34話 人生何があるか分からない
人生何があるか分からない。本当にそう思う。
私なんかもう人生三周目なのに、それでも一寸先は闇って感じだからね。今回の件もそう。
これからはベルさんと二人でどこかの外国で静かに暮らしていこうと思って、そのための行動を開始したばかりだったのに、気がついたら私たちは王都にあるブライトン伯爵家の屋敷に客人として招かれていた。
移動中の馬車の中で、ケネスくんが状況を説明してくれた。
どうやらケネスくんが王都に戻り、ロイやフォルセル侯爵の動きを本格的に探り始めたことによって、焦ったフォルセル侯爵が急いで事を進めた可能性があるようだった。今回の動きはケネスくんにとっても予想より遥かに早い展開だったらしい。
…ロイが前回より二年も早く仕掛けてきたのはお前のせいか!と一瞬思ったけど、そんなこと言ってもしょうがないよね。意味もないし。
そしてリュミエール家が私たちに追っ手を出さなかったのも、私たちが消えた直後から大量の魔物がリュミエール領に押し寄せていてそんな余裕さえなかったのがその理由ではないかという話だった。
もうそんなことになってるんだ。二周目の時は魔物の動きがもう少し緩やかだった気がするな。やっぱりフォルセル侯爵は相当焦ってるのかな。
ちなみにケネスくんの姿を見た瞬間から明らかに不機嫌になっていたベルさんは、移動中の馬車で私が彼女にベタベタ甘えて、ケネスくんにも「私、ベルさんと付き合ってるんだ♡」と宣言したら簡単に機嫌を直してくれた。
…案外チョロいんだよね、ベルさん。ベッドではめちゃくちゃ手強いし、容赦ないけど。
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(顔はあまり似てないんだね…)
優しそうな顔立ちのブライトン伯爵と挨拶をしながら、私は失礼にもそんなことを考えていた。
ケネスくんが「自分は父にそっくり」と言うからどんな超絶美形のおじさまが出てくるのかと思ったんだけど…。実際に出てきたのはそれなりに整った顔立ちではあるけど、正直どこにでもいそうな感じの中年男性だった。
たぶんケネスくんと似てるのは性格の方なんだろうね。それは間違いなさそう。
というのは、伯爵は丁寧かつ柔らかい口調で容赦ないことを言ってくる怖いおじさまだった。
伯爵は元々フォルセル侯爵がリュミエール領を完全に飲み込むのを待ってから、フォルセル侯爵が魔族とつながっていた証拠を突きつけて断罪、その時点でフォルセル侯爵の手に落ちているはずのリュミエール領もそのまま自分の支配下に置こうと考えていたらしい。
でも息子のケネスくんが私のことをあまりにも高く評価するから少し興味が湧いてきたと。
正直、私が自力でロイ程度の相手の策に対応できなかったことにはがっかりしたけど、まだ16歳の小娘な訳だし、ケネスくんが王都で動いたことによってフォルセル侯爵側が行動を急いだ面もあるから、もう一度チャンスを与えてみても良いかなと思ったらしい。
あと、状況からして今私のそばにいる恋人さん…つまりベルさんが規格外の魔力を持っていることも確実だから、私たち二人がセットで手に入るなら当初の計画を大幅に変更しても良いと判断したと。
元々伯爵がより欲しかったのはリュミエール領の土地ではなく、リュミエール辺境伯という有力貴族とのつながりだったし、何よりも自分は人材欲の塊だからと言っていた。
「二人で誰に知らない場所で新しい人生を始めるというのも、確かに魅力的なお話だとは思います。でも、きっと見知らぬ土地でゼロからスタートするのは相当大変ですよ」
「…そうですね」
「それよりも慣れ親しんだ場所で、これからも二人で楽しく生活していく方がより合理的でメリットのある選択だと思いませんか」
いやもちろんそりゃそうだけど…。その道が絶たれたから今、私たちはここにいる訳なんですよ。
「そして、もしあなたたちがその道を望むなら、私がそのお手伝いをさせていただくこともできます」
「大変ありがたいお話ですが…。でもどのような方法で…?」
また「そんなことも察せないなんて失望した」と思われるかもしれないけど…素直に聞こう。このおじさま、何を考えているかよく分からない。
「そうですね…。私はエリカさん…あなたに新しいリュミエール辺境伯になっていただきたいと考えています」
…は?
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それから伯爵は、自分の計画について詳細を説明してくれた。
伯爵によると、ブライトン側はフォルセル侯爵が魔物を使ってリュミエール領を攻撃している証拠をすでに入手しているらしい。
そして私はリュミエール家の人間の中で唯一そのことに気づいていて、それが原因で実行犯のロイに濡れ衣を着せられ、家族に見捨てられる形でリュミエール領から追放されたことにすると。
そんな私を拾って保護したのがブライトン伯爵で、ブライトン伯爵の協力を得た私は危機的な状況に陥ったリュミエール領に戻り、魔物を一掃する。
その後フォルセル侯爵やロイは断罪され、彼らの陰謀に利用された愚かなリュミエール辺境伯とその妻、そして長女は身分剥奪の上、どこかの修道院に幽閉。
で、空席になったリュミエール辺境伯の地位は私が引き継ぐ。
家族にも見捨てられて失意のどん底にいた時に自分を助けてくれた伯爵を、私は義父と慕うようになり、今まで特定の貴族と深いつながりを持つことなく中立を貫いてきたリュミエール辺境伯家はブライトン伯爵家と同盟関係になる。
そしてなぜか生涯独身を貫いたエリカ・リュミエール辺境伯は、どこかのタイミングでブライトン家出身の子供を養子として迎え入れ、両家の同盟関係はさらに強固なものになる。
今後、王都貴族の間で権力争いが発生した場合、今までは中立の立場だったリュミエール辺境伯家が無条件でブライトン伯爵家の味方につくことにはもはや疑いの余地がないだろう。
「というものが、私が考えている両家の将来図です」
なるほどね。…よくもまあ、将来のことをそこまで詳細にイメージできるものですね。辣腕で有名なだけある。
そして間違いなく、伯爵の提案は私たちにも相当なメリットがある話だと思う。
でもね…。
「私、生涯独身を貫くつもりはありません」
今後、どこかで権力争いが発生した場合、今までは中立の立場だった作者が無条件でブクマと☆5をつけてくださった読者様の味方につくことにはもはや疑いの余地がないだろう。




