてきた。
私が新しいリュミエール辺境伯になるための大義名分を作るためにも、そしてリュミエール辺境伯になってから領民たちと良好な関係を築くためにもその手の武勇伝や伝説はあった方が良いと。
実際には私はお父様に見捨てられた訳ではないし、リュミエール領から追放された訳でもないんだけど…そんな細かいことはどうでもいいし後からいくらでも情報操作できるとのことだった。
たぶん伯爵は自ら剣をとって戦う私の傍らには自分自身とケネスくんがいたということも武勇伝の一部にして、早速両家の友好関係と自分のリュミエール家への影響力を世間にアピールしたいんだろうね。
ちなみにベルさんは私を危険な目にあわせたくないということで、私が剣を持って戦うことには反対してたんだけど…私にも思うところがあって伯爵のアドバイスを受け入れることにした。
伯爵が率いている王国騎士団の皆様だけではなく、メリッサさんやデスナイトの皆さんにも守ってもらいながら戦うことを条件にね。
私は、少なくともリュミエール領内においては、ベルさんが自分の力を堂々と公表できる環境を作りたかった。
そしてロイやお姉ちゃんによって、私たちが消えた後に急激に魔物が増えたのをベルさんのせいにされている可能性も否定できないから、武勇伝や伝説を作るのであればそこには必ずベルさんの役割が入るようにしたかった。
だから、もし私が自ら剣をとって戦うのであれば、その傍らにはベルさんが召喚したアンデッドの姿があるべきと考えた。
もちろん、他の誰よりもベルさんやベルさんが召喚したアンデッドの皆さん…特にメリッサさんに守ってもらった方が私も心強いし、きっとベルさんも安心できるんだろうなという理由もあった。
ということで、今の私は精鋭のアンデッドたちを率いて戦う死霊騎士エリカ・リュミエール。なんかカッコいい!
…というかよく考えたら私も、二回も死んでるわけだから実質アンデッドのようなものだよね。あと、ネクロマンサーのベルさんに絶対服従してるし。
他のアンデッドの皆さんとは違って、私の場合は主に性的な意味で服従してるんだけどね。
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やはりベルさんの力は規格外だった。数日間、私が領内を回りながら戦って(実際には剣を持って先頭に立っているだけで、ほとんど何もしてないけど)いる間に、並行して大量のアンデッドを召喚して領内とグランフェルト山脈の魔物を殲滅していたらしい。
それによってたった数日で領内の魔物は狩りつくされ、リュミエール領はかつての平穏を取り戻した。
そしてグランフェルト山脈を含む領内各地を訪れ「私、戦ってますよ」アピールをするという私の仕事が一段落した段階で、ベルさんとメリッサさんはどこかに消えて、数時間後にとんでもないものを拾って帰ってきた。
数日間戦闘が続いていた中で、どうやら彼女たちは今回の魔物の大量発生を主導していた魔族の存在と居場所を特定できていたようで、なんとその魔族を生け捕りにして帰ってきていた。
ベルさんによると、その魔族はおそらく前までは魔力を探知ができないような遠い場所で魔物を操っていたようだけど、ベルさんがリュミエール領を離れたことで油断したのか今はグランフェルト山脈にまでやってきて魔物を召喚し続けていたらしい。
それでその存在と居場所を特定して捕らえることができたと。
どうでもいいけど、その魔族はメリッサさんに負けないくらい妖艶な姿をした女だった。それが本当の姿なのかは分からないけど。名前はカサンドラというらしい。
ちなみに「魔物」と「魔族」では格が全然違う。魔物はいわば野生動物の強化版で、血に飢えた狂暴な獣に過ぎないのに対し、魔族は人間と同等かそれ以上の知性と、人間とは比べ物にならないレベルの強大な魔力を持つ種族。
そして魔族は基本的に生身の人間が敵う相手ではないんだけど…。
その魔族に打ち勝って、しかも生け捕りして帰ってくるとか。ちょっと非常識すぎるよ、ベルさん。本当に「新たな死霊王」じゃん。
そんなベルさんとは違って私には特別な力は全くなく、ただパフォーマンスで領内を回っていただけなんだけど…なんか一緒に戦ってくれた騎士団の皆様やグランフェルト・レンジャーの皆様に変な尊敬を集めるようになってしまった。
メリッサさんやデスナイトの皆さんに全くビビらずに普通に…いや普通というよりむしろ親しげに接していたことがその原因らしい。
彼らに言わせると私は「百戦錬磨の自分たちでさえ腰が抜けそうになる強烈な死の恐怖にも顔色ひとつ変えない、勇敢すぎる戦姫」らしい。そしていつの間にか「不死の聖女」という新しい二つ名までついてしまった。
いや、そんなんじゃないから。慣れの問題だよ。メリッサさんと定期的に会っているうちに怖いと思わなくなっただけ。デスナイトの皆さんが与える死の恐怖はメリッサさんのやつ比べるとだいぶ控えめだし。
…それにしても「不死の聖女」って。たぶんアンデッド軍団を率いているのを見て誰かが安易につけた二つ名なんだろうけど…。
私、不死どころかすでに二回も死んでるんですけどね…。
他の作者の皆さんとは違って、私の場合は主にブクマと☆5に服従してるんだけどね。




