27話 破滅の扉
私は放心状態で、淡々と話を続ける姉の姿を見つめていた。あまりにも予想外のタイミングで、予想外の人物によってこじ開けられてしまった破滅の扉。
目の前の光景が現実とは思えなかった。現実として受け入れることができなかった。現実と認めたくなかった。
でも、いくら私が現実逃避をしようとしても、それによってお姉ちゃんの言葉が止まることはなかった。
「…ですので、残念ながらイザベルさんにはリュミエール領から出ていってもらう必要があると思います」
…うん、そういう結論になるのは知ってたよ。二周目でもベルさんは全く同じ理由でうちの屋敷から追放された訳だから。
ある日突然、父に呼ばれベルさんと一緒に訪れた屋敷のサロンには、両親だけではなく姉とロイの姿もあった。
そして重苦しい空気の中、お姉ちゃんが両親に対して話を始めた。
姉の主張は、ベルさんにはネクロマンサーの素質があり、しかもその力が第2次降魔戦争で魔族側について人類を恐怖のどん底に陥れた死霊王アシュリー・レイノルズと同じ性質である可能性が高いというものだった。
死霊王の伝説にはいろんなものがあるが、中でも有名なエピソードに「あまりにもずば抜けたネクロマンサーとしての素質と強大な魔力の影響で、本人の意思と関係なく勝手に強力なアンデッドが彼のところに集まり、彼に服従していた」というものがあった。
で、グランフェルト山脈には数年前からアンデッドの目撃例が非常に多くなっていて、アンデッドが増え始めたのは間違いなくベルさんが屋敷にやってきた以降だから、その原因が死霊王と同様の力を持つベルさんにあるという理屈。
ベルさんがネクロマンサーであることや、規格外の魔力を持つことはロイによる調査によって明らかになったとのことで…。
おそらくベルさん本人に悪意はなく、自覚もしていない可能性が高いが、ベルさんがリュミエールの屋敷にいるだけで、リュミエール辺境伯領にはアンデッドが集まるようになってしまうとのことだった。
したがってベルさんをこれ以上、魔族の棲む西の大地から近いリュミエール領においておくことは非常に危険で、うちから出ていってもらう必要があると。
…相変わらず良くできた作り話だよ。
でもどうして?
今の理屈は二周目でベルさんが屋敷から追い出された時のものと全く同じものだった。でもこの話が出てくるタイミングは二年後のはず。どうして今なの?
そして前回のお姉ちゃんは積極的にベルさんの味方をしていた訳ではないけど、アンデッドが増え始めた原因が本当にベルさんの存在にあるのかをまずはちゃんと検証した方が良いのでは?という立場だったはずなんだけど…
その後ロイに証拠のようなものを提示されて「それならしょうがないね」と納得していたあたり、お姉ちゃんも私ほどではなくても十分ポンコツなんけどね。
いやでもなんで?何がどうなってるの?
あまりにも予想外の展開に驚きパニック状態に陥りながらも、私はベルさんが魔物を引き寄せているわけではない、逆にベルさんはその力を使ってグランフェルト山脈の魔物を駆逐していると強く反論した。
「エリカがイザベルさんをかばうのは仕方がないことだと思うよ。だって…」
そう言って私を見つめるお姉ちゃんは無表情だったけど…。その顔はどこか私に対する敵意に満ちているような気がした。
「イザベルさんはエリカの恋人、だもんね?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベルさんに対する冤罪の次は、私とベルさんの関係の暴露が待っていた。
お姉ちゃんは、ベルさんが現れてから私の性格が突然劇的に変わったのも、普段から私がベルさんに異常なまでに優しく接しているのも、私がベルさんに一目惚れしたのがその理由と考えるとすべて辻褄が合うと主張した。
「同性のメイドに手を出すという行為自体、由緒正しいリュミエール家の娘としてどうかとは思うよ。でもこの際そんなことは置いておきましょう。見なかったことにすれば良いだけの話だから」
「……」
「でもね、もしこれ以上イザベルさんをかばって彼女を屋敷に残すべきと主張するとなると話が違う。それはね、自分の気持ちのためだけに領民たちを危険な目に遭わせる、到底許されない行為よ。分かってる?」
どうしてなんだろう。私のことを責め立てる姉はどこか嬉しそうな様子で、私を見るお姉ちゃんの目はまるで汚らわしいものを見るような軽蔑に満ちたものだった。
私、何かお姉ちゃんに嫌われるようなことをしたのかな…。
「…イザベルさんと恋人同士という話は本当なのか?エリカ」
それまで静かに私とお姉ちゃんのやり取りを聞いていたお父様が、渇いた声で私にそんな質問をしてきた。
もちろん、私の答えは…
「…はい。本当です」
「…!」
明らかにショックを受けたような様子の両親と、どこか勝ち誇ったような表情の姉。
私は自分がベルさんの恋人であることと、ベルさんがアンデッドを引き寄せている訳ではないという事実には何も関係がないことを精一杯主張したんだけど…。
誰も私の主張を認めてはくれなかった。
「エリカ様に何を申し上げてもご納得いただくことは難しいでしょう。…恋は盲目っていいますからね」
それまで状況を静観していたロイが、余裕たっぷりの口調と皮肉っぽいことを言ってきた。
…うん、やっぱり彼だね。今回のことも間違いなくロイの策略だよ。きっと今度はお姉ちゃんに近づいてお姉ちゃんを巧みに操っているんだろう。
私また彼に負けたのね。…情けないな。ロイをベルさんに近づかせないことだけに集中していて、彼が他のルートを使って仕掛けてくる可能性についてはちゃんと考えてなかった。
やっぱダメなやつはどんなに頑張ってもダメなのか。三周目だろうが三十周目だろうが私なんかがロイに勝てるはずがないのか。
…いや諦めない。私は自分の人生を、そしてベルさんとの幸せな日々を、どうしても守りたいから。守らなきゃいけないから!
そう考えた私が勇気を振り絞って次の言葉を発する前に、それまで一言も喋らなかったベルさんが、とても落ち着いた様子で私に声をかけてきた。
「ありがとうございます。お嬢様。信じていただけてとても嬉しいです」
「…ベルさん!?」
ベルさんの表情は、無実の罪で屋敷からの追放を言い渡された当事者とは思えないほど穏やかだった。
「そして…申し訳ございません」
やっぱダメなやつはどんなに頑張ってもダメなのか。三周目だろうが三十周目だろうが私なんかがブクマと☆評価をたくさんいただけるはずがないのか。




