28話 この世の終わり
「ありがとうございます。お嬢様。信じていただけてとても嬉しいです」
「…ベルさん!?」
「そして…申し訳ございません」
ベルさんの声は落ち着いていた。そして彼女の表情も穏やかだった。でもそんなベルさんの体のまわりにはいつの間にか禍々しい感じの真っ黒のオーラが渦巻いていた。
…あ、ヤバい。これはヤバい。非常にヤバい。
穏やかな表情のまま、軽く指を鳴らすベルさん。
次の瞬間、リュミエールの屋敷は死者の大群に占領された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
久しぶりに見たベルさんの力は相変わらずとんでもないものだった。
彼女が一度指を鳴らしただけでサロンの中には30体近いアンデッドが私たちを囲むような形で現れ、窓の外にはさらに大量のアンデッドがうろついていた。
しかも、サロンに現れたのはたぶんデスナイトという種類の上級アンデッド。一流の戦士を遥かに上回る力を持つとされている彼らが30体も…。もう訳が分からないね。
その光景にうちの家族だけじゃなく、百戦錬磨であるはずのロイでさえ驚きと動揺を隠せないという感じの表情をしていた。
ベルさんが相当強いということは分かっていても、さすがに一瞬で屋敷全体を地獄絵図に変えられるほどの力を持っているとは予想できなかったのかな。
いや、彼が「ベルさんが暴れる」という可能性を全く考慮しないような間抜けな人間とは思えないから、もしかしたら結界とかで何らかの対策を立てたのにベルさんが規格外の魔力で強引にそれをねじ伏せたのかもしれないね。
…ふふ、ざまぁみろ。
でもまあ、ロイが驚くのも無理はない。
たとえば今サロンにいるデスナイトなんて並みのネクロマンサーだとちゃんと事前準備をして、魔力をすべて注ぎ込んだとしても1、2体を召喚して操るのが精一杯。それが一瞬で数十体だからね。
…うん?私がネクロマンサーやアンデッドにやたら詳しいって?
そりゃそうだよ。ベルさんと仲良くなってからネクロマンサーやアンデッドに関する本をたくさん読んで勉強したからね。ベルさんのこと、ちゃんと理解したいから。
…ベルさんのことが大好きなエリカちゃんのお勉強の話なんて今はどうでも良いね。今はそんな話をしている場合じゃなかった。
「エリカさんのこと、よろしくね、メリッサ」
『…了解』
一瞬にしてリュミエールの屋敷を占領したアンデッドの大群を率いていたのは、やはりメリッサさんだった。そしてベルさんの命令に従い、彼女は少し気まずそうな顔をして私に近づいてきた。
『ごめんね、エリカちゃん。できれば抵抗しないでくれると助かるわ』
「…うん、抵抗するつもりなんかないよ」
『…ありがとう』
私は一切抵抗するつもりがないことを伝え、自らの両手をメリッサさんの前に出してみせた。どうぞ拘束してくださいって意味だったんだけど…。
メリッサさんは空いている右手(左手では自分の頭を持ってるからね!)で私の両手を優しく元の場所に戻し、私の隣に立つだけだった。
…そうだよね。私なんか拘束しなくてもいくらでも簡単に制圧できるよね。
そんな私とメリッサさんの様子を確認したベルさんは、淡々とした口調でうちの両親や姉に向かって話を始めた。
「ご安心ください。拾っていただいたご恩がありますので、あなた方を傷つけるようなことは致しません。もちろん、エリカお嬢様に害を及ぼすつもりも全くありません」
ベルさんの声に反応する人間は誰一人いなかった。みんな何を言えば良いか分からないという感じで目を見開いているだけ。
あまりにも非現実的なことが目の前で起きているから、きっとみんな放心状態なんだろうな。
「…それでは、お元気で」
うちの両親に向かって深く頭を下げたベルさんは、そのままサロンの出口に向かって歩き始めた。自然と彼女についていくような感じで歩き始める私とメリッサさん。続いてデスナイトの皆様。
有無を言わさず私をつれて屋敷を去るつもりなんだね、ベルさん。そしてあまりにも強大なベルさんの力の前に、誰も彼女を阻止することはできない感じ。
そりゃそうだよね。規格外すぎるもんね。建物から出た後に見えた屋敷の光景なんかもう壮観だったしね。数百体?いや数千体?のアンデッドの大群が屋敷全体を覆っていたから。
陸には大量のゾンビ、グール、レブナント、デスナイト…。そして空を覆うのはレイスやファントムなどの霊体系のアンデッド。
もうね、「この世の終わり」って感じだったんですよ。そりゃ誰にも止められないよね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷から離れ、そのままリュミエール領を出た私たちは、森の中にある無人の小屋を見つけてそこで一晩過ごすことにした。
ちなみにアンデッドの皆さんは屋敷からある程度離れた段階でメリッサさんと数体のデスナイト以外の全員が静かに消えて、小屋を見つけた後はメリッサさん達もどこかに去っていってしまった。
幸いにも小屋には簡易的なベッドや寝具もあって、まだそんなに寒い季節でもないから思ったよりも快適に夜を過ごすことができそうだった。
良い場所が見つかってよかった。今日は衝撃的な一日だったけど、最後の最後にちょっとだけついてたかも。難しいことは明日考えるとして、とりあえず今日は休もう。
そう思ってベルさんに声をかけようとした瞬間。
「申し訳ございませんでした!」
ベルさんが突然私に土下座をしながら謝ってきた。
「…!?えっ、何?どうしたんですか?」
「本当にごめんなさい。わたし、どんなに謝っても許してもらえないことをしてしまいました…!」
えっ、何をしたの?そんなにひどいこと?
…何をしたのか知らないけど、たぶん許すよ?私。
ブクマと☆評価をいただけてよかった。今日は衝撃的な一日だったけど、最後の最後にちょっとだけついてたかも。難しいことは明日考えるとして、とりあえず今日は休もう。
(ちなみに作者は今日実際にやや衝撃的なことがありました…)




