35話 新たな死霊王
「私、生涯独身を貫くつもりはありません」
私の言葉にその場にいた全員が意外そうな顔をした。特にベルさんはショックを受けた様子で、一瞬驚いたような表情になった後はとても悲しそうな顔で落ち込んでいた。
違うから、ベルさん。完全に誤解してるから。そういう意味じゃないから。
私はニッコリ笑ってから、普段は全く使わない古風なお嬢様っぽい口調で話を続けた。これからの話は「リュミエール辺境伯令嬢」としての交渉だよ、という意味を込めて。
「元々わがままで自分勝手な田舎娘でしたのに、運よくあのブライトン様に実の娘のように可愛がっていただけるようになったんですもの。…まわりにどう思われようが、なんと言われようが、愛する方との結婚を堂々と発表するくらいのことは致しますわ」
伯爵は「続けなさい」と目で言っているような、興味深そうな表情で私の言葉に耳を傾けてくれた。
「そして私の新しいお義父様はとても理解のある方で…、きっとそんな娘の結婚を心から祝福してくださって…、そのことに関して王都方面からの雑音がド田舎にいる娘のところには一切届かないようにしてくださるのです」
偶然視界に入ってきたケネスくんの表情は、確かに伯爵にそっくりだった。顔は似てないけどね。
「後からそのことを知った娘はもう大感激してしまいまして…。リュミエール家は常にブライトン家とともにあると高らかに宣言するんでしょうね。そしてきっと、大好きなお義父様に恩返しするためならどんな協力も惜しまないと思いますわ」
ベルさんはすごく感動したような、そして少し申し訳なさそうな表情をしていた。「一瞬でも疑っちゃってごめん」とでも思ってるのかな。
「もちろんそんな娘と一心同体のパートナーも同様ですわ。今後ブライトン伯爵家に歯向かう者は、新たな死霊王を敵に回すことになるでしょう」
私がこの交渉をしようと思ったことにはいくつか理由があった。
まずはベルさんと一緒に今後の人生を歩んでいくにあたって、リュミエール領に残ることは必ずしも私たちにとってメリットばかりではないんだよということを伯爵に知ってもらうこと。
私たちの場合リュミエール領に残る方が、誰も自分たちのことを知らない国外で静かに暮らしていくよりもいろいろと難しくなる部分もあるからね。国外に出れば同性の恋人同士があまり目立たずに暮らせる場所を自分たちで探すこともできる訳だし。
もちろんその点を考慮しても伯爵の提案は私たちにとって十分魅力的なものだったけど、だからこそ彼の提案をすぐに受け入れるのではなく、さらに良い条件を引き出すための交渉をした方が良いかなと思った部分もある。
目の前の好条件に目がくらむことなく、冷静に相手の提案を分析して、より良い条件を求めることができるだけの強かさを持っているんだよということを伯爵にアピールするためにもね。
さらに私は精々ちょっと強かな小娘に過ぎないけど、ベルさんはめちゃくちゃすごいんだぞということもアピールして、決して自分たちを安売りはしないという姿勢を見せる意図もあった。「新たな死霊王」というインパクトのある言葉を使ったのもそのため。
そしてそんな私たちが今なら「二人の結婚を全面的にサポートする」という条件だけで手に入るよ、お買い得だと思わない?というのが私の言葉に含まれた意味で、伯爵に求める唯一の条件だった。
別に金も名誉も権力も要らないからね、私。欲しいのはベルさんと堂々と愛し合っていける環境だけ。そしてきっと、伯爵にとって私が新たに提案した条件はそこまで難しいものではないはず。
…でもノリと勢いで「新たな死霊王」とか言っちゃってごめんね、ベルさん。
たぶん伯爵もケネスくんもベルさんの力の正体はもう知ってると思うし、これからはベルさんがネクロマンサーであることを隠す必要もないような環境を作ってみせるから許してね。
……いや、やっぱまだ許さないで。今夜ベッドでたっぷりお仕置きしてから許して?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なるほど。息子があなたに惚れこんだのも分かりますね」
最後まで私の話に耳を傾けてくれた伯爵は、どこか満足げな様子で微笑んでいた。
「では、その条件で交渉成立ということでよろしいでしょうか」
「あ、待ってください。ベルさんの意見も聞かないといけませんので。…ベルさんもそれで良い?」
どこかボーッとした様子で話を聞いていたベルさんは私に突然話を振られたことに驚いたのか、少し慌てた様子で返事をしてくれた。
「えっ?ごめんなさい、わたし完全には話についていけてなくて…。でもわたしは、エリカさんが決めたことならどんなことにでも従いますよ」
「…ありがとう。あとで詳しく説明しますね」
そうだよね。ベルさんは普段、私の意見ならどんなものでも無条件で受け入れてくれる人だもんね。
私とベルさん、傍から見たら完全に私が主導権を握っていて、ベルさんは私にめちゃくちゃ従順なパートナーに見えるんだろうな。実際には逆で、夜は私がベルさんのことを「ご主人様」と呼んだりしているのにね。
……今後の人生を左右する大事な話をしている時でさえ、ちょくちょくベルさんのベッドでの姿を思い出すのは良くないね。どれだけ煩悩まみれなんだよ、私。
…でもしょうがないよね。夜のベルさんが強烈すぎて、刺激的すぎて、その姿はきっと私の潜在意識の一番深いところにまで刻み込まれているんだ。
だから時と場所をわきまえずに思い出してしまうのもある意味当たり前だよ。私、悪くない。
「では、よろしくお願いいたします、お義父様」
私の「お義父様」という言葉にさらに満足げな表情になった伯爵は穏やかな笑顔のまま、でも力強く宣言した。
「こちらこそよろしくお願いします。エリカさん。すでに準備は整っていますので、すぐにでも出発しましょう」
もう準備完了しているんだ。さすが…。
「リュミエール辺境伯領へ」
…まさか戻ることになるとは思わなかったな。しかもこんなに早く。
……今後の人生を左右する大事な話をしている時でさえ、ちょくちょくブクマと☆評価増えてるかなと気にしてしまうのは良くないね。どれだけ煩悩まみれなんだよ、私。




